11.黒への挑戦
「リリアナさん、試飲お願いします」
「う、うん!!」
「リアさん、プレートに飾りをつけてください」
「は、はい!!」
その頃の調理場。私とヴィンセントさんが黙々といつも通りメインディッシュとスープを作る中、リリアナさんはサラダを乗せたりと料理の仕上げをしていた。誰ひとりとして会話を始めようとしないため、静かな調理場はスープの煮える音と包丁の音しか響かない。
「うーん……ノアちゃん、これちょっと塩気が強いかな」
「わかりました」
「リアさん、試飲など後にして焼きあがったハンバーグを乗せてください」
「は、はい!!」
「……試飲が無かったら、お嬢様に不味い料理を提供することになります。だから試飲は大切ですよ」
「…………料理に集中して下さい。」
「……口を挟んだのはそっちでしょう」
「え、えっと……」
リリアナさんは張りつめた空気の中、焼きあがったハンバーグをプレートに盛り付ける。ずっとこの調子だった……たまに口を開けば、私かヴィンセントさんのどちらかが会話を断ち切っていた。別に会話がしたかったわけではないのだが、何となくいつも以上に自分を否定してくる彼に少し苛立ちを覚えている。
「リリアナさん、先に僕とノアさんの分以外を持って行ってください。後でそちらへ向かいますから」
「は、はい……じゃあ四人分持って行きます」
「……スープだけ置いて戻ります。」
少し戸惑いながらも、リリアナさんは両手で四人分のプレートを持ち運んで行った。私もそれに続きスープ、ミネストローネを四人分運んだ。そして自分の口からちゃんとお嬢様に話し、後片付けをするヴィンセントさんのいる調理場へと戻った。
「…………」
私が戻って来たのを無視し、彼は黙々と調理器具を洗っていた。私も素知らぬフリをしてやろうかと思ったが、キッチンテーブルに腰をかけて彼の顔を見た。
「話、あるんじゃないのか?」
「……ありますよ。あなたの本性を聞きたいので」
「なんだ、私が『エレノア』だったことか? それならまた今夜セリカとギルバートが尋問してくるだろう、だからそういうことなら……」
「そんなことじゃないですよ。そんなこと、僕はあなたと初めて会った時から知っていますから」
喋りながら皿洗いを終わったヴィンセントは、ちゃんと椅子に座れと言うかのように椅子に指をさした。わざわざ椅子も引いてくれたので、私は仕方無く座ることにした。
「……これについてですよ」
「このナイフ……何が気になるんだ?」
「あなたは、どうしてこのナイフを渡したのですか? 殺してもらうため……それだけじゃないでしょう?」
「…………」
「……答えてください」
そう言ってヴィンセントは私が託した紫色のナイフを机の上に出した。最初は普通に受け取ったのに、急にどうしたのだろうか。ここ数日の彼はおかしい……なぜ私にここまで突っ掛かるんだ
「答えても良いが、私もお前に聞きたいことがある。その条件を飲んでくれるなら答えよう」
「……わかりました。その条件、飲みましょう」
その答えを聞いて私は黙って頷いた。そしてアメジストのナイフに触れながらヴィンセントの紫の瞳を見つめる。
「……好意を抱いた男に私を殺してもらいたかった。だからそれをヴィンセント、お前に託した」
「…………じゃあ、アメジストの意味を知った上で渡したんですね」
「ああ」
「……こんなことであなたの気持ちを知りたくなかったですよ」
少し恥ずかしそうに顔を背けるヴィンセントを見て、私は思わず感情を隠しきれず首を傾げた。どうして彼が恥じるのだろうか……
「『真実の愛を守り抜く』。私にとって、守ってくれるのは私が辛いと思った時に楽に殺してくれる人だと思うんだ。だから私は……」
「暗殺者の口から、殺してくれる人なんて言葉が出るとは心外です。まさかとは思っていたのですが、本気だったんですね」
「嘘だけはつかないと決めているからな。……それで、私の質問は聞いてもらえるか?」
「良いですよ、聞きましょう」
「…………」
……私の気持ちを聞いて、お前は私の事をどう思っているんだ?
純粋に気になったので、私は直接ヴィンセントに聞いてみた。何となく予想していたが、彼は驚いていた。そしてまた目を逸らした。その時、静かにまた私のナイフをしまっていたのも見逃さない。
「……気持ちはとても嬉しく思います。ですが、今のエレノアは『黒』一色です。あなたが『白』も持つ女性となったら……あなたの気持ちを受け止めましょう。特別視もします、今の僕は……あなたのことをただの仕事仲間としか思えません」
「……へぇ、面白い」
私は思わぬヴィンセントの発言に面白くなり、笑いながら立ちあがった。そしてスカートの中からもう一本のアメジストナイフを出し、彼の顔の前に差し出した。
「……良いだろう。私も、目標を叶えるためお前を必ず振り向かせよう」
……ひた向きに一人の男の背を追い続ける孤高の暗殺者、エレノア・ウィルクリスとして一つの願いを叶えるために。
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