第13話 作戦会議!

「無限の転生を繰り返す魔神の魂を完全に消滅させるには、賢者の石のような魔力貯蔵アイテムに膨大な魔力を貯め込み、ぶつける必要がありますわ」


 アリー先生はヨルくんを見つめつつ、そう言いました。

 ヨルくんは慌ててテーブルの影へと隠れます。

 ……ヨルくんはその『賢者の石』そのものらしいんですけど、その魔力はダンジョンの維持に使われているので使うことはできません。


「……しかし無いものねだりをしたところで、どうしようもありません。今、とり得る手段として考えられるのは――」


「――封印の因子、というわけか」


 アリー先生の言葉に兄は頷きました。

 ……えっと、どういうわけでしょう。

 二人で納得しないで説明して欲しいんですけれども。

 そんなわたしの顔を見て、アリー先生は続きを話してくれます。


「おそらくラティさんの血には、魔神が零極アカシックレコードに繋がることができないような呪術が刻まれているのでしょう。解析してみたいところですが、そんな時間も機材もありませんわ」


 魔神さんはわたしが邪魔で命を狙っているらしいので、おそらくそれは正しいのでしょうね。


「一方で、魔神は肉体と魂に強靭な不死性を持ちます。……無限に蘇るというわけではないでしょうが、殺し尽くすには高エネルギーが必要です。それは『零極ぜろきょくに至る』という術式の概念そのものであるとも言えます」


 ……何やら難しい話になってきました。

 わたしはテーブルの下に隠れたヨルくん引きずり出しました。


「……ヨルくん、通訳をお願いします」


「えっ」


 突然わたしに仕事を振られたヨルくんは、その半透明の体をぷるぷると震わせました。


「……『目的地アカシックレコードを目指す』というのが呪いだから、目的地に到着するまで死なないのもその機能のうちだよ」


「なるほどわかりやすい」


 つまりアカシックレコードに繋がるまで、魔神さんは死ねないと。

 逆に言えば力押しで倒さず魔神さんの呪いを解くには、アカシックレコードに繋がってもらえばいいのかもしれません。

 でも繋がると王都が滅んでしまうほどの力を使えるようになって……?

 しかもアカシックレコードに繋がるには、わたしが存在するとダメらしいです。


「……あれ? 魔神さんを倒す方法、無いのでは?」


 わたしの言葉に、アリー先生は頷きました。


「その通りですね。飲み込みが早くて助かります。……さて、ではそんなラティさんに一つ問題です」


 アリー先生は笑って人差し指を立てました。


「条件その1、あなたの近くにいれば魔神はその力が抑えられる」


 次に中指を立てます。


「条件その2、魔神は不死身です」


 最後に、薬指。


「条件その3、魔神を消滅させるにはダンジョンを運営し続けると手に入る『賢者の石』が必要」


 アリー先生は三本の指を立てて、わたしへと尋ねます。


「これら全ての条件を満たして、魔神を倒す為に今すべきことは?」


 アリー先生の言葉を咀嚼して、頭の中で組み立てます。

 つまり、不死身の魔神さん相手に時間を稼ぐには――。


「――魔神さんを捕まえる」


 わたしの回答に、アリー先生は骨の手のひらをカチカチと鳴らして拍手しました。


「その通り! さすがラティさんですわ! 魔神を無力化して、このダンジョンに封印する! それがスマートなやり方です!」


 アリー先生の言葉にわたしは苦笑しました。


「……そんなこと、どうやってやればいいんでしょう。封印なんて、本当に出来るんですかね……?」


「その方法を今から考えるのです。……そして、『出来るか』ではなく――」


 アリー先生は人差し指をわたしに向けました。


「――出来なくてもやりなさい。……失敗したときに失うのは、あなたの命なのですから」


 ――ひ、ひええ。

 珍しく厳しいアリー先生の言葉に、わたしは思わず顔を引きつらせるのでした。



  §



「今回は特別に、余剰していた貯蔵魔力をダンジョンの成長に使用するよ。侵入者が勝利してラティがいなくなってしまうのでは、余らせておいても意味がないからね」


 ヨルくんはそう言うと、その体を震わせました。

 どうやらヨルくんも、魔神討伐に力を貸してくれるようです。

 普段はそっけないヨルくんですが、どうやら今回はかなり心配してくれている様子……。


「それにラティたちが死ぬ場合でも、そこそこ死体が発生しそうだからね。次の管理者が現れるまで、しばらくは持つはずさ」


 全然そんなことはありませんでした。

 合理性オンリーないつも通りのヨルくんです。


「というわけで次の素材を解放しておいたよ」


 そう言ってヨルくんは体を引き伸ばして、クリエイト素材の画面を表示します。

 わたしはそれを読み上げました。


「『鉄』、『革』……『菌』?」


 そこにはいつも通り、3種の素材が書かれていました。

 鉄と革が作れるとなると作成できる物が大きく増えますし、場合によっては武器や防具なんかも作れるかもしれません。

 ……それよりも問題なのは。


「『菌』ってなんですか……?」


 聞いたことがない単語です。

 わたしが不勉強なのかもしれませんが、少なくとも普段使う言葉ではないような。


「この『菌』は乾燥した粉末の状態で生成されるよ。繁殖土壌に合わせて酵母菌等と類似した行動をするよう選択的変異が起こるように遺伝子設計した、魔力生成菌のことだね。人体や生物には無害だよ」


「ええっと……一から十までわかりませんよ。もうちょっとわかりやすく言ってください、ヨルくん」


 物を知らないわたしが悪いのかもしれませんけど。

 わたしの言葉を受けて、ヨルくんはしばらく悩むようにその体を曲げ伸ばししました。


「……パンが膨らんだり、糖分を含んだ水をお酒にする為の元となる材料だよ。ダンジョンの外では、空気に混ざっているね。これを混ぜておくだけで、1時間もすれば発酵が始まるよ」


「お、おお。なるほど」


 パンやお酒に変化させる物ですか。

 パン種を作ろうと放置してもダンジョンの中では上手くできないのは、この『菌』が関係していたのかもしれません。


「他にも『乳』に混ぜるとヨーグルトになったり、『塩』と一緒に穀物に混ぜるとひしおになったりするね」


「ひしお……? ……よくわかりませんが、それではチーズも作れたり?」


「チーズには酵素が必要だね。てっとり早くチーズを作りたいなら、『菌』を使ってまずお酢を作るといいよ。お酢を作るにはお酒アルコールを作って、更に放置することでお酢になってくれるんだ」


「そ、そんなもんですか」


 なんだか錬金術みたいですね。

 この辺はもうちょっと勉強が必要みたいですが、上手く出来るならチーズケーキとかも作ってみたいです。

 とりあえず、『菌』というのはなかなか便利な物のようでして。

 わたしは新しく作れるようになった生成素材の確認を終えて、次にエリアの確認へと移ります。


「……あと作れるようになったエリアは――」


 わたしはヨルくんの体に表示された画面を触ります。


「――『町』、『肉』、『魅了』……?」


 それら3種が新たにダンジョンに作れるようになったエリアのようでした。

 とはいえ、まったく中身が想像できません。


「ええと……どれもこれもわからないんですが」


 わたしがそう言うと、ヨルくんは画面を切り替えてその体にイメージ映像を表示させました。


「『町』はダンジョンの中に町を作る機能だよ。デフォルトで家々が作られるから、時間短縮ができるね」


 そう言って表示されたのは人が住んでいるかのような石造りの家の町並みでした。

 内壁に描かれた青い空は、まるでそれが外の景色のような錯覚を覚えます。


「なるほど……。簡単なおうちならこれでも良さそうですね」


 わたしがそう言いながら画面に触ると、切り替わって次の映像が表示されました。


「うわっ、気持ち悪……。なんですかこれ……!」


 そこに表示されたのは、生物の体内のような赤黒いグロテスクな景色でした。


「これは『肉』だよ。生き物の粘膜をイメージした、タンパク質が大半を占めるエリアだね」


「うええ、脈打ってる……。次、次を見ましょう」


 なかなかに気持ち悪いので、早々に画面を切り替えます。

 このエリアを作ろうとする人はいるんでしょうか?

 少なくとも、あんなところに住みたくはありませんね。

 そうして次にヨルくんの画面に表示されたのは、見たことのある景色でした。


「あれ、これは……?」


「『魅了』だよ。このエリアは知的生命体を罠にかける為の魅了効果が計算された、デフォルト設計エリアだよ」


 画面に映るのは、さまざまな色の鉱石が七色に光ったり、芸術的な美しい女神像が設置された幻想的な光景でした。

 このエリアは、わたしがこのダンジョンに来た時から既にダンジョンの中に組み込まれていたエリアです。


「美しい景色で寄ってきた知的生命体を罠にかけて養分にするトラップエリアだね。建造するのには大きな魔力が必要になるから、濫造らんぞうはしないように気をつけてね」


「いえっさー。了解です」


 たぶんこの手の罠は2箇所以上作ったところであんまり意味はなさそうですし、問題はありません。

 同じ景色の罠エリアなんて、警戒するだけですからね。


「……うーむ。それにしても――」


 追加された素材とエリアを確認しましたが、特に魔神さんに有利に対峙できるヒントなんかは見当たりませんでした。


「――こう、都合よく『神を封じる祭壇エリアだよ。魔神を呼び寄せることで永久に封印できるんだ』……みたいな、そういうエリアとか作れないんですかね?」


 ダメ元で聞いてみたわたしの質問を受け、ヨルくんはぽよんと跳ねます。


「無茶を言うね、ラティ。それを作るには国一つ飲み込むぐらいの大量の生命エネルギーが必要だよ」


「無理というわけではないんですね……。まあ現実的ではありませんか」


 がっくりと肩を落とすわたしに、そんな様子を見ていたミアちゃんたちが声をかけてくれました。


「大丈夫だ、ラティ。ラティにはミアたちが付いてる」


「自分もいるッスよ! ラティさんのことは自分たちが守るッス!」


 二人は口々に声をかけてくれます。

 そんな二人を見てアリー先生も笑いました。


「コボルトさんたちもいますしね。――それに、こちらには相手の情報があります」


 アリー先生の言葉にエンシス兄さんが頷きます。


「……魔神はなにやら魔力の矢のような魔術と、それを変化させたゴーレムのような手下を使う。逆に言えば、それらに対処できればあとは切っても死なないだけのただの人間だ」


 事も無げに兄さんはそう言いましたが、その不死身なところが一番難しいような。

 思わず顔をしかめるわたしに、アリー先生はカタカタとアゴを鳴らしました。


「このダンジョンにラティさんが立て籠もっているうちは、彼がアカシックレコードに繋がることはできないのです。それはこちらにとって大きなアドバンテージになりますわ。なにせ相手は攻め入るしかありません。迎え撃つ優位性がありますわ」


 アリー先生に続いて、兄が言葉を続けます。


「……それに魔神が父を殺したのには、何か急ぐ理由やきっかけがあったのかもしれない。それなら近々、このダンジョンへと奴はやってくるはずだ」


 兄の言葉にわたしは頷きます。

 その理由が何かはわかりません。

 しかし兄の話を聞くと、魔神さんはわたしの居場所を急いで知りたがっていた様子。

 殺意マシマシです。

 ……そうでなくても、父の仇が自ら襲いかかって来てくれるというのなら、迎え撃たないわけにはいきません。


「……それじゃあみなさん、知恵を貸してください」


 水晶の部屋。

 ヨルくんがコンソールルームと呼ぶその中央。

 遠見の魔術を込めた大きな水晶の周りを、みんなが囲みます。


「――魔神さんを、捕まえます」


 わたしの言葉に、みんなが頷いてくれたのでした。

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