第226話 ラスティン34歳(流刑)


「いや、ちょっと心当たりはありません。聖地で異変と言われても、何が起こったのですか?」


「ちと性急すぎたかのう。シャイターンの門については知っていると思っても良いな?」


「といっても、エルフにとっては重要な”モノ”、程度の認識ですが?」


「人間にとっても重要じゃろ?」


「違います、昔の宗教庁にとっては重要”だった”です。エルフの認識で話すのは、ちょっと勘弁して下さい」


「いいや、今でも重要じゃよ」


 今もか・・・、腰を落ち着けて話を聞く必要がありそうだ。


「・・・、詳しい事情を話していただけますか?」


「よかろう、じゃが、話せる事など多くは無い、この1年近くの事じゃがな。急速にシャイターンの門が沈静化しているというだけじゃ」


「沈静化? 活性化ではなくてですか?」


「うむ、最近は活性化の傾向が見られたのじゃが、どうした具合か、この1年半でほんの20年前の状態に戻ってしまったのじゃよ」


 状況は私の危惧した状態と全く逆だったらしい。しかし、この1年半と言うのは分からないな。4人の担い手には大きな変化は無かった筈だ。現在、枢機卿と、大公女、そして義妹が、国内に留まっているが、ここ1年の変化では無い。この1年で影響が表面化したという可能性も否定は出来ないが、それならば活性化しそうな物だ・・・。


 そもそも、何故、あんな聞き方をしたのだ、まるで沈静化の原因に心当たりがあって、それを私がやった様な聞きかたじゃ無かったか? メイジ化の事業は始まっているが、それがシャイターンの門に影響するのだろうか? あの計画の表向きの責任者はクリシャルナなのだから、話は通るが納得は行かないな。


「その沈静化の原因を私が握っていると、お考えなのですね?」


「そうじゃよ、ブリミルでさえ、一度、門を閉じるのが精一杯だった」


 おっと、思わぬ情報だな。シャイターンの門を始祖が一度閉じたと言うのは、良く分からないがな。


「少なくとも、シャイターンの門を沈静化する事を目指した事はしていませんか?」


「”担い手”を使って、何やらやっておるだろう?」


「ああ、あれですか。あれの意味はクリシャルナも知らなかったな」


「あれ?」


 クリシャルナがポカンとした表情で聞き返してきた。テッサなら知っているんだが、当然だがゲルマニアに属していたミデルブルグでは何処に野良召喚ゲートが開くか特定が難しく放置だったからな。(正直言えば、別に何が召喚されても問題は起こらない気がするのも事実だがね)


「ああ、ルイズ、以前はジョゼットも一緒だったが、亜人や幻獣が召喚されるゲートを無効化する活動をしていたんだよ」


「ふーん」


 この辺りの反応は、未だにクリシャルナがエルフとしての常識で考えている部分があるのを証明しているな。エルフにとっては、トロール鬼程度は障害にもならないのだろうな。噂位は聞いていて、それがマナフティー様に伝わったと考えるのが自然だが、気にしていない問題を隠す様に頼むのは難しいだろうな。(別に話されても困らない問題だったが、別の問題を招くとも思わなかった)


「あの活動は、あくまで、この国に有害な生物がやって来ない様にしているだけだったのですが、本当に、あれのせいでシャイターンの門が沈静化する物なのですか?」


「当然、そう考えるじゃろ、ワシらエルフが、奴らを妨害しているのじゃからな」


 何故だろうか、意味不明の話なのだが、何故か”分かって”しまった気がしたぞ? エルネストの想像を確かめる機会と言う訳だな。


「奴らと言うと、始祖ブリミルと同じモノ達ですか?」


「これは驚きじゃな、トリステインにはそんな話が伝わっているとは・・・」


「マナフティー様、貴方は始祖ブリミルに特別な感情を持っているのですね」


 普通ならばのらりくらりと言い逃れされそうな雰囲気のマナフティー様だが、始祖ブリミルに何か思い入れがあるのだろうか? とりあえず、今は上手く誤魔化されなかった事を有り難く思おう。


「マナフティー様自身が、始祖ブリミルは異世界からの訪問者だと教えて下さったのですよ?」


「そうじゃったかな? この年になると物忘れが激しくてのう」


「それならば、年相応の恰好をして下さい。いつも若作りばかりして」


「クリシャルナ、構わんよ」


 どうも、クリシャルナは誤魔化す為に若作りの話を出した様だが、マナフティー様は既に心を決めたらしい。それならばこちらも心を決めるだけだ。


「マナフティー様、私は確かにこの国で生まれました。ですが、その前は別の世界で生きていたと言う事を打ち明けます」


「ラスティン!」


 クリシャルナの声が私の言葉を遮ろうとして失敗に終わった。事実を隠す様に頼んだ本人がばらすのだから、問題はあるまいに?


「生まれ変わりか?」


「お分かりになりますか? 正確に言えば、前世の事を思い出したというのでしょうね」


 より正確を期すなら、記憶の転写が起こったと言うべきかも知れないが、前世の”如月更夜”と私の人格は微妙に異なる。前世の知識の影響なのか似た性格にはなる様だが、自分には嫉妬しないだろう? 私の場合は、妙な物まで憑いて来ているが、私の間の悪さというのは何処か呪いに近い気がする。単純に性格に起因するとは思えん部分がある。


「そうじゃろうな、それで?」


「はい、私と同じ境遇の友人がこう推測しました。”始祖ブリミルはこの世界を侵略する為の尖兵として送り込まれたのだとね、如何ですか?」


「随分と文明の進んだ世界だったらしいの、推測でそこまで考えられるとは・・・」


 この世界よりは進んでいて、始祖の元いた世界よりはかなり遅れていると思うが、それを説明するのは難しい。未だに”メイジの源”の正体は不明だ、ナノマシンとか未知のウイルスとか想像は出来るが、確証は得られていない。


 まあ、日本やその他の平和な国では空想を巡らせる時間には不自由しなかったというのが正解だろうな。


「それでは?」


「半分は正解と言った所じゃな」


「半分?」


「ああ、ブリミルという人間はな、この世界に侵略する為にすすんできた訳ではなかった様じゃよ」


 すすんでというのは、確かに違和感があるだろうな。


「強制的に送り込まれたですか?」


「何らかの刑罰だったのだと感じたが、素直にそれを語る様な人間では無かったの」


「刑罰で、異世界に送り込まれたのなら、何故?」


「何故、奴らがこの世界を目指すかじゃろ?」


 当然の疑問だろうから、先回りされた。


「何処だか分からん世界に、同胞を送り出せるか?」


「そうか、そこが無事に生きていられる世界とは限らないのですね?」


 誰かに召喚されるなら兎も角、いや、その場合でも生きていられるとは限らないか? 魚を陸上に呼び出したとしたら、召喚する側が準備しておかなければ、簡単に窒息だ。(普通の魚を呼び出すメイジは居ないだろうがね)


 刑罰とすれば、死刑に等しいか? 始祖の能力なら戻れたかもしれないが、戻る筈も無いか。もう1度”死刑”になりたくはあるまい?

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