第225話 ラスティン34歳(婿殿)


 そして、レーネンベルク公爵が急病で倒れたのは、それから1年程経った頃だった。少なくとも公爵や公爵家の人間がそれに手を貸した節は無かったが。どんな幸運と不運に見込まれたのか、ノリスがジョゼットを連れて、トリステインに戻って来た。


 国を捨てて、女性を取ったノリスだから、異常に腰が低くヘコヘコしていたが公爵家が後継者も決まらず断絶となれば、多少の事には目を瞑ると言うのが貴族達の概ねの意見だったな。


 有り難く利用させてもらったが、”王家”の必要性を感じていない私には理解出来ない話だな。2人のエピソードは、平民の間でも、中々の評判だった。色々情報操作を行った結果だが、同じ様に国を捨てたアンリエッタが国内で未だに評判が悪いのとは対照的だな。


 逆にアルビオン国内では王妃アンリエッタは絶大な人気だというから皮肉な話だし、同じく国を捨てて男の所に走ったジョゼットはガリア国内ではあまり噂になっていない。オルレアン大公家の幻の娘という程度の認識でしか無かったのだからおかしな話では無いが、オルレアン大公自身が道化を演じてくれたお陰だとも言える。


 ”娘を取り戻す為にトリステインに攻め込むべし”とか冗談にしても笑えない。当然、宮廷内でも誰も本気にせずに国王の決裁で、正式に”ジョゼット・トゥール・オルレアン”がレーネンベルク公爵家に輿入れする事が決められた。何故か愚痴王の奴が愚痴を聞かされてうんざりしたと私に愚痴るという結果が待っていたが、奴の愚痴などもう慣れた。


 何でも、シャルロット姫の婿を強引に決めたのも愚痴王だったらしく、2度目だからしつこかったそうだが、それはお互い自業自得だろう。オルレアン大公だって、頑張って息子を作れば良かった筈なのだからな。色々忙しかったのは分かるが、いや、これに関してはノーコメントだな。


 私も息子に続いて、娘が生まれたわけだが、これは愛情とかの問題では無く確率とか運の世界なのだ! ノーラよりキアラの方が相性が良かったとかでは無いぞ! それを言うなら、ライルの時は一晩の過ちだったのだ!


 あー、何を言っているんだろうな、私は? まあ、ラファエルはまだ手がかかる子供だし、新しいレーネンベルク公爵夫妻の子育ての予行演習も兼ねて、ラファエルをレーネンベルクに送るのはもう少し先になりそうだ。決して息子を手放すのが嫌な訳では無いぞ?


 ラファエルの笑顔は誰にでも絶大な効果を発揮する事は否定しないが、あのキアラでさえ、ノーラの目の前で柔らい笑顔を見せる位だからな。お陰で、色々せがまれて大変・・・、だー、何故そこに戻る!



 うむ、ちょっと取り乱したが、レーネンベルク側でも直ぐにラファエルを受け入れられない事情があるのだ。現在のレーネンベルクの屋敷はちょっとした大家族状態なのだが、何故そうなったかに関しては、半年程時間を遡らなくてはならない。


===


 ある朝だが、執務室に入ると何故だか、執務室にソファーで若い女性が眠っていた。妙な誤解をされそうだが、別に私が連れ込んだ訳ではない。実にメリハリの利いた肢体をくねらせて眠っているのが目に毒だが、残念ながら私の好みでは無いし、実際良く知っている女性に見えるこの人物が見掛け通りではないことは、最初から分かっていたのだ。


 何せ、朝イチから王妃に拉致されて、食事もとらずにここに来た訳だからな。朝、私が起きて寝室を出るまで待っている辺りは、他の王妃への気配りが出来ている彼女らしい。クリシャルナとの夜(まあ、大抵語り明かす事が多いし、別室で眠るから何も起こっていないぞ!)だったら直ぐに駆けつけたのだが、どうせ暢気に寝ているだろうとクリシャルナ自身も言っていたし、実際そうだった。


 私の後に続いて執務室に入ってきた、クリシャルナが”彼女”の姿を見て非常に不愉快な表情を浮かべた。その後、”彼女”が寝返りをうって、何と言うかバストを強調する様な体勢になった瞬間に、クリシャルナが切れた。私には認識できないのだが、聞いた話では精霊を”投げ付ける”らしい。(この方法ならば反射(カウンター)も効果が無いそうだ)


「ふぎゃ!」


 全然色っぽくない悲鳴をあげたのは、ティファニア姫の姿をしたエルフの長老マナフティー様だった。ティファニアを苦手としているクリシャルナに対しては最悪の”人選?”だが、分かっていてやっただろう気がするので、ソファーから落下して痛がっているのに同情は出来ないな。


 いや、ティファニア姫とクリシャルナの仲が悪い訳ではない。どちらも穏健な性格だし、クリシャルナの社交性なら問題は起こらない筈なのだが。精霊使いとしての修行をしている2人を見て”妹が姉に修行をつけている”なんて噂が流れたのが原因なのだがな。(時々肉体年齢でも精神年齢でも、クリシャルナが妹にしか見えないときがあるとは言えないがな)


「長老、何の御用ですか?」


「いきなり何をするんじゃ!」


「・・・」


「いや、何でもない・・・、全く人間などと一緒にいると乱暴になっていかん」


「何か言いましたか、長老?」


「気のせいじゃよ」


 2人のやり取りを見ていても良かったが、少し空腹感を覚えたから介入する事にした。親族同士のじゃれ合いを妨害するのは気が引けたが、朝食を摂りながらでも話は出来るからな。(喧嘩は出来ないだろうがね)


「マナフティー様、宜しければ朝食を一緒に如何ですか?」


「おう、婿殿は気が利くな!」


「長老、どうでも良いですから、その恰好は止めて下さい!」


「ワシが、どんな恰好をしていようと勝手じゃろ!」


 いや、折角仲裁したのだが、しかし婿入りした記憶は無いぞ?


「私としてはその恰好でも構いませんが、本人の為に上品に振舞っていただきますよ?」


「ふん、仕方無いの」


 そんな事を呟きながら、マナフティー様が”姿盗り”を外したのだが、その姿はどう言う訳か、前回の少年の姿だった。お気に入りなのだろうか? いや、それより風精霊を多重で使役している方を驚くべきなんだろうな。この少年の姿の下にも別の姿が隠れているかも知れない。


 執務室に食事を運ばせて、落ち着きを取り戻した王妃様と、マナフティー様の3人で小さなテーブルと囲み事になった。この方が態々来たとなれば、あまり他人に聞かせられない話になる可能性も高いからな。


「マナフティー様、どういったご用件でこの城まで?」


「我が一族の娘の様子を見に来たとか、思わんかのう?」


「それならば、態々気付かせたりはしないでしょうに」


「それはそうじゃがな」


「ミデルブルグの話でしょうか?」


 一番可能性が高い話を挙げてみたが、反応は思わしくなかった。


「それも、無関係とは言わんが・・・、のう、婿殿?」


「婿殿は止めて欲しいのですが、私はクリシャルナを”捕まえました”が、エルフの一員になった覚えはありませんから」


「その辺りは、慣習の違いよ。一族の者の伴侶は、既に家族なの・・・」


「それは有り難いですが、それならば、名前の方を呼んで欲しいですね」


「まあ良いじゃろう、ラスティン殿?」


「はい」


「シャイターンの門に変化が見られるのだがの、何をやったか説明してもらいたいのじゃよ」


 マナフティー様から出た言葉は、本気で意外な物だった。この世界で、今”四つの四”が揃う事は有りえないのだが、何かの要因でシャイターンの門が活性化したのか?

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