第224話 ラスティン32歳(家訓)


「ラスティン、お前は、アネットの事も聞いていないだろうな?」


「・・・、父上の前妻の方ですね?」


 父が話題を変えてきたぞ? まあ、ここまで来れば何か因縁があると検討はつくが、母が居る所で、前妻の話をする人間は居ないだろう?


「アネットが、下級貴族、いや飾っても仕方ないだろうな。平民の出だと言ったら驚くか?」


「いいえ、ですが父上が生まれなどで、アネット様を遠ざけたと言ったら驚きますよ?」


「当たり前だ、アネットは立派な女性だったよ。レーネンベルク織りだって、彼女が広めた様な物だ」


「そうだったのですか?」


 意外だったな、レーネンベルク織りのルーツがそんな所にあったとは。


「ワーンベルを大々的に開発したのは私だが、それ自体は短いであろう鉱山の寿命を更に短くしただけだったがな」


「アネット様はどうされたのです?」


 今の話からは、幸せな未来しか見えて来ない、そうでなかったら私は生まれていないのだろうが?


「丁度父とワーンベルの視察に出ていた日だったな、あの事件が起こったのは」


「事件ですか?」


 これが、重要なのだろうか?


「ああ、近隣を荒らし回っていた盗賊団の1つが、屋敷を襲ってな・・・」


「それでアネット様が?」


「そうだよ、碌な警備も置いていなかった、いや、そんな余裕は無かったんだ。アネットもメイジだったのだが、残念ながら優れているとは言い難かった」


「・・・」


「何よりな、その盗賊団を呼び込んだのは、屋敷に雇い入れた平民だったのだよ・・・」


「それは・・・」


 良く父は、領民を迫害しなかった物だな。若い日の父の苦悩が感じられる話だ。


「その場で私は父に引退を勧めた。もう父には任せられないと思ったからな」


「勧めたですか?」


「ああ、受け入れられなければ強硬な手を取る決心もしていたがね」


「それで先代は?」


「ああ、簡単に隠居してくれたよ。父にはまだ”理想”に未練があった様に見えたが、あっさりとな」


「そうですか・・・」


 自分の限界を知ったのか、息子の方が上手くやると思い込むことにしたのか、いや、”息子”が決心したからなのだろう。ここから、レーネンベルクの妙な家訓が始まった訳だ。自分の権力や理想よりも息子の意志を重んじたか、祖父は偉大とは呼べないかも知れないが、少なくとも愚かではなかったらしい。(時々、呪いたくなる家訓だがな・・・)


「父上も苦労したでしょうね。実の父親から領主の座を奪ったのですから」


「いいや、私が後継者である事は決まっていたし、何より父が部下達の前で私に全てを託して隠居すると宣言したからな」


「確かに、祖父の部下だった方々も、父上には友好的でしたね」


 父が強引に祖父を隠居させたのなら、レーネンベルクも私ももう少し違った道を歩んだのだろうか?


「ああ、納得行ったか?」


「今の話が本当なら、リッチモンドは?」


「あいつは丁度その時墓参りに帰っていたからな・・・」


「もしかして、レイモンドさんが傭兵になったのは?」


「さあ、あいつにも色々事情があっただろうな」


 リッチモンドが息子の”仕事”を本気で反対できなかったのは、これにも原因があるのか? あの屋敷が、平民メイジばかりだったのは、アネット様の死が関係していた訳だ。


「それからは、大体お前も知っているのではないかな?」


「父上は、より一層領地の経営に力を入れて、新しい妻を迎え、2人の息子を得た訳ですね」


「概ねその通りだが、肝心な事が抜けているな」


「肝心な事?」


「ああ、どんなに領民が豊かになっても、領内で民の権利を保障しても、私には父を見返すことが出来なかった」


「見返す積りなど無かったのでしょうに、ただ期待に応えたかったのでしょう?」


「さあな、見返したい、というか、父に見せ付けたいと思っていたのは事実だぞ」


 父にとって、祖父はある意味道標だったのかも知れないな。祖父にとってレイモンさんがそうであった様に。そして認めがたい事だがガリア王も同じなのだろう。


「十分、見せ付けられたと思いますが?」


「そうだな、父は満足して始祖の御許へ旅立ったよ。だがな、私はその先どうするべきか見えなかった。父の理想は父の物だったからな」


 実に意外だが、実務家と言う物はそう言う物なのだろうな。キアラを見ていると良く分かる気がする。だからこそ私が餌食になっている訳なんだがな。


 冗談で父が本気で王位を狙えば、私が王子になっていた可能性と言うのを考えた事があったが、有り得ない仮定だったな。父が目指したのは、祖父の理想だった訳だ。


「だがな、そんな時にお前が目覚めた」


「はぁ?」


「父が無くなった暫く後で、お前が例の病気に罹った。そして、生まれ変わったお前は、父の理想をまるで我が事の様に私に語ってくれた訳だ、私がどう感じたか、あの頃のお前には分からなかっただろうな」


「それはそうでしょう? 知識だけ詰め込んだ5歳の子供に何を期待したんです?」


 両親にとっては、私は、祖父の生まれ変わりと言うのは変だな、父が遣わせてくれた道標に見えたのかも知れない。単に”息子の妄言を受け入れてくれた素晴らしい両親”という幻想は吹き飛んだが、それ以上の物を貰った気がする。


「そうだな、父と同じ様に、だが、父とは違う道を歩んでくれる事だが?」


「父上の目には、今の私はどう見えていますか?」


「今なら、父が私を私以上に真剣に見ていた事が分かるよ」


「どういう意味ですか?」


「お前は今急ぎすぎていないか? あの2人はお前の息子達だが、別人だぞ? お前と私も別の人間だ、分かるか?」


 後半は兎も角、前半に関しては、ずきりと来る言葉だった。ライルの事を気にし過ぎているのは分かっているのだが、理解しているだけでは抜け出せなかった。


「私は父の背中を見ながら、父と違う道を選んだ。何の因果か、私の背中を見ながら育ったお前は、父と同じ道を、いや、もっと先を歩んでいる。お前の背中を追った”あれ”は、お前の元を離れたが、大丈夫だ!」


「父上?」


「こう言っては何だが、お前よりは”あれ”と過ごした時間は長いからな」


「父上、ありがとうございます!」


「国王が簡単に頭を下げる物では無いぞ?」


「いいえ、私は父に頭を下げるべき時は下げろと教わりましたよ」


 私ほどそれを実践している人間は少ないだろうが。今、下げずに何時下げるんだ? 今なら、たった1人の息子にも、ちゃんと愛情を注げると思えた。


「ですが、父上、別に私は急いではいませんよ。ただ、時代が私を後押ししているのです」


「時代か・・・」


「父上には、レイモンさんが私と同じだと気付いては居るでしょう?」


「考えなかった訳では無いが、レイモンの事はリッチモンドも当てにならなかったからな」


 どうも、レイモンさんは父上の中では非常に悪い印象らしい。雄一郎氏が息子に多くを語らなかったのは、私としては分からないでも無い話だがな。


「レイモンさんの想いが、今の時代を作りだしたと私達は考えています。レイモンさんが、お爺様を薫陶してくれていなければ、今のレーネンベルクが存在しなかったのは父上も否定出来ないでしょう?」


「お前が私を呼び出したのはそれだな?」


 どうも考えを変える積りは無い様だな。無理強いする積りは無いから、流しておこう。レーネンベルクの今後は、もっと重要だからな。


「何事にも限度があります。父上は、自分の代でレーネンベルクを無くしても構わないのですか?」


「どちらかと言えば構わないが、そんな事にはならない筈だ」


 私を受け入れた時点で、公爵家の将来が無くなっても構わないと割り切っていたのだろうか? しかし、そうならないと言い切れる自信は何処から来たのだ?


「何を企んでいるのです?」


「”企んでいた”だな。もう種は撒き終わったよ、あの子の事は予定外だったがな」


 ライルが自分の孫だと知っていた父にも、イザベラとの関係は予定外だったらしい。


「話してくれませんか?」


「話せないな、私は自分の子供達を信用しているからな」


 つまり余計な手を出されると困る訳だ。父上の、いや、レーネンベルク公爵のお手並み拝見と行くしかないか?


「そうだ、私は近々倒れる予定だが、心配はしないで良いぞ」


「それは、あまり冗談にならないですよ」


 私の父親のやる事だからな、驚きはしなかったが、もしかして私に釘を刺す為に出向いてくれたのだろうか? 何故か一方的にやられた感じだ。ふう、息子としては一矢報いておくべきだな。


「父上、出来るだけ長生きして下さい。そして、祖父の理想を孫が叶える過程をゆっくり楽しんで下さい」


 私には、最初の転生者の苦悩を解消するという意味もあるのだが、それは転生者同士の義理の様な物だ。


「さっきも言ったが、急ぎすぎるなよ?」


「ええ、残念ながら父上が生きている間は無理そうですがね」


「そうか・・・、それならば楽しませて貰うとしよう」


 ちっ、もう一手だな。


「父上はどうしてガリア王と手を組んだのですか?」


「オデット殿の話を聞く限り、あの子の父親は頼りなく感じたからな」


 ガリア宰相を捉まえて、頼りないと言い切れる人間は多くないが、同感でもある。


「ジョゼフ王と言う人物とどう見ます?」


「さあ、優秀な人物だがお前と同じで欠点が多いな。何故だか知らないが、ジョゼフ王は私を気に入ったらしいぞ?」


 ガリアの王に気に入られた人間は不幸になる気がするが、父上なら問題はあるまい。愚痴王には、父はロベスピエール4世に似ている様で似ていない非常に興味深い人物なのかも知れない。こちらで攻めるのも無理らしいな。


「お前も精々仲良くするんだな」


「お断りします!」


「まあ、お前がそう言うだろう事は分かっているが、傍から見ればどう見えるかも考えてみるんだな」


 そんな言葉を残して父、いや、レーネンベルク公爵は領地に戻って行った。傍から見ればか? 仲良く見える人間も居るらしいが、事実は全く異なる事もあるのだよ! 両国が緊密になるのをアルビオンが警戒しているのは、まあ分かる。カグラさんの場合は多分に個人的な希望が入っているし、ゲルマニア皇帝陛下と来たら今両国が険悪になると国の死活問題だからな。


 いや、ガリア王妃とは家族ぐるみで仲が良いのだから、誤解する人間も居るのは仕方ないのだ。分かる人には分かる筈なんだが、分かっている人間はどうも当てにならないと言うのが悲しい所だな。特にアルビオンの新王などは、生まれたばかりの王女を、ラファエルの婚約者になどと言い出す始末だ。


 娘の為に腰を上げたフレデリック様でさえ、”露骨過ぎるがな”と言っていたが、こちらが断ればガリアの王子の所に嫁ぐ可能性もある訳だから、断る事も出来なかった。(いや、異常に乗り気だったマリアンヌ様に押し切られた訳では無いぞ?)

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