第210話 ラスティン31歳(懐妊)


 そんな少しだけしんみりとした話をした更に3日後、色々欺瞞に満ちた結婚式には呼んでも来なかったエルネストが王城を訪ねて来た。あいつの立場なら分からない話では無かったが、それよりもこの時期に神医殿がやって来た方が私にとっては重要だった。


 そして、私の希望的観測は直ぐに確信に変わる事になった。ノーラが執務室にあられもない、といっても薄いネグリジェの様な服を着て執務室に駆け込んできたのだ。(多分診察用に身に付けたのだろうが、着替える時間も惜しかったのだろう)


「コーヤ兄様、コーヤ兄様、コーヤ兄様!」


 何か色々間違った事を言いながらノーラが私に抱き付いて来たが、私は出来るだけ優しくその肢体を抱きとめる事しか出来なかった。本当は思いっきり抱しめて色々したかったんだが、丁度報告に来ていた若い役人の目もあったのだから。駄目だぞ、そんな羨ましそうな目で見ても、これは私の物なんだからな!


「赤ちゃんが赤ちゃんができました!」


「そうか・・・、ありがとうノーラ!」


「ありがとう? それにそれだけなのですか?」


「いや、人目があるしな」


 そんな物を気にせずお腹を撫で回したい衝動に駆られるが、それはノーラの為にならないだろうな。それにノーラ自身も私のありがとうの真意を理解していないだろう。これを実感出来るのは私だけなのかも知れない。


 しかし、この若い役人の視線が痛いのは何故だ? 王城に勤め始めたばかりで、異様に緊張していた様に見えたのだが・・・? ふむ、詳しい事情を知らない人間が見れば、自国の王を知らない名前で呼び、はしたない格好で抱き付いて、しかも赤ん坊まで作ってしまう様な関係の女性とそれを嬉しそうに受け入れる国王に見えるか・・・。(何時もきっちりした格好をしているノーラとは別人の様に見えてしまうのは仕方ないのだが)


 この事を予想してキアラを視察に送り出したのは失敗だったか?いや、彼がキアラだったらあまり嬉しい状況にならない気もするか?


「エレオノール、王妃様としてはちょっとはしたないよ? 君、すまないが報告は後日にしてもらえるかな?」


「はい! あの失礼します!」


「ちょっと待ちたまえ、今見聞きした事だがね? 余計な事は話さないでおいてくれ、いずれ正式に発表する機会もあるだろうからね」


「はい、承知しました!」


 うむ、これは確実に噂になるな。まあ、このままなら問題無いが、後はノーラが元気な赤ちゃんを産んでくれるのを祈るだけだな。この後、真昼間の執務室でノーラのお腹をさすさすした訳だが。これは詳しくは書けない話だな。



===



 さて、私がどうして待望のノーラの妊娠について予想出来たかという話をしてみよう。別に不思議な話ではない、この事態を招いたのは私自身なのだから。何を当然の事をだと、本当にそう思うか? 私とノーラが夫婦になってそういう行為を幾度と無く行って来たのに今まで子供を授かる事が無かったのにだぞ?


 王妃懐妊の噂が流れると、私が2人の王妃を迎えた事はどう評価されると思う? 馬鹿か? 悪行の報いか? それとも間が悪いか?


 ここまで言えば分かるだろうか? 私は私自身の間の悪さを利用したのだ。別に確信があった訳ではないが、30年以上の人生の中で自分の間の悪さをしみじみと実感出来たのは私自身だけだろう。例えば、婚約解消騒ぎの時、子供の頃諸国を巡った時、大地の大精霊に殺されそうになった時、数え上げればきりはないが、私が独断で強引に何かを推し進めようとした時には碌でもない結果が待っていた。


 全てがそうだとは言い切れないが、主観的にはそうだと思うし、今回の事もそれを証明しているかも知れない。私の人生が破綻していないのは、運が良いとかでは無く家族や友人、そしてその他の人達に支えられたからだろうか?


 まあ、どちらにしても私は、いや、私達は子供を得る事が出来た訳だ、まだどんな罠が待ち受けて居ないとも限らないが、ノーラとお腹の子供だけは守らなければならないな! 別に私がどんな王と呼ばれ様が構わないが・・・。


 最近キュベレーが市井の奥様方の噂話を良く拾ってくる様になった。情報を得るならもう少し情報源を考えてほしい物だが、それ自体は喜ばしい事なんだが。一般の奥様方は私の事を”貧乳好き”とか、”微乳キラー”とか呼んでいるそうだ。ここまでは良いのだ、いや、若干名一名気にしている王妃が居るが何れは耳に入ってしまうのだろう。


 それよりもだ! 先日キュベレーにこんな事を聞かれたのだ!


”ラスティン、ラスティンは何時から使い魔になったのですか?”


”キュベレー、また変な噂を拾ってきたな? 私は使い魔になった覚えはないよ”


”でもですね、マスターは虚乳の使い魔だそうですよ、あれ?どうしたんですか?”


”いいや、何でも無いよ。別に、君は仕入れて来た他の噂と変わらないだろう?”


”でも、でも!”


 そうさ、噂自体は他と変わらない、ただ、情報源が特定可能というだけの話だ。今更広まった噂を止める事など出来ないが、責任を持って王妃達に謝って貰おう。なに、候補はたった10人程だ不可能じゃない!

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