第211話 ラスティン31歳(仮説)


「お前か! エルネスト!」


「何だ? 勝手に入った訳じゃないぞ!」


 どう言う訳か、獲物が目の前に飛び出して来たぞ? ノーラの診察は終わったんだから自領に戻っていれば良かったのにな!


「いや、冗談だぞ?」


「とてもそう言う風には聞こえなかったが? まあいい、少し話があって来たんだが」


「話?」


「ああ、態々妊娠の確認だけの為に僕が王城まで来ると思うか?」


「お前はそう言う奴だったな、確かに。では、友人の私に何か用か?」


「そちらを先にするか、スティンには謝らないといけないと思っていたんだ」


 エルネストが私に謝罪する?不可思議な事もあったものだ。私とノーラに気を使ってもらったし、感謝する事はあっても謝罪される事は無い筈なんだが? ツェルプストー辺境伯領絡みの話ならば謝罪では無いだろうし・・・。


「とりあえず言ってみろよ、謝罪を受け入れるかどうかは分からんがな?」


「ああ、エレオノールに診察(イグザミネーション)を教えたのは僕なんだ、少し軽率だったと反省しているよ」


 一瞬友人の意図が分からなかった、というか、エルネストの言う事は時々分からない事があるが今回はそう言う類では無さそうだ。ノーラに診察(イグザミネーション)の呪文が必要だった理由といえば、考えるまでも無いだろうな。自分の胎内に命が宿ったのかを確かめたかったのだろう。


 誰も居ない薄暗い部屋の中で、自分の胎内を魔法で覗き込みながらノーラが何を思ったかを考えると居た堪れなくなるな。今直ぐノーラの胎内を、いや、それはもう十分だ。まだ、動かないどころか手も足もない状態だからな。さすがに見飽きたさ、1週間位はな。


「お前か、エルネスト!」


「その台詞はさっき聞いたぞ?」


「これも冗談だ、謝罪される事じゃないのも分かったが、謝りたいというなら受け入れよう」


「そうしてくれ、カトレアに許してもらえないのは辛いからな」


 そっちは私にはどうでも良い話だが?


「後はノーラが無事に元気な子供を出産してくれれば良いだけだな」


「君が妙なストレスを妊婦に与えていないかの方が心配だ!」


 エルネストの心配は当然だろうが、3王妃制を決めた直後からノーラも少しずつ活動を始めていたのだ。鉄道をつかったとしても体力的にはで歩く事が難しかったから、貴族の奥方達を少しずつ呼んでは公言出来ないような領地の事情を聞きだしては報告してくれる様になっていた。


 以前の私なら貴族側の事情など考慮しなかっただろうが、少しは成長したからな。多分直ぐにノーラに多くの貴族が会いたがるとは思うが、人選に関してはノーラに一任してある。ノーラにとっては貴族向けの王妃としての最初の試練なのだろうが、ライバルと生まれてくる子供の存在が違った意味で彼女を強くしてくれたのだと思う。


 ノーラの方は良いのだが、キアラの方は問題といえば問題だ。容赦が無くなった(今までも容赦された記憶は無いが?)事は事実だが、それ自体はキアラと私の絆の証明と言うのだから始末におえん。以前なら独断で決定していた事も私が完全に理解するまで、じっくり教え込んでくれるぞ?


 頭の出来が違うのだから迷惑な話だ! 迷惑なのだが、この事はキアラが私を見限る事(彼女の視点では全ての泥を被って出奔する事らしいが?)を彼女が選択肢から除外した事を意味していた。つまりは、滅ぶ時は諸共にという決意の嫌な方向での表れの様だった。


 そして、ノーラとキアラを同等の地位に置いたのは私としては予想外だが、2人共に良い影響を及ぼした様だ。以前は双方とも遠慮し合っていた部分に対して手を出し始めてくれた。


 個人的にはゆっくり出来る時間が少ない私が少しだけ寛げる昼食の時間まで取り合いになり、つかみ合いになりそうな所で安全弁が働いてくれたのは記憶に新しい。そして国王としては公的な近衛部隊である魔法衛士隊は完全にノーラに与する形になった。(不幸にも両者と面識があった某隊長が相談に来たが、きちんと王家の為になる選択をした様だ)


 更に、意外過ぎて意外でも無いのかも知れないが、互いを好敵手(ライバル)と認めた2人は何故か息がぴったりだったりする。私がキアラに叱られて落ち込んではいないがダウナーな気分の時にはノーラが何処からか現れて励ましてくれる事があるし、逆にノーラから難しい相談をされた時にはさりげなくキアラがフォローに回ってくれたりもするという事もあった。


 何が起こっているかは、キュベレーにでも聞けば確認出来るのだろうが、それを提案したのは私自身なのだから野暮な事はしない。だが、エルフの王妃様にもちゃんと仕事を押し付ける事を少しだけ真剣に考えてしまったな。



===



「おい、スティン!」


「・・・」


「そうだな、彼女にあの話でもしてみるか?」


「あの話ってどれだ、こちらにも報復の用意があるぞ!」


 ちょっと無視しただけなのに、なんて心の小さい奴だ。しかし、妙な事をノーラやキアラに知られると面倒だ、むっ!何故か弱点に攻撃されると2倍のダメージを受ける様になった気もするが気のせいだろう。


「聞こえているなら返事をしてくれ、ここからが本当の用件なんだからな」


「すまん、本気で考え事をしていた」


「考え事なら、僕の話を聞いてからたっぷり出来るさ!」


「聞きたくなくなったぞ?」


「別に構わんが、同じ話をあの”宰相王妃”殿にしてみようか? とても興味を持ってくれると思うんだが?」


 宰相王妃ね、亜人王妃と比べれば十分受け入れられるな。しかし、キアラに何を知らせると言うのだろう? 少し考えてみると、何をは思い付かなかったが、妙に怖い未来が見えた気がするので真面目に話を聞く事にした。


「それで、何を聞かせたかったんだ?」


「ああ、本論に入る前に僕の想像話に付き合って欲しい。”始祖ブリミル”とはどんな存在だったと思う?」


「質問が抽象的過ぎるぞ、それだと一般的な答えしか返せない」


「ふむ、そうだったな。そうだな、彼は、迷い込み系か、召喚系か、それとも送り込まれた系か、どれだと思う?」


「宗教庁も触れていない問題だな、ただ、歴史が本当なら何かの目的で召喚されたとは考え辛いだろうな。何者かの使い魔というのもちょっとだしな」


 また、危険な上に実りが少なそうな事を考えているな?


「僕はね、誰かが使い魔として彼を召喚した事は有り得ないと思っている。根拠を示せと言われても困るけどね」


「送り込まれた方も、何の為にと言うのが分からないな。そうなると迷い込んで来たと考えるのが自然かな?」


「スティンの結論もクロエと同じみたいだな」


「ヒントが足りないんだよ、そのヒントさえ本当に信じられるか確証が無いと来ているしな」


 実際過去の宗教庁の欺瞞を見てきたからな。近年改善されたとはいえ、未だに闇の中という話も少なくない。自分たちで隠しておいて、事実が分からなくなるというのは、些か間抜けに見えるがね?


「僕はね、彼はとある目的で送り込まれたんだと思うのさ」


「証拠でもあるのか?」


「直接的ではないけどね、スティンは”ガンダールヴ”,”ヴィンダールヴ”,”ミョズニトニルン”に共通する点を挙げるとしたら何を挙げる?」


「リーヴスラシルを除いてか、人間がなるという事かな?」


「そうだね、他には?」


「そう言われてもな・・・」


「変則的だけど、”ガンダールヴ”と”ミョズニトニルン”には会っただろう? それに利用もした筈だ!」


「言いたい事は分かった気がする、戦闘向きだと言うんだろう?」


 戦争中に”ヴィンダールヴ”の助力があればと考えたのは私自身だし、”ミョズニトニルン”の力を直接的にでは無いが戦争の道具にもした、”ガンダールヴ”など言うまでも無いだろう。前世の私の記憶が”単なるストーリー上の都合だろう”と囁いていたが、今の私にとっては現実の方が大事なので聞かなかった事にする。


「しかし、お前の想像が正しければ随分物騒なのを送り込んで来たものだな」


「君もそう思うか? 彼自身の戦闘力、使い魔たちも合わせれば国の1つ位簡単に獲れるだろうね」


「エルネスト、お前?」


「僕はこう考えた、彼はこの世界を手に入れる為に送り込まれた生体兵器なんじゃないかって」


「生体兵器?」


「ああ、何らかの方法で次元の壁を越えて、”兵器”を1つ送り込むだけならば難しい話じゃないだろう?」


 始祖と同等の能力を持った存在が、世界扉≪ワールド・ドア≫を使って始祖をこの世界に送り込んだか・・・。平和的な交流の為の使者としては物騒な能力を持っているな。

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