第200話 ラスティン31歳(来訪)


 それから数日は、概ね平和にではないが単に忙しい日々が過ぎていった。一応戦後には備えていたのだが、公には出来なかったから色々な話が、一気に動き出して王城はある種の活気に満ちているのが、私にも実感出来る。


 実際の所、前回のレーネンベルク山脈に加え、今回の新領土(現在は未だ占領地だが)を得る事で、トリステインの国土は倍近くになってしまい王城の役人達も大忙しだし、当然の様に私も殆ど休む暇も無く政務をこなしている。(私の場合は、忙しさに逃げているという面もあるが・・・)


 新領土入りしたマリユスとは頻繁に交信を行っているが、段々愚痴が多くなって来た気がする。昨日は報告と相談が1/2で、愚痴が1/4、ゲルマニアの食材に関してが1/4と言う割合だった。愚痴も食材の話もキアラは完全に無視だから私自身が聞く羽目になるなるが、料理の話が出来るだけマシなのか、この話でストレスを発散しているんだろう。


 ゲルマニアに残ったトリステインの人間のガスパードとは上手く連絡が取れていない、いやいなかったというべきだろうか? コルネリウスとは一度交信したが、国中を飛び回っているらしく護衛のガスパードとゆっくり会話する事が出来なかったんだが、今日1枚の手紙が私の手元に届いたのだ。


「どう思う、キアラ?」


「お止めになった方が良いと思います」


 いきなり会話になっていないが、手紙の内容と私の性格と、奴との関係を考えれば、キアラの言いたい事は分かる。


「はぁ」


「失礼しました、ラスティン様のなさりたい様にされるのが良いのではないでしょうか?」


 私のため息に応じて、キアラが意見を正反対にした。こちらはこちらで問題だが、そうだな、キアラに頼り切るのはどう転んでも拙い。私が愚痴王から事情を聞かないという選択肢は無いと思うし、キアラもそれは知っているだろう。(キアラが意見を変えたのは、私に注意を促すという目的を果たしたのと、私自身に考える様に仕向ける為だろうな)


「しかし戦争をする為に集まって、暢気に武術大会とはな」


「・・・」


 反応無しか、まあ、この状況で無くても自分で考えるべきなんだろうが。ヒントも無しは辛い、本当にキアラに甘えていたんだな、私は。


 ガスパードの手紙には、連合軍の多くが集結していたラヒテンシュタイン公国公王とコルネリウスの会談の内容の一部が触れられていた。


 それによると、物資の不足(これ自体は我が国の策略なのだが)の為にゲルマニアに攻め込めない状態を憂いて、各国の王や軍司令官が戦意高揚の為に”武術大会”を始めたと書かれていたのだ。戦意高揚は大事だろうが、大金が賭けられ、怪我人も出るでは行き過ぎだし、その大会がガリア軍の司令の提案だったというのも裏がありそうだろう?


 ガスパードは別の点でも注意を促していた。それは彼が連合軍に対して、終戦を告げる使者として向かった時の話になるが、撤退を開始した連合軍の中で一番最初に撤収を開始したのがガリア軍だったという事実だ。


「キアラ、ガリア軍の本隊の動きは報告を受けているな?」


「はい、メイジの集まりが悪く編成に手間取っているという物と、集まったメイジにゲルマニア方面に向けて線路を錬金させていたという報告を受けていました」


 ”何故報告しない?”と追求しそうになったが、それを知った所で打つ手が無い事の方に先に気付いてしまった。ガリア軍の動きを封じたのは我が国の策略だし、それを知っても戦略戦術を変える事は無かっただろう。更に言えばガリアが何か企んでいるかもしれないと心配しながら戦争を指揮出来る程、私自身が優秀では無いしな。


 これらから考えると、ガリアは本気でゲルマニアと戦争する積りは無かったという結論に達する。正確にはキアラはこの事をジョゼフ王に問い詰めるのを”止した方が良い”と言ったのだろうが、何故止した方が良いのかまでは思い付けなかった。


 気にはなるが、ゲルマニア援助に関して話し合うという名目でジョゼフ王が自らトリスタニアにやって来る事が急遽決まったから、久々に直接対決と言う訳だな。特に直接会わなくてはならない話も無かったが、愚痴王の方から直接来たいと言い出したのだ。


 まあ、イザベラ姫が戦争に出てショックを受けて寝込んだと言ったらそういう流れになったのだから見え透いているが、カグラさんを連れて来ない辺り、奴も人間として成長しているらしいぞ? ジョゼフ王は公人としては勿論私人としてもガリアの復興に全力を尽くしていたから、ガリア国外に出るのは今回が始めてだろう。(それだけガリアが安定したのだろう)


 私としては、カグラさんに会いたかったし、ノーラと仲直りの切欠にでもと思ったんだが、速攻で拒否された。カグラさんがイザベラ姫の事を知れば悲しむのは目に見えているし、それは私も望む所ではないから強くは要請出来なかった。



===



「ほう、成る程な」


「何でしょう、ジョゼフ殿?」


 やって来た愚痴王の奴、会っていきなり人を繁々と眺めて妙な事を言った。私もジョゼフ王を見てガリアの先王に似て来たなと思ったが、言葉にも態度にも出さなかったぞ?


「いや、大した事では無い。早速話し合いと言うやつを始めようではないか?」


「そうでしたね」


 私の勧めを待たずに用意した椅子に優雅さと威厳を兼ね備えた振る舞いで座る愚痴王だが、この辺りは生まれる前から普通の人だった私には真似が出来ないな。


「細かな話を始める前に、1つ確認しておきたい事があるのだが?」


「はい、何でしょう?」


「例のナポレオン1世の話だがな、ゲルマニアの宮殿に居たのは影武者だったというのは本当か?」


「影武者と言う表現が正しいか分かりませんが、マジックアイテムが皇帝の振りをしていたのは、私自身確認しました、お疑いで?」


「いいや、噂では先のガリア=ゲルマニア紛争で行方不明になって、そのまま死んだのではという事だったが?」


「そうだと思いますよ。そうでなければ、ゲルマニア宰相もあんな事はしなかったでしょうしね」


「そうか? だがな、ガリアにはナポレオン1世が生きているという噂が流れているのだが?」


「それは本当ですか? ですが、まあ、行方不明ならば仕方がないでしょう。戦乱の最中で討ち取られたとして、それが皇帝と気付かなければ致し方無いでしょう? 軍装など着替えてしまえば、ガリア兵では見分けられない」


 話題が出た瞬間から表情も口調も完全に制御しているから気付かれなかったと思う。しかし、嘘くさい噂だな、情報伝達速度(ぶっちゃけ噂の広がる速さだが)は我が国が最も速いと思うが、それでもナポレオン1世の噂は広がり始めたばかりだ。


 無論情報操作は行っているが、同じ噂がゲルマニア方面からも流れ始めているだろうし、ガリアの国民感情的には”攻め込んできたゲルマニア皇帝は報いを受けて母国に戻れなかった”の方が好ましいだろうに?


「そうだな、意外と奴の顔は知れ渡っていないからな。しかし!」


「しかし? しかし、何です?」


「あやつが生きていれば、何としてでも息の根を止めねばならん!」


「どうぞ、ご自由に」


「それは、万が一トリステイン国内に」


 慌てて前言を補正する羽目になった。しかし、いきなり乱暴な話になったな、まさか、気付いているのか?


「ガリア国内ならばご自由にですよ。居るか分からない人間を探す為にガリアの兵を受け入れる積りはありません。一応国内を捜査させますが?」


「そうか、良い機会だからな、この国を見て回りたいのだが?」


「それ自体は、断りません」


「もし、我々が、ナポレオン1世を発見したらどうする?」


「そんな事にはならないと思いますが、その人物がナポレオン1世だと確認出来たのならどうぞ。但し!」


「・・・」


「その人物が」

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