第176話 ラスティン30歳(戦略の確認)



 そろそろ、ゲルマニアに対する戦略に関して話しても大丈夫だろうか?


 まあ、この情報は何処かから既にゲルマニアにも漏れているだろうから、構わないだろう。ガリアとしては正々堂々とゲルマニアに打ち勝つ(様に見せかける)事が重要なんだろう。態々、”マテウス・フォン・クルーク”に情報を漏らす”ジョゼフ1世”と、その情報から裏をかこうとする”マテウス・フォン・クルーク”、そしてその更に裏をかこうとする”ジョゼフ1世”、はてさてどうなる事だろう?


 皮肉はこれ位にしておいて、実際の戦略の話をしておこう。今回のゲルマニアへの侵略は概ね、

・ラヒテンシュタイン

・ガリア

・アルビオン

・トリステイン

の4方面から行われる事になっている。


 ラヒテンシュタインには、アルビオンとトリステインを除く諸国軍(ガリアもかなりの戦力をこちらに割いている)が集結している訳だ、数だけみれば最大の戦力になっているが、まあ、あまり当てにはならないだろうな。


 ガリアから直接ゲルマニアに攻め込む軍は、ガリアの精鋭だと言う事が分かっているが装備や数はそれ程の物では無い。理由は簡単で、こちらはメイジが主体の部隊だからだ。実際装備の方も開戦直前に送り込む手筈になっているらしい。


 アルビオン空軍は風向きの関係でトリステインのラ・ロシェール経由で一度海上にでて時計回りでゲルマニア空軍の左翼を襲う方針になっている。


 そして、トリステインは2方面から侵攻する事が計画されている。具体的には、直轄地マース領方面と、ラ・ヴァリエール公爵領方面からになるな。


 こちら側は大体こんな物だが、ゲルマニア側の話もしておくか? 何故こんなにも気軽にゲルマニア側の情報が入るかは言うまでも無いだろう。現皇帝と宰相を見放した領主達、ゲルマニアを逃げ出した平民や平民メイジ達、それどころか積極的に機密を売り込んで来る者達までまでいる。当然偽情報や、情報操作の結果が舞い込んでくる事もあったが、情報の取捨選択に関しては裏が取れたものだけ採用するという方針で十分だった。


 もう少し国内がしっかりと纏まっていれば、情報戦では苦戦しただろうが、日頃の行いの大切さが分かるな。元々国として上手く纏まっていなかったゲルマニアの欠点がモロに出てしまった形だな。


 ゲルマニアは陸軍をガリアとラヒテンシュタイン方面に向けて、空軍でトリステインを何としても陥落させたい様だ。我が国での工業品の生産を止めてしまえば、連合側も戦略を見直さなくてはならなくなるという考えなのだろう。これは今現在ゲルマニアで起こっている事態そのままだからな、こちらが予想するよりは大きな影響があるのかも知れない。(そう、人間を使い潰さなくてはならない程にな)


 ゲルマニアとしては、持久戦になるのは絶対に避けたいだろう、それどころか開戦の時期も限られる。はっきり言ってしまえば、今年の秋の収穫が済めば強制的に兵を徴用して全力で短期決戦を挑んで来るだろう。その為に、足が速い空軍をトリステインに向けるのだが、それはトリステインに侵攻する時期をこちらに知らせているのに等しいのだがね。

 この辺りは、気候の話になるんだが、レーネンベルク山脈上空やその周辺の風は、概ねトリステインからゲルマニア方面に吹いている。ただ冬のある時期だけ風向きが逆になる、ゲルマニアがトリステインに攻め込むのはこの時期しかありえないのだ。

 余談だが、この時期のレーネンベルクはものすごく冷え込むのだ、そして私が生まれたのもこの時期だったりするのは、まあ、偶然だな。それにレーネンベルク山脈のゲルマニア側では風の影響か一時的に雪が融けて河川の水量が増えるという”おまけ”まで付くのだ。まるで天がゲルマニアにトリステインを攻めさせる為に用意した自然現象の様だ。

 空軍の運用と、ラセーヌ川の水量が増す事で陸軍の行動も制限出来るとなれば、ゲルマニアがこの時期を狙わない理由は無いだろうな。この辺りが、マース領方面が睨み合いで終わると断言出来る理由だったりする。


 全体的な流れは以上の通りになると思うが、まあ、予定通りに進むとは思っていない。ゲルマニアも必死だろうしな。ただ、結果として連合側の勝利は約束されている事には変わりは無いだろう。


===


 連合の戦略に則って、我が国も動く訳だが当然何処の国でも自国の軍の被害を最小限にして最大の戦果をあげる事を考えて軍を動かすだろう。1人でも多くのゲルマニア人を殺す事を考える物騒な国もあれば、ゲルマニアから少しでも領土を切り取りたいと言う国もあるだろう。出来れば自国以外の軍に出来るだけ被害を出させたいなどと言う利己的な国も有るかも知れない。


 我が国の採るべき戦略は、出来るだけ敵味方に被害を出さないと言う極めて人道的なそして矛盾した物だった。マース領方面に関して言えばこれは難しくは無いだろう。ラ・ヴァリエール公爵領方面もツェルプストー辺境伯と”共同戦線”を張ると言う本来なら有り得ない事が実現する為に進軍してもほぼ被害は最小限で済む事が予想出来る。

ツェルプストーで無ければ、ラ・ヴァリエールは止められないと言うのが一般的な見方だし、それは多分正しい事だろう。辺境伯の立場を強化する為に色々工作もしたらしいからな。(辺境伯のお隣さんにこっそり”風メイジ”を送り込んで、竜巻を起こしてあちらの軍に恐怖心を植えつけておいたのだ)


 問題は空軍の方だが、ゲルマニアにはアルビオンの空軍が動いてくると言う情報が漏れている筈だからそちらにかなりのフネを割かなくていけないだろう。考えられるのは少数(といっても10隻とかではないだろうが)での電撃的な侵略と言った所だろうが、皮肉な事だな。


 ここまで国際情勢と軍略に詳しい大抵の人間には予想できる筈なのだが、我が国とすればゲルマニア空軍の少数(多分精鋭中の精鋭だろうが)さえ抑えてしまえば何もしなくても被害は最小限に抑えられるし、連合側の物量にはゲルマニアも抗仕切れないだろう。但し物量に物を言わせると言う事は、ゲルマニアに大きな被害が出る事も意味している。


 戦後の他国の事情など知らないと言い切れれば、それはそれで構わないんだろうが、これを普通に実行してしまうとどうなるかは、前世の第一次世界大戦後のドイツの例を挙げれば予想がつくだろう。皇帝となった”コルネリウス”が追い詰められて再度無謀な戦争を仕掛けるなんて状況を作り出す気は全く無い。(幾分個人的な事情も入っている気がするが?)


 そんな状況を避ける為には、トリステインが他国の追従を許さない程の戦果を挙げる必要があるのは分かるだろう? そこで我が国も連合の一員として以上の動きをしなくてはならない訳だ。


1.シャルロッテンブルク宮殿をトリステイン独力で陥落させる

2.他国のゲルマニア侵略を出来るだけ遅らせる


 その為にはこの2点を満たす必要があるが、幸運にも今のトリステインにはこれが可能なのだ。我が国の空軍ならばゲルマニアのど真ん中のシャルロッテンブルク宮殿まで、”風向きを考慮せずに”直接攻め込む事が可能だし、”ゲルマニアの妨害工作”が起これば、我が国から供給される物資が届かなくなり戦線の維持が難しいと判断されれば開戦の時期や進軍速度等も調整可能だと思う。


 実際の所、トリステイン内でゲルマニアに内通したと思われる貴族による破壊工作は起こった事がある。ただ、大規模な物だったとしても近くに兵団員が居ればそっこー(これ位簡単にだ)で直してしまうからあまり意味は無いのだ。(ちなみに人手は十分だし、原始的ではあるがリッテン考案の風石式電池を利用した信号もあり大規模な事故は今の所起きた事が無い)


 これがガリア側になると話は面倒になる、ガリアが兵団員を受け入れてくれれば問題は無いのだが、あの愚痴王がそうそうこちらの思い通りには動いてくれない。一応リッテンの指導を仰ぎながら独自に線路を拡張している。(きっと何処かで機関車や石炭の生成も企んでいるんだろうな)


 そんな訳で、”ゲルマニアの破壊工作員”を各地に派遣して物資を意図的に遅らせたりしているのが現状だった。ただ、それもそろそろ終わりの様だ。例の季節風が吹き始めるのはもう一週間も無いだろう。既に国境辺りでは緊張感がピークに達していると報告も受けているし、ライルやルイズ達の夫々の持ち場についている。


 問題なのは、エルフの横槍と、転生者ナポレオン1世が持つ強運だが、いや、強気に、良い方向に考えるんだ。エルフの動きは封じたし、こちらは転生者が団体で”見物”に押しかけるんだ、負ける要素は無い筈だ!


 もう1つ、エルフ達の動向も話しておこう。エルフ達は現在、多分史上最大の大論戦の真っ最中だろう。その論題は”人間とどう付き合って行くか?”という話なのだ。これが30年前であれば、議題にさえなりえなかっただろうが、今ではエルフ達を2分する程、重大かつ難しい議題になっている様だ。


 本来であれば評議会で決定が下され、その結果が各部族(或いは、町や村)に伝達されるらしいのだが今回は問題が問題だけに可能な限り多くのエルフの意見を集めると言う事で例のエルフ帰還命令が発せられた訳だ。この辺りは、マナフティー様が上手く評議会を操ったんだろう。(しかし、まるで国民投票だな、これが出来てしまう辺りがエルフの社会の成熟度が羨ましくなるな)


 そんな事情で、最大の味方に見放される事になったゲルマニアだったのだ。10人居れば戦局をひっくり返せる戦力が手元から消えたのだから、ゲルマニア首脳陣はさぞかし慌てただろうな。それでこの戦争自体を諦めてくれれば良かったんだがな。(ここまで来て、やっぱり止めましたとは言えないんだろうな。私ならノーラを連れてさっさと逃げるだろうな)


 人間に反感を持ったままの部族でも、一票でも多く人間との交流に反対する票をかき集める為に、シャイターンの門の封印を行っている者以外をかき集めたのだが、当然部族内でかなり揉めているらしい。

 特にゲルマニアに手を貸している部族ではもっと事情は複雑だ。人間との交流を良しとしない者、人間との交流を望む者、そして人間を利用して権力を得ようとする者が入り乱れて収拾が付かないらしいのだ。ちなみにそこは、”テフネス”というらしい、”ネフテス”とは縁続きらしが全く別の部族と言う話だ。


 これはクリシャルナが絶対秘密だと言って教えてくれた情報だった。人間との交流を望む彼女としては”人間を嫌う部族の名前”などは将来の禍根になる可能性を考えて明かさない方が良い筈だからな。これは以前の私にはクリシャルナは明かしてくれなかった話だろうな。




 こんな所だろうか? 私は一度勢いをつけて椅子から立ち上がるとこう呟いてみた。


「さて、名前負けの第一次世界大戦を始めるとするか!」


 いや、実際に動くのはキアラを始めとするこの国の人達なんだがね? 時には格好を付けたくもなるのだ、戦争中に私の見せ場なんて全く無いからな!


 暇な私は、戦後処理について考えを纏める事にしよう。内容はまだ秘密だがね?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る