第175話 ラスティン30歳(ぷにぷにほっぺ)



 さて、肝心の対ゲルマニア戦争(一部では、世界大戦とも呼ばれているが、これが第一次と呼ばれなければ良いのだがな)が始まる前に、幾つか整理しておかなければならない話があった。


 先ずは、テッサの話から始めるとしようか? あの交渉の失敗(彼女達の主観では)を期に交渉事に少しだけ自分らしさと言う物を取り入れる事にした様だ。と言っても、交渉を始める前に出来るだけ相手の事を調べておくという当たり前の事なんだが、どうも前回はエルフと言うモノをクリシャルナを基準にして考えて失敗してしまったらしいのだ。(フレンドリーエルフや、態々人間の世界までやって来てくれた技師の人達が普通とは思わないが、シャジャルさんもやっぱり変わった人なのだろう)


 そんな訳で、テッサは韻竜に関して情報収集を始めたんだが、いきなり躓いた。韻竜に関しての書物は学院の図書室にも王立図書館にも何冊か存在したのだが、何と言うかあまり役に立たなかったらしい。韻竜の生態とか、能力とかはそれなりに正しい事が書かれていたらしいんだが、これはテッサが求めてる情報では無かった。


 テッサとしては、韻竜達の持つ種族的な性質みたいな物を知りたかったのだろう。ただしそんな都合の良い物があるとは限らないのがこの世の中なんだろうな。


 誰かが大昔、偶然出会った韻竜と仲良くなり、その話をまとめた書物があるとしようか? その人間は、韻竜と出会って友人と呼べる仲までになったとする。彼は韻竜から色々な事を学んだだろう。


・先住魔法

・飛行速度

・身体的特徴

・性格


とかだな。その情報を、その人間はとある人物に伝えたとしよう。そのとある人物が聞いた話を一冊の書物に纏めた結果が”幻の古代知性生物・韻竜の眷属”などの韻竜に関する書物になった訳である。


 書物としては面白い物だし、韻竜に関しても上手く纏められていると言えるらしいんだが、その韻竜なら兎も角、他の韻竜を同様に扱う事が危険なのはテッサ自身が思い知った所だったからな。それに、永い間、下手をしたら何百年も外界との交流を拒んでいたとなれば、どんな事になっているかも想像が難しいだろう?


「そんな訳で、情けないですがラスティン様の知恵をお借りしたいのです」


「したいの!」


「ちょっと、真面目な話だから黙っていて!」


「きゅい?」


「テッサ、ダメだよ?」


「いいえ、これは教育なんです!」


「おにいさま、助けてなの?」


 誰が”おにいさま”だ! 妙な知識を拾って来たものだ、年上を妹にする趣味は無いぞ?


「いや、私は君の兄じゃないし、お姉さんの教育方針に口を挟む気はないな」


「ひどいの!」


「いっその事、韻竜の里と言う所に入り込んで探ろうと思うんですけど?」


「ふむ、クリシャルナは何と言っていた?」


「反対されました、協力者も居ない状態で閉鎖された場所へ行くなんて論外だそうです」


「そうだろうな」


 クリシャルナ自身も今はエルフサイドとの交渉が山場で、この場には居ない。ただ、彼女の意見は受け入れるべきだと理解出来る。クリシャルナにとっての協力者(ローレンツさん)に経験でも聞ければ良かったんだがな? 時間はそれ程残っていないし、どう助言したら良いんだろうか?


「そうだな、協力者を作り出せば良いんじゃないかな?」


「ですが」


「シルフィードの両親はどんな人物なんだい?」


「ああ、成る程! それは良いですね」


「きゅい?」


「そうだな、何か手土産でも持っていく事を忘れないようにな?」


「手土産ですか?」


「ああ、テッサは自分がシルフィードを、この場合はイルククゥをかな? そう、テッサはイルククゥを彼女の両親の元から誘拐してきた事になるんだよ?」


「・・・」


「???」


「どうしましょう?」


「今まで気付かなかったのかい?」


 私などは、少し事情は違うがキュベレーの”母親”に酷い目に遭わされそうになったからな。


「手土産、手土産、シルフィード、好物って何?」


「もちろん、おにく、痛い痛いの?。何でおにいさままで抓るの?」


 それは表情から見て、シルフィードの好物を言っただけと読み取れたからだがな。


「いや、何となくな?」


「酷いの、使い魔虐待なの!」


 うむ、言っていることは分かるんだが、シルフィードはアルビオンへの交渉に行った時に経費で馬鹿食いしてくれたのだ。しかも安価な羊肉では無く、高級な牛肉を頭単位でだぞ!

 一応勅使扱いだったからその費用が王城に回ってきて、何故かユニスから私が怒られた。当然、経費削減の為に、安い肉が与えられる事になったんだが、本竜は全然気にしていない様なので、育ち盛りは”質より量”なんだなと思ったな。こんな事があるから、使い魔の召喚にはリスクが伴うのだ。(微妙に違う気もするが?)


 しかし、食べ物で釣るというのは良い考えかも知れないな? 現在は内政の方は一段落だから、マリユスの力を借りるとしようか?


「テッサ、良い手土産を思いついたよ、マリユスを連れて行くんだね」


「はい?」


「私達は人間なんか食べないのね! 痛い痛いの!」


 どうして、シルフィードの頬っぺたはこうも抓りやすいんだろうな? カグラさんやミコト君の話で同族?の名誉が気になっているんだろうが、私が生贄などを容認すると本気で思ったんだろうか?


「ああ、マリユス様に料理を作ってもらうんですね?」


「そうだ、決して食べたりしちゃいけないぞ?」


「ふふっ、でもお忙しいんじゃないですか?」


「まあ、マリユスが抜けても何とかなるさ、キアラがフォローに回るだろうしな。そういえば、韻竜の里というのは何処にあるんだい?」


「あっち! 大体一日で行けるの! 痛い痛いの、何でなの!」


 豊かな胸を反らして、”ビシッ”と北東の方向を指差したシルフィードに、テッサの制裁が下った。さすがに今の情報では対応出来ないからな。(意外と近い事だけは分かったがな、方向的にはレーネンベルク山脈の方だが?)


「そこに地図があるでしょう、そういう野生的な説明は控えなさいと言っているでしょう!」


「きゅい・・・」


 うむ、テッサはきっと教育ママになるぞ、どうでもいいがな。そろそろと壁に掛けてある地図にシルフィードが近付いて行ったが、地図を前にして”ピクリ”ともしなくなってしまった。

 もしかしてと思ってテッサの方をみると、苦虫を噛みつぶしたような表情をしている。どうやら本気で地図が読めないらしい、上空を飛ぶんだから、地図なんて普通の人間よりはイメージしやすいと思ったんだが、そう言うものでも無かったらしい。


 結局、テッサから聞き出したシルフィード移動速度から凡その韻竜の里の位置を特定すると、意外な事にレーネンベルク山脈の北側なのが判明した。韻竜側には全く関係無いが、知らないうちに彼らも”トリステインの国民”になっていたらしい。別に尋ねていって、税金を吹っかけると言う様な事をする積りは無いが、韻竜達との交渉を優先的に進める権利はあると思って良いだろう。


 意外と目的地が近かった事もあり、テッサも安心して交渉に励めるだろ。1つ心配があるとすれば、マリユスに金に糸目をつけずに韻竜達にご馳走を振舞えと命じてしまった事だ。何十何百という韻竜がシルフィードの様に大量に食事をする様子を思い浮かべると、背筋に寒気が走る。(大丈夫だ、今回はちゃんと”政策”なんだからな! ユニスが好きなコストパフォーマンス的には、はぁ、小言くらいは覚悟しておくか)

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