第168話 ラスティン30歳(男同士が同じベッドで・・・)
王城に戻った私は、ワーンベルに使いを出してキュベレーとノトスを呼び戻す事にした。普通の人間をワーンベルに送ったんだが、あそこにはエルフの技師達が常駐しているから、精霊との意思疎通は困らない。
ちなみに、エルフ達が通常契約している精霊というのは、大抵がキュベレーやノトスの使い魔契約前の状態だと思えば良いらしい。希薄な自我しか持って居ないのが普通らしいが、ある程度時間をかければ自我を持つらしいが、この辺りは個体差?がある。
表現が難しいのだが、地水風火といった精霊は自我を持つにしろ、知識を蓄えるにしろ時間がかかるそうだ。逆に木の精霊とかは100年程度で自我に目覚める例もあるとか言う事だ。エルネストの使い魔テティスはどれだけ生きているんだろうか? 聞きたい気もするが、とんでもない答えが返ってきそうだ。
本題はそちらでは無かった、精霊の移動速度についてだ。大体想像が出来るだろうが、地水風火の中ならば”風”が一番速いのだが、意外にその次は土、そして水,火と続く。端的な表現をすれば”精霊の道”を想像すると良いかも知れない。一回で移動する距離は余り変わらないが移動先が制限されると移動距離が延ばせないという事らしい。”風”なら屋外の何処にでも吹いているが、移動先になる”火”が移動距離を上手く稼げないと言う理屈らしい。
この辺りは、エルフ達からの受け売りだったり、私自身が人間としては破格に精霊の知り合いが多い事からの経験的に理解している事だ。これは経験と言うより想像だが、転生者と精霊が使い魔契約を結び易いのは転生者の持つ知識が精霊の自我を育てるのに貢献しているのかも知れないと思う。
キュベレーは私を無償で助けてくれているが、キュベレーは私と居る事で形にならない報酬を受け取っているとか想像したりする。
そんな訳で、使いを出して2日後にはキュベレーは私の所に戻って来たし、ノトスもロドルフの所に帰ったらしい。今日は明人青年はゼロ戦に乗って戦闘訓練の予定だから、ロドルフが手を出す特別訓練は明後日位になるかな?
「キアラ、明後日って」
「ダメです」
「分かった」
うん、無理だな。誰だ、尻に敷かれているなんて思った奴は、キアラとはそう言う関係じゃないし、これは単に頭が上がらないだけだ。最近出掛ける事が多いので、キアラの機嫌が悪いのだ。
キアラは機嫌が悪いし、ノーラは時々沈みがちになるし、王様というのも結構大変なのだよ。何故か、本妻と愛人の間で右往左往している浮気者を想像出来るだろうが、本妻=王妃,愛人=宰相に置き換えれば全く事情は異なるのだ。本当だぞ!!
===
ロドルフが虚無の曜日を待たずに王城を訪ねてきたのは、それから更に4日後だった。私の方は懲りずに時間を捻り出す為に執務室でロドルフを迎え入れたが、ソファに座るでもなく突っ立ったまま、じっと私の方を見ているだけだった。気を利かせてキアラもその他の秘書役も席を外してしまったのが、私にとってはありがた迷惑でしかなかった。
「・・・」
「・・・」
どちらも口を開かないまま、私が書類を確認してサインをして、次の書類に移るという事が繰り返されるだけだった。カリカリというペンの音とパラリという書類をめくる音だけしかしない様な錯覚を覚えた。
先に音を上げたのは、私の方だった。我慢強さと言う面では女性の方が強いと聞くが、女性としての記憶を持つロドルフもかなり我慢強い方なんだろうか?
「ロドルフ、男らしく文句があるなら言ったらどうだ?」
「嵌めましたね?」
これはかなり怒っている様だ。今の時期だと授業で忙しい筈なんだが、それも無視出来る程お怒りらしい。見る限り怪我とかは無いはずなんだがな?
「嵌めたとは人聞きが悪いな。別に危ない目には遭わなかったんだろう?」
「ええ、貴方の使い魔が咄嗟に庇ってくれましたからね」
そう言いながら私を見ているロドルフの表情は色々な感情が渦巻いている様で、何故か泣き笑いの表情に見えた。その表情に自分が軽率な事をしたとも考えたが、その考えをロドルフ自身が打ち消してくれた。
「前にラスティンさんが、僕達はこの世界で生きている事を実感するべきだって言っていましたよね」
「そんな事を言ったな」
私は別の意図で言ったんだが、実際にはそのまんまの意味でも重要だったかも知れない。
「昨日、実感しましたよ。殺されるかと思う事でね」
「それは幾らなんでも大袈裟じゃないか? 戦闘訓練にちょっかいをかけた位で殺されそうになるか? ルイズも明人君も君だと分かれば攻撃なんてしないだろうに」
「・・・ですよ」
「すまないが聞こえなかった」
「変装してたんですよ! 会合の時に使うマスクとマントで」
そう言われて少し想像してみたが、あの場所は学院の比較的近くにある陸軍演習場で、そこに怪しげなマスクとマントを着用した男がいて、それから攻撃を受けたとなれば本気で殺しに来るだろうな。どう考えても怪しいし、ゲルマニアのスパイと疑われるのが関の山だ。
「直ぐに変装を解けば良かっただろうに」
「いきなり、ミス・ヴァリエールに攻撃を受けるし、明人君はあのスピードで迫ってくるんですよ、そんな暇があるわけないじゃないですか!」
「・・・、よく生きていたな?」
まさか、そこまで悪乗りするとは思っていなかったから、正直に感想を言ったのだが、どうも少し震えている様だ。
「ええ、ノトスが頑張ってくれましたから、でもあの2人が相手じゃ」
「時間稼ぎにしかならなかった、本当にすまない」
私は席を立って、ロドルフの方に近寄って行った。近付くとロドルフの顔色が明らかに悪いし、目も充血しているのが分かった。
「もしかして、眠れないのか?」
「はい、どうしても・・・」
ロドルフの姿は少年の頃の私を思い出させた、あの時は私が始めて人殺しをした時だったな。あの時はどれだけやせ我慢したかな? あんなやせ我慢をしなければ・・・。
いや、今は悩んでいる同胞の事だな、素直に他人を頼る事が出来るロドルフが少しだけ羨ましかった。ロドルフももう少し元気なら、両親の所へ帰って行ったんだろうな?
「そうか、それじゃあ、今晩は一緒に寝るか?」
「えっ、私はそんな女じゃありません!」
何を言っているんだろうな? 混乱しているのだろうか?
「なあ、ロドルフ。君は幾つまでご両親と一緒に寝ていた?」
「え? はい、あの夢を見始める頃まででした。久々にあの頃の事を思い出しました、眠れないのに前世の記憶だけが思い出されるんです」
ちなみにライルは結構、最近まで私と一緒に寝たがったが、今は別の人間と一緒に寝たいんだろうな。うん、その辺りは厳しく言わないが、赤ちゃんが出来ましただけは勘弁して欲しいものだ。
「そうか、ロドルフは前世の事はあまり夢に見ないんだな?」
「そうですね、思い出したくないのかも知れないですね、最後は自分が死ぬんですから」
前世の夢はほとんど見ないか、知りたかった事だが、どうもしっくり来ないな。
「・・・、君が死んだ時の事を聞いても良いかな?」
「どうして今になってですか?」
「勿論、教育上の問題だな」
「教育?」
「そうだろ、小さな子供に自分が死んだときの事を思い出させるなんて、良い事じゃないだろう?」
「ラスティンさんもお父さんなんですね?」
「そうだよ。私の場合は、コンビニ帰りに車にはねられたんだ。まあ、即死だったんだろうな。自分の死体を見なかったしお陰で”死”と言う物を知るのに時間がかかったね」
「そうですか、私の場合は多分、家族の誰かに殺されたんだと思います」
「穏やかじゃないな?」
「私は良い娘じゃなかったですからね。我侭で大学まで出してもらったのに、就職に失敗しちゃって、”都落ち”して実家に戻っても仕事もせずにネット三昧でしたからね」
「それで、殺される筈が、いやいい」
あまり話したくは無さそうだし、これを聞くのは私の役目じゃ無さそうだ。しかし、精神的に不安定な為か、前世の記憶がダイレクトにロドルフの精神に影響を与えているな。この辺りは結構個人差がある様だ。
「ラスティンさんの前世の親はどんな人でしたか?」
答えにくい質問が来たな、どう言う訳かこの辺りの記憶は曖昧なのだ。前後の記憶から推測になるが仕方無いだろう。
「そうだな、人の良い人達だったかな? そうだな、星回りの悪いライルを想像すると良いかも知れない」
「どういう意味でしょうか?」
「そうだね、前世の私は一度苗字が変わっているんだよ。両親共に結構良い所の出だったらしいんだけどね、まあ、事業に失敗でもしたんだろうね」
「如月でしたっけ、苗字は?」
「ああ、以前は四条家の分家筋だったらしいよ。まあ、知らないだろうね、私も詳しくは分からないしな」
「前世でもおぼっちゃんだったんですか?」
「誰が坊ちゃんだ!」
「えーだって」
自覚はしているが、指摘されると腹立たしい。ただ、少しだけ声に張りが出てきたロドルフに合わせておく事にする。
「いや、少なくとも前世の私は普通の暮らしだったと思うよ。少なくとも覚えている限りは、標準的な日本人として生きて来たからな」
こうして、前世の事や、小さい頃の思い出話をして、夜が更けた頃にやっと眠りにつく事が出来た。そうだな、明日はロドルフを彼の両親の所に送って行こう。保護者の代役を務めている以上、これは私がやらなければならない事だろう。幸い政務の方は一区切りついたし、朝早く出れば日帰り出来るだろう。
キアラだって事情を話せば・・・、絶対叱られるな。その内キアラがクーデターでも起こして、もっと真面目な国王を立てるんじゃないかと思えてくる。その時はさっさと逃げ出すだけなんだが、こんな話をキアラにしたらもっと怒るんだろうな。”現実を見ろ”とか言われるんだろう。
===
ちなみに思いっきり叱られて、1週間の外出禁止を言い渡された。本当は1カ月と言われたのだが、色々理由をつけて値切ったのだ。1/4にしたのだから大勝利だろう何て思っていたら、常時監視付きにされてしまった。人として正しい事が、国王として正しいとは限らないとは分かっているんだが、ちょっと扱いが酷いと思うぞ。
日程の打ち合わせに来たコルネリウスが、天使の様に思えたが、こんな日が来るとは思っていなかったな。天使にしては持ってきた話が、異常に物騒だったがな。
話を明人青年の訓練に戻すと、1週間弱で両親の下から戻って来たロドルフがルイズと明人青年に謝罪して、2人は謝罪を受け入れる替わりにロドルフが訓練への参加を正式に依頼した。
そしてそれをロドルフが喜んで受け入れたと言う結果は、経過を無視すれば私の目論んだ通りの物だった。私としても是非その場に立ち会いたかったのだが、”監禁”されていてはそれも叶わなかった。
「そうか、ロドルフがな」
「はい、あんまり謝る所を見たことが無かったけど、ロドルフがあんなに嬉しそうに謝るとは思わなかったです」
「それは私も見てみたかったな」
「それにしても、父様も意地が悪いですね?」
「そうか?」
「そうですよ! だって、アキトには兎も角ルイズにはノトスの攻撃なんて通用しないのは分かっていたんでしょう?」
「・・・!? そういえばそうだったな」
「もしかして、忘れていたんですか?」
「いや、何と言うか、ルイズが成長すれば杖精霊の声は聞こえなくなるんだと思っていただけだよ」
「え? でも父様もノリス叔父さんも聞こえてますよね?」
「説明が難しいんだが、私やノリスの場合は体質だろうな。ライルは要らないって言ったが、ルイズとジョゼットとテッサの杖は同じ木から貰った物だけど、精霊と話せるのはルイズだけだろ?」
「ふーん、複雑なんだね。精霊と話せるってどんな感じなんだろう?」
「うーん、相手次第だが、話せない方が幸せかも知れないな」
こう言うと。腰に下げたニルヴァーナが少しだけ震えたのが感じられたが、何も語りかけては来なかった。彼女個人としては頼りになるが、私にとって”精霊”という存在は利益をもたらしてくれるが、逆に畏怖の対象でもある事も分かっているのだろう。
「そうは言うけどな、会話が出来る使い魔だって結構貴重な存在なんだぞ?」
「そうなんですか?」
「学院の生徒や兵団員の使い魔で、会話が出来る者が居たか?」
「言われて見ればそうだね、別に会話しなくたって意志は伝わるから気にした事が無かったよ。クエスって意外と凄いのかな? でも、話せてもあんまり喋らないんだよね」
「そうだな、お前の使い魔は”職人気質”なんだよな」
本来なら、マスター以外と会話出来ると言うのは、使い魔としては大きな利点なのだがライルの使い魔はそれを使おうとしないらしい。ライルによれば結構多弁?だそうなのだが、イザベラ姫でさえ喋った所を殆ど聞いた事が無いと言うのだから筋金入りである。
「そうだね、どっちかというと”芸術家”って感じだけどね」
「芸術家か、そうかも知れないな。確かにライル・ド・レーネンベルクには、お似合いの使い魔だな」
「だよね、クエスが作ったのと同じ細工を作っても、大抵の人がクエスの方を選ぶんだよね」
「まあ、芸術と言うのはレーネンベルクにとっては最も似合わない分野だからな」
レーネンベルクらしいと褒めた積りなのにライルは複雑そうに笑っているだけだった。
「それで、ルイズ達の訓練はどうなんだ?」
「はい、順調ですよ。怖い位に」
「そうか、ライルがそう言ってくれるなら大丈夫だな」
「はい、あの2人なら大丈夫です。相手が”お婆様”というのが複雑ですけどね」
ライルが、またしても複雑そうな表情をしたが、今度は”お婆様”か?
「そうか、ライルもラ・ヴァリエール公爵夫人が苦手か?」
「うーん、苦手なのかな? 毎年お会いしてますけど、会話した事が無いんですよね」
ほう、それは初耳だな。私の息子を無視するとは良い度胸だ、この仇はルイズがきっととってくれるだろう。(半分位冗談だぞ、”義母殿”の考え方も分からないでは無いからな、認める気は更々無いがな)
近い内に、ルイズが母親に決闘を申し込むのは確実か? その前に是非、その腕前を見てみたいな。翌日の執務中にそんな事を考えていたら、キアラに睨まれた。おかしい表情の制御は完璧な筈なんだが? また妙な所で知恵を絞らなければならない様だ。
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