第164話 ラスティン30歳(値切りは王家の常識?)
次の虚無の曜日にやって来たライル達と一緒に早めの夕食をとりながら、テッサの交渉術修行の話を話題にしてみたんだが、食卓を囲む皆に”値切り”の概念を説明する必要が無かった。
ライルは当然子供の頃に実践したいたし、ロドルフは前世でも現世でも買い物は絶対に値切る派らしい。(関西育ちだったかな?)
意外なのは、ノーラもイザベラ姫も値切った事があるらしい。ノーラの方は、大体想像がつくが?
「え、何時、値切りを知ったかですか?」
「ああ、ノーラは立派なお嬢様育ちだろ?」
「母様が、値切るって想像出来ません」
「もう、ライルまで! 私の値切るのを教えてくれたのは、ミレーユだったわね」
「そのミレーユさんと言うのは?」
「イザベラにも何時か会わせてあげたいわね。そうね、私のお姉さんみたいな女性かしら?」
「どちらかの貴族の方ですか?」
普通の貴族のお嬢様は値切ったりしないんだが、イザベラ姫も何処かずれている気がする。(ちなみに愚痴王の奴も値切りが得意で、相場にも強いのは理由が分かるが、隣国の国王としては極めて迷惑である)
「いいえ、家の、実家のメイドなのよ」
「あ、それなら私も、お母さんに、当時は女官をしていたんですけど、こっそり屋敷を抜け出して買い物に連れて行ってもらいました」
「カグラに?」
「ええ、その頃は色々な領地を回っていましたから、色々な町に行きましたよ」
カグラさんも思い切った事をやっていたんだな? 女性同士で仲が良いのはいい事だな。(多分これにはクロディーも絡んでいるんだろうな、何事も無くて本当に良かった)
「ライルはやっぱり、ライデンの町でか?」
「はい、父様。ベル母さんは余り外に出かけたがらなかったので、5歳位からは僕だけで行っていました」
おっと、良いタイミングでこの話題が出たな。今のライルならベルさんの事を聞いても問題は無いだろう? 多分、イザベラにも話していないだろうから、この場で色々聞いてみよう。
「ライル、ベルさんの事を話してくれないか?」
「えっ?」
「嫌か?」
「いいえ、ちょっとミコトにベル母さんの事で言われたので、いえ、何でもありません」
「?」
皆で首をかしげる事になったが、ライルは見かけ上、明るくベルさんの事を話してくれた。
「ベル母さんは、銀髪の長い髪だったな?。結構美人だったんだけど、うん、美人だったからかな? 外出する時は、髪を帽子に入れてスカーフで口元を隠してました」
「何でそんな事を?」
「普通にしてたら言い寄る男が多かったんじゃないかな? そう言えば、男の人が時々家に来ていた気がするよ」
変装の話は聞いていた通りだな。男性の影ありか、言い寄っていた男なら問題なんだが、どんな会話があったのか子供のライルには理解できなかったらしく詳しい話は無かった。銀髪か、別にめずらしくもないし、ライルの蜂蜜色の髪は父親似なのだろうか?
「へぇ、ライルのお母さんって美人だったんだ」
「うん、ベル母さんも母様と同じ位美人だったよ。そう言えば、ベル母さんって母様に似ていたかも、結構背が高かったし、印象がね」
「なあ、ライル、その頃ってどうやって生活していたんだ?」
ロドルフ、良い質問だ!
「うーん、お金の管理はベル母さんがしてたんだけど、収入があるわけじゃなかったんだけど、蓄えは結構あったんだ」
「ふーん、ライルの死んだ父親って貴族だったのか?」
「それは無いかな? ベル母さんは貴族が嫌いだったしね、当時のモーランド侯爵の支配じゃ当然なんだけどね。ベル母さんは役人だったそうだから、その時の蓄えだったんじゃないかな?」
役人と言う話は聞いたことがあったかな? 貴族嫌いと言うのは、愛人として扱われて捨てられたのなら分からないでもないが? (蓄えと言うのは手切れ金だったんだろうか?)
「ライルの母親だと、優秀だったんだろうな?」
「どうなんだろうな?、分からないけど、ベル母さんからは色々な事を教わった気がするよ」
「良いお母さんだったんだね」
「そうだね、僕は”親”に恵まれているのかも知れない。うん、今ならそう思えるよ」
ライルの表情は、少し寂しげだったが、今度言葉は無理をしていると感じられなかった。ライルも成長した物だ、”親”の1人として本当に誇らしい。
「ライル、今度イザベラを連れてベルさんのお墓参りに行って来たら?」
「ノーラ、今はダメだぞ。今度の戦争が終わったらにするんだな。ライルも分かったね?」
「父様! 僕も戦争に行っちゃ駄目でしょうか?」
「「ライル!」」
ライルの突然の懇願に、ノーラとイザベラが驚いて声をあわせて名前を呼んだ。私としてはライルがこんな事を言い出すと思わないでも無かった。ジョゼットは参加してもらう予定だし、そうなると当然テッサもだが、年下の妹の様な少女達が戦争に参加するんだから、ライルとしても黙っていられないだろう。(それに、ライデンの町辺りも戦場になる可能性があるとなればな)
決断を先延ばしにしていたが、今、決める必要がある様だ。親としては、まあ、実戦は無いだろうが仮にも戦場に子供を送りたくは無いが、王として、支配者として、身内を安全な所に置いておくのも拙いのは分かる。私自身が戦場に赴く決心をしている以上、ライルの思いを頭から否定する訳にも行かない。(私が戦場に行ったと知った父はどんな思いだったんだろう?)
そうだな、父は私が何かをしようと思った時には協力してくれたんだ、私が息子の思いを無下に出来る筈が無いな。(勘違いで副王になった時でさえ、全力で支えてくれたしな・・・)
「ライル、お前、ジョゼットに勝てるか?」
「えっ、いえ、勝てないと思います」
「それじゃあ、お前の使い魔は何かあった時に、脱出の手助けが出来るか?」
「クエスは、いえ、役に立たないです」
ライルの使い魔のクエスは、ノームと呼ばれる妖精の一種らしいが、戦闘力は皆無なのだ。その代わり手先が器用で芸術的な美術品や装飾品を作り出してくれるらしい。ライルがイザベラに送った品々は、大抵クエスの作だ。
「お前は戦場に出た事があるか?」
「いいえ」
「それでどうしてお前は戦場に出たいなんて言えるんだ? ジョゼットもテッサもああ見えて、きちんとした戦闘訓練をうけているのを知っているな?」
レイモンドさん率いる聖女傭兵団の人々のお陰で、2人ともそこそこの戦闘力を持っていると聞いている。一方、ライルは十分にレイモンドさん達の指導を受けていない。この時期ライルは、後輩(公立学校と魔法学園に同時に通う子供達)の為に奔走していた筈だからな。
「・・・」
「兵団のメイジ達は少なくとも実戦を経験しているぞ?」
「でも・・・」
「ライル、自分の立場が分かっているな?」
「・・・」
「お前は、メイジとしての腕はまずまずだが、ライルと同じ位の腕のメイジなら兵団には沢山居るぞ?」
「うん・・・」
「ライル・ド・レーネンベルク!」
「はい・・・」
「トリステイン国王として命じる! 来るべきゲルマニアとの戦いでは、魔法兵団長の指揮下で行動せよ!」
「えっ?」
「返事は?」
「はい、喜んで!」
「言うまでも無いが、お前は指揮官でも兵団員でさえ無い、これを認識して指揮官の指示に従い、決して他人に迷惑をかけるな。誓えるか?」
「はい、誓います。僕、いえ、私は兵団の指示に従う事を誓います」
「良いだろう、お前の従軍を許可する」
また似合わない事をしてしまった・・・。私にはどうも副王辺りがあっていたんじゃないかと思うな。私ほど偉そうにしているのが似合わない王様も珍しいんじゃないだろうか?
「ライル、本当に戦争に行っちゃうの?」
「ああ、僕の生まれ故郷を守りたいからね」
「あのラスティン様、いえ、陛下」
「絶対駄目だ!」
「貴方、イザベラはまだ何も言っていませんよ」
「イザベラ姫が、怪我でもしたら国際問題だぞ?」
「ですが、イザベラの将来にはプラスになりますよ」
「トリステインとガリアの将来の禍根になるかも知れないんだ」
「でしたら、ご両親に同意を得られたら、如何ですか?」
そう来たか、イザベラがトリステインで生きて行くなら、トリステインの為に戦ったと言うのはアドバンテージになるが、大丈夫だカグラさんが承知するとは思えない。父親の方は、どう出るか読めないが・・・。
「それなら良いだろう。だが、イザベラ姫自身で頼むことが条件だ!」
「それで良い、イザベラ?」
「はい、お母様」
ノーラには私が戦場に出かける事を納得してもらう為に、今度の戦争の戦略について話してある。マース領方面は主戦場どころか睨み合いで終わる予定とは言っても絶対ではないのだが、全く困った物だ。
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