第140話 ラスティン27歳(先触れ)


 旅自体は、時間がかかったものの順調に進み、ガリアの王都リュティスで護衛隊にも合流出来てやっと一安心出来た。ジョゼフ王に無茶な飛行の詫びと礼を言う必要もあり、リュティスで合流と言う形になった訳だ。


「ジョゼフ殿、今回は無茶を聞いていただいて、感謝の言葉もありません」


「うむ」


 会った時から感じていたが、ジョゼフ王の様子がどうもおかしい気がする。


「何処かお加減でも悪いのですか?」


「何故だ?」


「何故って・・・」


 いや、見るからに落ち着き無く見えるのだが? そんな事を考えていると、部屋のドアがノックされ、入って来たのはカグラさんとイザベラ姫だった。


「ジョゼフ様、ラスティン様がいらしているそうですが?」


「カグラさん、お邪魔していますよ」


「ラスティン殿下、始めまして、イザベラと申します」


「始めまして、イザベラ姫」


 普通に挨拶した積りだが、何故かカグラさんとイザベラ姫がこそこそと内緒話を始めてしまったぞ? まあ、2人が仲良くなったのは喜ばしい事だが、何だこれは?


「お話の邪魔をしてはいけませんので、これで失礼します」


 意味不明だが、カグラさんとイザベラ姫は2人一緒に一礼してそのまま部屋を出て行ってしまった。顔見せにしても、なんだかおかしいよな? カグラさんが出て行く時に、ジョゼフ王に頷いたのが見えたが何だろうか?


「まあ、そう言う訳だからよろしく頼む」


「ちょっと待って下さい。意味が分かりませんよ?」


「ふん!」


 そんな感じで鼻を鳴らしたジョゼフ王だったが、何となく事情が分かった気がした。(あれだけで理解しろって言うのは無茶だが、照れ隠しなんだろうな)


「そうですか、それはおめでとうございます。それで、式は何時なんですか?」


「当面は愛妾としてだな・・・」


「はぁ?」


「いや、ロマリアから枢機卿の1人でも呼びつけて式はきちんとやる積りだぞ?」


「・・・、カグラさんがそれで良いと言うなら、構いませんが、まだ大変な様ですね?」


「そうなのだ、頭が固い奴らが多くてな」


 あ、愚痴モードに入ってしまったぞ。まあ良いか、用件は済んだのだし急ぐ理由も無いからな。一泊くらいしても問題無いだろう。適当に相槌を打ちながらそんな事を考えていた。


===


 結局2泊する事になったが、何とかトリステインへの帰路に戻る事が出来た。あの親子3人が仲良く(1人は仏頂面のままだったが)しているのを見るのは、実に奇妙な感じを受けたが、結婚式自体は内輪でこっそりとやるそうなので、私の出番は無い様だ。カグラさんが赤ちゃんでも授かれば、話は変わってくるのだろうな。


 順調にトリスタニアへの道を進んでいる私に、2つの凶報がもたらされた。1つは予想内でもう1つは完全に予想外だった。予想内だったのは、ローレンツの訃報だった。最後にローレンツさんの人生がどんな物だったか振り返った意見を聞きたかったが、それも叶わなかった。私がその話を聞いた時点で既に葬儀も済んでしまっていたのが残念で仕方が無い。


 そして、もう1つの凶報というのが、アンリエッタの家出だ。家出自体は始めてでも無いが、行き先と理由が問題だった。私達は慌てて王城に戻ったが後の祭りだった。


「すみません、私がしっかりしていなかったから・・・」


「ノーラのせいじゃないよ。何時かはアンリエッタも結婚する筈だったし、それが少し早くなったと思えば良いんだ」


「でも」


「今は僕達がこれからどうするかを、決めなきゃいけない時だよ?」


「そうですね」


「王城の様子は?」


「はい、グレンさんの情報網にも”家出”の事はかかっていないそうですけど」


「噂になるのは時間の問題か・・・。陛下とマリアンヌ様は?」


「はい、マリアンヌ様は知らせを聞いてお倒れになってしまって。でも、陛下は”好きにさせておけ”と言うだけで・・・」


 くっ、何てタイミングで! アンリエッタの教育係も務めていた枢機卿が去っても状況が変わらなかったのに業を煮やしたのだろうか? ”やる時にはやる”と知っていたが、こんな時にそのやる気を起こさなくてもいいのにな。


「王女付きのメイドの方が、これを貴方にと・・・」


「手紙ね、またアニエスさんかな? しかし、書かれている事は予想出来るけど、全く!」


 手紙には予想通り、私には女王なんて無理だから、あの方の所へ行きます。探さないで下さいなどと書かれていて、最後には”貴方が国王になれば良いんだわ、ラスティンなんて大嫌い!”とも書かれていた。どうやら、アンリエッタへの教育を厳しくしたのが私の依頼だと気付いたらしいな。


「仕方が無いな、ノーラはマリアンヌ様の方を頼むよ。僕は陛下にお会いして来る」


「はい、任せてください」


 そう言ってノーラを見送った後、陛下との面談を申し出たのだが、体調が優れないらしく暫く待たされる事になったが、これ自体は最近では珍しい事ではなかったのだが・・・。


===


「ラスティン、待たせてしまったかな?」


「いいえ、私こそ陛下のお加減の悪い時に、面会などと」


「構わない、どうせ長くない事だ。それより、報告があるそうだが?」


「あ、はい。先ずはマザリーニ様の事ですが、多分、本当に次の教皇になられると思います」


「そうか、我が国としても喜ばしい事だな」


 何故か陛下の言い方に、他人事の様な感じを受けてしまった。


「ロマリアは、それだけなのかな?」


「あ、はい。聖エイジス31世の体調は進退を繰り返しているそうですから、近々」


「そうか・・・」


「もう1点ですが、姫様の件、申し訳ありませんでした!」


「何故、君が謝るのかな? 責められるべきなのは私とマリアンヌだろうに」


「いいえ、私が姫様に余計な事をしていなければ」


「アルビオンの兄王に向けて、使者を送った。アンリエッタを頼むとな。それに、”あれ”には帰ってくる場所があると思うなともな」


「陛下?」


「これで、お前が名実共に、トリステインの次期国王だな、それも近々な」


 何故”近々”なんて言うのだろうか? あの提案は、陛下に良い影響を及ぼさなかったのか?


「・・・、陛下は私の”例”の提案を考えていただきましたか?」


「ああ、色々考えさせられたよ。借金の形に領主代行を送り込んでと言うのは、少々まどろっこしいからな。少し話を早める事にしたよ」


「はい?」


 話を早めた? どういう事だ?


「お前が国に譲ってくれた借金をな、”今すぐ返すか、領地と爵位を返上するか選べ”と言ってやったよ」


「なっ!」


「私は、奴等をこう言う目に遭わせたかったのだな、もう悔いは無い」


「陛下!」


「ところで次期国王よ、あのキアラという女は、実に役に立つな?」


「くっ!」


 何故、今までキアラが私の所に顔を出さなかったか分かったぞ。くそっ! そう思った瞬間、陛下が苦しそうに呻き声をあげた。駆け寄ろうとする私を視線で制して陛下は話を続ける様だ。


「どうやら、私も長くは無い様だ。後は好きにするがいいさ」


「陛下、今からでも治療」


「不要! トリステイン国王として命じる、私の身体に触れる物は何者であろうと、国への反逆者とみなすぞ?」


「陛下は死にたいのですか?」


「・・・、いいや、多分私は、この現実、そうままならない現実から逃げ出したいだけなんだろうな・・・」


「陛下?」


「・・・」


 どうやら気を失ってしまったらしいが、どういう状態なんだこれは?


===


「お帰りなさい、ラスティン様」


「キアラか・・・、陛下の命令は? 聞くまでも無いか・・・」


「全て順調です、後は各地に使者を送るだけです」


「そうか・・・」


「どうなさいます?」


「私は副王なんだぞ、陛下の決断に逆らえないさ」


「それでは、その様に。ラスティン様、私が”陛下”から先程の命令を下された時に、面白い話を聞かせていただきました」


 どうも、キアラの”陛下”には棘があるな?


「面白い話?」


「はい、何でも”陛下”は、ラスティン様を”貴族達と共倒れ”させる為に”副王”に任じたそうなのです」


「共倒れか・・・」


 私は、陛下自身にも狙われたいた訳か? 何だか実感が無いな。


「他にも、”陛下”のお話にはラスティン様への”恐れ”、”嫉妬”等が見受けられました」


「はぁ?」


「お分かりになりませんか? 一度、”陛下”の身になって考えてみてはいかがですか?」


 陛下の立場だと、私が怖くてしかも嫉妬もする?


「!!」


 何て、全く何てことだ! 私は何と愚かなのだろうか。私が副王になってからやってきた事を思い出せば、陛下を蔑ろにしたと言われても仕方が無いだろう。陛下から見れば私は目障りだが、気付いた時には排除が出来ない存在になっていたのだろう。


 それに、陛下が20年以上かけてもなしえなかった、”貴族達”への反撃を成し遂げようとする私に陛下がどんな感情を抱いたか、想像するまでも無いだろう。確かに、”恐れ”と”嫉妬”だな、そこに、”右腕”とも言うべき枢機卿の帰郷と娘であるアンリエッタの家出が重なってしまった。そんな状況で、陛下はこの世を去ろうとしているのだ。


「もう一度だけ、お聞きします。”どうなさいます?”」


 キアラの声が、私に重くのしかかって来る。キアラなら、私に害意を持っている人間を排除するのに躊躇いを覚えないだろう。枢機卿が別れ際に私に言えなかった言葉をキアラが代弁してくれているのだろう・・・?


「”排除”だと?」


「どうしました?」


「いや、ちょっとだけで良いから、時間をくれ」


「はい、でも長くは無理です。次に陛下が目覚められた時に、報告を求められるでしょうから」


「分かった」


 その返事を聞いて部屋を出て行くキアラに目もくれずに、私は懸命に頭を動かし始めていた。陛下も、”あの男”や”あの生徒”、そして”あの貴族”の様に、私の前から排除されようとしている? (”あの貴族”以外の顔も名前さえも忘れてしまったのは、私の罪悪感のせいなのだろうか?)


 本当に、そんな事が起こるのか?

 本来なら、敵が勝手に消えていくのなら、教皇による”福音”なんだが、今の私には”呪言”にしか聞こえないぞ?


「認めない。認められるものか!」


 独り言ちて、この状況を回避する為の策を考える事に集中した。

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