第139話 ラスティン27歳(福音と闇)
「本当に終わったのだね?」
当然だが、ジェリーノさんにも簡単には信じてもらえなかった。
「はい、多分放射能は無くなったと思います」
「君の話が嘘とは思わないが、早すぎないかね?」
「さあ、僕の体感ではかなり時間が経っているんですが。まあ、精霊やエルフといった”人達”と付き合うと、こう言う事は時々あるんですよ」
「エルフか・・・」
「どうかしましたか?」
「いや、何でも無い。しかし、長年そうだねもう30年以上になるかな、あれの存在を知ってから、何時も心を悩ませていた物がこうも簡単に無くなるとはね・・・」
この辺りの心労に関しては、私には想像も付かないな。
「ラスティン君、これから妙な話をするが、聞いてくれるかね?」
「はい、構いませんよ。この世界に原爆があるより妙な話を思いつかないですが?」
「そうだね、でも、まあ、聞いてくれ」
===
「最近、私はこんな事を考える様になったんだ。この世界は私の夢の中の世界なんじゃないかってね」
「”胡蝶の夢”ですね?」
「うーん、どうかな少し違うだろうね。多分同じ転生者なら分かる感覚だろうか? 君を含めた”私”以外の人間が私の思うとおりに動いていると感じてしまってね。こんな事を言えばおかしな人間だと思われるから、他の人間には言う積りがなかったのだがね。君には今回の礼の意味で話しておこうと思うんだ」
「ジェリーノさんの言いたい事は何となく理解できますよ。それに、この世界に転生してきた人間が、他人に”お前達は物語の中の登場人物だ”なんて言わないですから、そちらも分かります」
「いいや、君もまだ若いから実感出来ていないだけだろうね」
「いえ、決して若くは・・・」
「そうかね? まあ、年月の過ぎるのはあっという間だからね。君は生まれてから思い通りにならなかった事があったかな?」
「えっ?」
「私の人生は多分もう終わりが近いだろうね、いや、これも人としての運命だよ。だが、私はほとんど後悔しない人生を歩んで来たし、最後に残った最大の問題も君が解決してくれた。そう、私が困ると何処からか助けが来てくれたと今実感している所だよ」
「それは、私が貴方を助ける為に存在すると言う意味ですか?」
私は何故か、ジェリーノさんの言葉に反感を覚えてしまった。
「怒らないでくれ、私がそう感じているだけなのだからね。それに今のに怒りを感じるというのは、君の人生が有意義だと言う事の証明なんだよ? おっと、同胞には”説教”する積りは無かったんだが」
「すみません、確かに若いですね。それに傲慢でした、本当に・・・」
「冷静に聞いてくれ。私が自分が転生者だと気付いてから、宗教庁の改革を志した話はしただろう?」
「はい」
「当然だが、私にも敵対者が居たが彼らは何時しか宗教庁を去り、大きな声では言えないが金銭に困った時には、ローレンツという強力な協力者が現れた。そして、人生の最後の難題も”君”という存在のお陰で解決した」
「はい・・・、確かに出来すぎですね」
「そうだろ、私がこの世界が私の夢の中の世界なんて事を言った理由が分かるかな?」
「はい、とは言い切れませんが、ジェリーノさんの言いたい事は理解しました」
私の身に置き換えてみると、納得行くところもあれば、全く納得出来ない所もある。特に私の知る人々がしてきた努力が私の為だったと言うのは、受け入れられない所だ。
「君が私の様に、満足した形で人生を終えることが出来れば、多分同意してくれるんだろうね。ローレンツはどう思っているんだろうな?」
「最近は調子を崩していると聞きましたから、会えませんか?」
「そうだな・・・、いや、無理に会おうとも思わないがね。もしかすると、私の様な友人を持って後悔しているかもしれないね?」
「はははっ」
ローレンツさんやジェリーノさんの人生が後悔ばかりだったとしたら、世の中、満足して死ねた人間なんて居ないだろう? ただ、少しだけ意地悪で、ジェリーノさんに1つだけ気になっていた事を聞いてみる事にした。
「ところで、先日エルフの長老の方と会う機会がありましてね」
「そうかね?」
「はい、レイハムのマナフティーとおっしゃる方でしたが、面白い話を聞かせてくれました。何でも、”始祖ブリミル”に会った事があるそうなんです」
まあ、嘘も方便と言う奴だが、返って来たのは、惚けた台詞だった。
「何だか胡散臭い話だね?」
「ジェリーノさん?」
「まあ良いさ、君はそれを知ってどうする積りかな? 宗教庁としては痛い所だが、君には何の利益も無いと思うんだが?」
揺るがないな全く。 しかし、そこまで読まれていたか、人々の心の拠り所であり、それ以上でもそれ以下でもなくなったブリミル教自体には脅しても意味が無いぞと言いたいんだろうな。私が生まれる以前のブリミル教には致命傷だったかも知れないが、本当に上手く出来ている物だ。
「ああ、勘違いしないで下さい。私が知りたいのは、後何千年経てば殆どの国民が”メイジ”になるか?ですから」
「ほう、それは面白そうな話だね?」
結局、”隠れたメイジ”の話をする事になったが、逆に私にも国民が”メイジ”になるまでの時間がかなりかかると言う結論だけが得られた。(これは”平民メイジ”を囲む状況が変われば、かなり縮まる可能性もあるのだが、結果としてしか分からない答えなのだろうな)
「1つ、ジェリーノさんにお願いがあるのですが?」
「何かな?」
「暦を定めてもらえませんか?」
「その話か、私が何故この不便な状況を放置していたかも分かっているんだろうね?」
「はい、別に”始祖降臨”を元年にする必要も無いでしょう?」
「それもそうだったね、考えておこう。次期教皇の最初の仕事となるかも知れないね」
「枢機卿も大変そうですね?」
「彼ならやってくれるさ」
ジェリーノさんの口調は、自信に満ちた物だったのが、非常に印象に残った。
===
翌日、マザリーニ様に見送られる形で名も無い古城を去る事になった。帰りは普通に馬を使うことにしたが、護衛として聖堂騎士が何人か付いて来た。
ガリアに着けば私の護衛隊も合流する手筈になっているので少しの我慢だ。いや、別に彼らが悪い人間とか言う訳では無いのだが、箝口令が敷かれているらしく、全く会話にならなかったのだ。
そんな訳で私は、ジェリーノさんや古城を去る際にしたマザリーニ様との会話の事を思い出しながら落ち着かない旅を続ける事になった。その前の晩のノーラとの交信では、護衛隊も昨日トリスタニアを発ったばかりらしいので、合流はかなり先になる予定だ。(色々あって、一昨晩に交信が出来なかったのでノーラが随分心配したらしく、いきなり怒られたが、心配してくれたと思えば幸せな気分になったが、その私の反応が余計にノーラを怒らせてしまった)
「”心の底に闇を抱えていらっしゃる”か・・・。枢機卿も妙な事を頼んできたものだな・・・」
===
「それでは、マザリーニ様。これで失礼します。大変だとは思いますが、お互い頑張りましょう」
「ラスティン殿、少しだけ時間を頂けますかな?」
「構いませんが?」
こんな時に何だろうか? まあ、急ぐ訳でもないから、構わないだろう。護衛を待たせる形で人気の無い木陰に向かった。
「これを、ラスティン殿に言うべきか本当に迷いましたが、言わずに後悔するより言って後悔する事を選ぶ事にしました」
「もしかして、陛下かキアラに関する事ですか?」
「やはり分かってしまいますね、確かに陛下に関する事ですが、キアラ君も無関係と言う訳では無いですな。キアラ君には私の代わりに、陛下に尽くしてくれと頼んだのですよ」
「それは、大体想像がついていましたよ、彼女次第ですがきっとやってくれますよ」
昨日のジェリーノさんの台詞そのままだな、だが、私もキアラならと自信を持って言えるのだ。
「陛下とラスティン殿が対立したとしてもかね?」
「・・・」
はっきり言えば、キアラは絶対私の不利になる事をしないと確信しているが、キアラならどちらも立てようとするだろうな。苦労をかける事になりそうだが、私がロマリアに行くと告げた時も様子が妙だったからな・・・。
「何故、私と陛下が対立するなどと、思われるのですか?」
「私は、長い事あの方に色々な助言をして来ましたが、時々ですがあの方は心の底に闇を抱えていらっしゃると思うことがありました」
「それは、トリステインの貴族に対してですね?」
「そうです・・・」
「それならば、自慢ではありませんが、私だって貴族達に思う所がありますよ?」
「それも分かっているのですがね、いや、だからこそなのかも知れませんな」
どういう意味だ? しかし、問い返す前にマザリーニ様は話題を変えてしまった。
「話は変わりますが、フィリップ4世陛下が何故、私などを重用されたかお分かりになりますかな?」
「はい? 面と向かって言うのも妙な話ですけど、マザリーニ様が優秀だったからなのでは?」
さすがに本人に貴方は優秀だと言うのは妙に感じるぞ。次期教皇として呼び戻される程なんだから、言うまでも無いと思うんだが?
「違いますね、陛下は私が陛下と同じ余所者だったから、私を傍に置きたがったのですよ」
「しかし、私が無能だったとしても、多分陛下は同じ事をされたでしょうね」
「それも、”陛下の闇”なんですか?」
「分かりません、陛下は私にも全てを話してはくださいませんでしたからな。ですが、頑なにラスティン殿の勧める治療を拒むのも、そこに根ざしていると思います。私にもう少し時間があれば・・・」
「マザリーニ様は、陛下の闇を私に払えとおっしゃるのでしょうか?」
「いいえ、私が心配しているのはトリステインが荒れる事です」
トリステインが荒れるか、嫌な未来予想だな。マザリーニ様でさえ出来なかった事を私にやれと言う訳では無さそうだが、私としても放置する気は無いのだがな。
「何とか、それは避けてみたいと思いますよ」
「そうですな、お互い頑張りましょう」
「それでは、これで失礼します。次にお会いする時は、”猊下”とお呼びする事になっているかも知れませんね?」
「それが1日でも遅くなることを祈っていますよ」
それで用件が終わったと判断して出発したのだが、まだ何か言いたそうなマザリーニ様の表情が少しだけ気になった。
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