第136話 ラスティン27歳(ご利用は計画的に!)

 満を持して、我々は切り札を切る事にした。それは殆どが羊皮紙で、そこにはトリステインの多くの貴族の名前でサインがされていて、日付ととある数字が目を引く。(年号が無いこの世界だから、概ねフィリップ4世陛下の即位から何年という記載だな、まあ、”平成”や”昭和”と同じ感覚だろうか?)


 もったいぶった言い方をしてみたが、それは単なる”借用書”なのだが、これが切り札足りえるには、少しだけ現在の社会状況を説明する必要があるだろうな。


 ”金貸し”という職業は、通貨社会には必要だが、決して好まれる存在では無いのは何時の時代でも同じだろう。金を借りる時は有り難い存在だが、返す時には居なくなって欲しい物だろうな。ブリミル教でも、”金貸し”は認めている物の、以前はかなり迫害があったようだ。

 しかし、状況は聖エイジス31世の即位からかなり変わって来たらしい。私が生まれる以前は聖職者達が、”金利”にまで口を出していたらしいのだ。そこで”金貸し”と”聖職者”の間でどんな話がされたかは想像するまでも無いだろうな。この状況をジェリーノさんが改革したのだが、”聖職者”側は改革されても、”金貸し”側は逆に悪徳化してしまったのだ。

 各国も”金貸し”に対する法律を作ったらしいが、王権で法を作っても”金貸し”を領主が保護してしまえば、国としても手を出せなかったらしい。(この辺りの事情は、ユニスの受け売りだがな)


 こう言う社会状況で、私は”リリア”を始めとする魔法宝石(マジックジュエル)のアクセサリを売ったり、ローレンツさんの協力を得て貴族達が抱えている借金を集める等した訳だ。この時代”貸金法”の様な法律は無いから、債権の移動も債権者の胸三寸だった。要は、債務者である貴族が知らない間に借金を請求する権利が”金貸し”からローレンツ商会に移動したのだ。(ローレンツさんがどうやって債権を集めたかの詳細は知らないが、返って来る筈の無い借金を後生大事に持っている人間も少ないだろうな)


 話は変わるが、”トイチ”と言う言葉を知っているだろうか? ”10日で1割の金利”というあれなんだが、高利貸しの代名詞と言えるこの言葉がこの世界では普通に通用するのが恐ろしい所だ。町の金貸しで普通に借りると、本当に”トイチ”が有り得るそうだ。1日1%の利子と言えば、年利は350%を越える訳だな、超低金利時代の前世の日本を考えると信じられない数字が普通に使われている。(現に、私の手元に送られてきた証書の中には”トイチ”の物も見受けられるが、これはほんの序の口なのだ)


===


「しかし、月利が複利で1割なんて良く”彼ら”が受け入れましたね?」


「そうですか?」


 しれっとした返答を返してきたのは、父親の代わりに”借用書”を運んできてくれたロワイエさんだった。私の目の前に置かれたのは、普通にローレンツ商会が某貴族に金を貸した時の借用書だったので、ロワイエさんに聞いてみたのだが。


「僕なんかは複利と聞いただけで、拒否反応が出るんですが?」


「ラスティン様は貴族なのに金勘定に詳しいみたいですね?」


「いや、そっちは不得意ですよ。まあ、ユニスに色々聞いたんですよ」


 同席しているユニスに視線を向けてこう言っておいた。


「そうですか、では、これを見てください」


 そう言って、ロワイエさんが見せてくれた紙には、


1 1.2 1.1

2 1.4 1.2

3 1.6 1.3

4 1.8 1.5

5 2.0 1.6

6 2.2 1.8

7 2.4 1.9

8 2.6 2.1

9 2.8 2.4

10 3.0 2.6



こんな数字が並んでいた。どうやら、質問があるのを予期して用意したあったらしい。


「一番右側が、経過するまでの月で、その隣が月利2割の単利、左が月利1割の複利ですね。理事長先生も典型的な手を使いますね」


「やはり、ユニスには分かりますか、貴女が商会に来てくれれば良かったのに」


 うん、置いてけぼりだぞ、さすがに金利絡みの話は分かるが、典型的? それに、ロワイエさんがユニスを商会に雇いたかったと言う話も初耳だ。まあ、商会の金庫番をやらされていたロワイエさんにとっては、ユニスは喉から手が出る程欲しい人材だったんだろうな。


「典型的というのは?」


「ああ、失礼。私も何度かその場に立ち会いましたから、説明しましょうか?」


「頼むよ」


「まあ、幾らお金を貸すかという話がまとまった後に、金利の話を切り出すのですが、そこでこれを出すわけですよ」


「複利と単利の話ですよね、10ヶ月目までしかないですよ?」


「はい、これをご覧になった貴族の方々は、大抵複利を選ばれますね」


「10ヶ月目だと、単利:3.0倍で複利:2.6ですか、確かに単利を選びたくなりますね。でも少し考えれば」


「そうですね、公立学校の卒業生程度の学力があれば、まず引っかからないでしょうね。まあ、そもそも本気で返す気が有るかとも思えませんでしたからね」


「そうですね」


 私は苦笑しながらそう答えた、”貴族”が平民との約束を正直に守ると考えるのは、私らしくも無いな。それに、以前にローレンツさんと、こんな話をしたな。


そんな事を懐かしく思い出している間に、近くの机で何やら書き物をしていたユニスが、1枚の紙を差し出して来た。先程の紙と同じ形式で書かれているので、何が書かれているかは直ぐに分かったが、正直言って書かれている数字に関しては信じられない物だった。


10 3.0  2.6

20 5.0  6.7

30 7.0  17.4

40 9.0  45.3

50 11.0 117.4

60 13.0 304.5

70 15.0 789.7

80 17.0 2,048.4

90 19.0 5,313.0

100 21.0 13,780.6


「100ヶ月で14,000倍か、確かにローレンツさんが面白い話があると言った筈だね。ここまでとは思っていなかったな」


「しかし、この短時間で良く計算出来たね、さすがだ」


「いいえ、少しコツがあるんですよ」


 ユニスは多分謙遜して言ったのだろうが、私に算盤があってもユニスの暗算速度に付いて行ける自信が無いぞ?(電卓があれば階乗計算も楽なんだがな)


 私とローレンツさんがこの企みを始めたのは私が十代半ばの事だったから、ローレンツさんの魔の手にかかった貴族は借金が10,000倍以上に膨らんでいる訳だな。1,000エキューの魔法宝石(マジックジュエル)のアクセサリを買った時に全額借金したとしたら、10,000,000エキューになる訳だ。今では魔法宝石(マジックジュエル)自体の価値がかなり下がったが、当時は普通の値段だったし、全額借金というのも良くあった話だ。


 ノリスが頑張ってしまったのと、ノリスの指導でライルも魔法宝石(マジックジュエル)作りを覚えてしまったから、最近では普通に平民でも大粒の魔法宝石(マジックジュエル)を購入できる程なのだ。


 話が逸れたな、千万エキュー単位と言えばトリステインの国家予算規模でしか見たことが無い金額になる。全く実感が湧かない数字だが、大貴族と言えども簡単に動かせる数字ではないのは確かだろう。しかも、借金は1件だけでは無いのだが、目の前に無造作にまとめられた証書を合計するとどれだけになるのだろうか? 何だか色々画策してきたのが馬鹿らしくなってくるな。

 ちなみに、月利が単利の2割と言うのはクルデンホルフ大公国がお金を貸す際の金利だが、年利にすれば340%程度だな、頭が上がらなくなる訳だ。まあ、実際には(返済要求が無いだけで)それ以上の金利で借りているのだから、どうなるか楽しみだな。(笑い話としてロワイエさんが教えてくれたのは、貴族のプライドが幸いしたのか敢えて単利2割の方を選んだ貴族の方が、結果的に借金が少なかったという事もあったらしい)


===


 さて、本題に戻るがこの”切り札”だが、本来であれば”レーネンベルク公爵”として私が貴族達に返済を請求して、国に仲介を頼む形にして、その礼として多くの借金証書を陛下に献上するという計画だったのだ。これにより陛下の権力が飛躍的に強化されて、トリステインの中央集権化が一気に進む筈だったのだ。

 まあ、私が”副王”などになってしまった為に、”レーネンベルク公爵”として泥を被る計画が崩れてしまったのだ。普通に副王が借金の形に領地を差し出せと言ったら、貴族たちの憎しみは、陛下を含む”王家”へ向かう事になってしまい、国に混乱を招く事は容易に想像できる。

 父が、”レーネンベルク公爵”として泥を被ってくれると言ってくれたのだが、私自身がこれを受け入れなかった。現状ではあまり意味がある話ではないからだし、父に迷惑をかけるのが忍びなかったからでもある。


 そこで、私と”五星”達が知恵を絞る必要に迫られた訳だな。


1.領民の移動の自由化

2.貴族間の金の貸し借りの禁止

3.学校制度の普及

4.戸籍制度の導入

5.領主代行の推奨

6.鉄道用地買収


 私達が主に行ってきたのはこの6点だが、殆どが陛下に対する”おねだり”で法律化されている。(6については、マリアンヌ様のおねだりだがな) さて、この状態で私が”副王”として、借金の返済を求めたらどうなるだろうな?


 1?6には色々、布石として意味があるのだが、分かるだろうか?


 2は分かり易いだろうな、まあ、借金の金額が金額だからあまり意味が無かった気もするが、返済を求めた時に貴族間で資金の融通を行えない様にした訳だ。正直、現在ではトリステインで最も豊かなレーネンベルクの税収でも3千万エキュー程度だったはずだから、貴族間の金の貸し借り等では工面は難しいだろうな。本気で国家規模の資金が動く事になるから、他国の援助でもなければ実際の所、返済不能なのだ。


 3は、まあ、直ぐには意味が無いだろうが、長い目で見れば効果が出てくれだろう。きちんと教育を受けた国民が”領主”の理不尽な要求に唯々諾々と従うとは思えないからな。

 こう言えば、1と4の意図も想像がつくだろうな、そう、大規模な増税などが行われれば、領民は反乱を起こすか、領外に逃げ出す訳だ。反乱は有り難くないから、領外に逃げる事を妨害できないようにした訳だ。戸籍が整いつつある現状では、領民自体が”居なかった”事にするのも不可能だろう。今まで通りの考え方で増税などをすれば、自分の首を絞める事になる訳だが、それに気付く貴族が何人居るだろうか?


 5は、国の役人を送り込んで領主の代行をさせるを条件に利息の増加を免除するという条件にすれば、実際の”領地”状況が国にも分かるようになり、将来の中央集権化をスムーズに進めることが出来る筈だ。今更、利子が増えなくてもどうしようも無い筈だが、当面息をつけると言うことは、貴族達が一斉に王家に反旗を振りかざす事を避ける目的でもある。


 6は一見意味が無さそうだが、国が貴族から領土を買い取る際の基準価格を明確化すると言う面で意味があった。まあ、借金額が少ない大きな領地を持つ貴族が領地の多くを差し出せば、何とか借金が返済出来るかも知れないと言った程度だな。


===


 そして今年、私達は動くことにした訳だ、今までの経緯を知っていれば、特に急ぐ必要は無さそうに見えるかも知れないが、どうしても急がなければならない事情が出来てしまったのだ。(時間が経てば経つほど借金額は膨れ上がるのだからな)


 それは、フィリップ4世陛下の体調問題が原因だった。エルフの毒の後遺症で、ベッドから起き上がることが出来なくなってしまった陛下に、更なる不幸が襲い掛かった。エルネストが予想したことが現実になってしまったのだ。侍医団の1人カロリーヌからの知らせが無ければ、”侍医長殿”によって隠蔽されたかも知れないが、最近陛下の体調が明らかに悪化しているのだ。


 初期は、無視出来るような軽微な症状が、何年もかけて悪化して来てしまった。最近ではかなりの痛みを感じたり、安静にしているにも関わらず、意識不明になるまでになってしまった。無論、色々な人がエルネストの”治療”を受ける様に勧めたのだが、この状況になっても陛下は頑なにそれを受け入れてくれないのだ。(エルネスト自身が診断した訳ではないが、本気で”病死”を考慮しなければならない状態だそうだ)

 そこで、私も切り札を切る事にしたのだ。せめて、陛下に支配者としての希望を持って貰いたいと思っただけなのだが、それが陛下に生きる希望を与えることが出来るかは、私にも分からない。


「如何ですか、枢機卿?」


「キアラ君に話は聞いたが、実際見てみると、これは・・・。陛下もご覧下さい!」


 枢機卿が少しだけ興奮気味に、1枚の借用書を手に取り陛下に手渡した。陛下は少し辛そうに頭を動かして、それを見たのだが、借用書を見た陛下の表情からその考えを読み取る事は出来なかった。ただ、少ししわがれた声でこんな事を言っただけだった。


「そうか、これが”私の力を一気に高める方法”か・・・」


「覚えていらしたのですが?」


「まあな」


「これを、是非陛下の為に使いたいと思います。あの時から金額は信じられないほど増えています」


「陛下、その借用書の上の紙をご覧下さい。1,500万エキューですぞ。こちらは3,000万エキュー、こほん、聖職者としては失言でしたな」


「陛下、御一考いただけませんか?」


「ラスティン殿、話が話だ、陛下も色々お考えになりたいだろう」


「はい、それでは準備だけは進めさせておきます」


「ラスティン・・・」


「何でしょうか、陛下?」


「いいや、何でもない」


 何か言いたげな陛下に見送られる形で、陛下の病室を去る事になった。陛下にとってこの提案に効果が有るのかどうか、確認出来なかったのが心残りだった。

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