第135話 ラスティン27歳(後退と前進)



 良い感じで”コルネリウス”が復活したと思ったのだが、甘かった。まさかこういう事態が起こるとは思っても見なかったのだ。


「スティン、エルネストが来ているぞ?」


「ん? 何の用かな?」


「さあ、何故か俺にも同席して欲しいそうだぞ」


「ラ・ヴァリエール公爵の所へツェルプストー辺境伯から何か連絡が入ったのかな?」


「義父と呼ばないのか?」


「良いだろそれは、エルネストを義弟と呼ぶのも妙だしな」


「ツェルプストーからは俺の所には何も連絡が来ていないのだが?」


「そうか、まあ、会ってみよう」


===


「エルネスト、珍しいなこんな所に来るなんて」


「いや、ちょっとスティンと君の意見が聞きたくてね」


「僕のと言うなら兎も角、アルマントもなのか? ツェルプストー辺境伯だろうね」


「ああ、簡単に言おうか? ”キュルケ”がラ・ヴァリエール公爵領に来ているんだ」


「それがどうしたんだ? キュルケを寄越すなら、連絡をくれれば良いのにな。 そうだ、世話になった御礼にトリステインを案内してやろう!」


 コルネリウスはかなり忙しい状態の筈なのだが、態々自分で案内するとは余程キュルケ嬢の事が気に入ったらしいな。だが、エルネストの表情を見る限り、彼女の来訪はかなり深刻な事態だと予想できるのだが・・・。


「ツェルプストー辺境伯領で何が起こったんだ、エルネスト?」


「何かが起こったのは、”キュルケ”本人だよ」


 エルネストの意外に沈痛な答えに、コルネリウスが浮かしかけた腰を再度椅子に降ろした。


「キュルケに何があった? 答えてくれ!」


「あの娘は、今、重態だよ」


「何故だ、怪我でもしたのか?」


「いいや、かなり衰弱しているから健康とは言えないが、怪我などはしていない。ただ、精神的にだな・・・」


「はっきり言えよ、エルネスト!」


「辺境伯の所から直接診療所に運ばれてきたんだが、その時の様子が尋常じゃ無かったんだ。手足を縛られた上に猿ぐつわまでされていた」


「なっ! 辺境伯が娘にそんな事をするはずが」


 エルネストはコルネリウスを無視する形で話を続けた。


「それに、念を入れたことに、杖まで取り上げられていたんだ。スティンには分かったみたいだね?」


「説明してくれ・・・」


 そう言ったコルネリウスだったが、言っている最中に想像ついてしまった様だ。何故か私に向かって睨み付ける様にしている。本当は私ではなく、別の人間を呪いたいのだろうな。しかし、なんてタイミングだ、精力的にコルネリウスが動き出した所だというのに。


「エルネスト、それで今あの娘は?」


「言っただろ、肉体的には問題は無いが、精神的には”廃人”の一歩手前だよ」


「本当に”エミルタの実”の中毒なのか?」


「始めてみる症例だけど、間違いないと思う」


「治るんだろうな!」


「分からない、ただ、治療が成功したという話も、治療の方法も知られていないんだよ」


「キュルケ嬢は今どういう状態なんだ? 監禁でもしているのか?」


「いいや、沈静(クールダウン)も効かないんだが、テティスが精神的に押さえ込んでいるよ」


「そんな事が出来るのか?」


「ああ、本人は嫌がったんだが、人命がかかっているからね」


 一先ずは、安心と言う所か、精神干渉系の魔法は難しい上に危険を伴うからな。


「しかし、副作用なのか妙にメイジを恐れる様になってしまってね」


「分からなくは無いな、そう言う話なら、カトレアがなにかと面倒を見てくれるんじゃないか?」


「今はダメなんだよ、お腹に子供が居てね」


 そうだった、目出度く2人目が生まれる予定だった。


「そうか・・・」


「僕としては、リリア様に面倒を見てもらおうと思ったんだけど?」


「人格的にも、いざと言う時のメイジの腕も問題ないけど、レーネンベルクには普通にメイジが居るぞ?」


「その点では僕の診療所と変わらないか・・・」


「俺がやる」


 暫く前から会話に参加せずに、黙り込んでしまったコルネリウスがぽつりとそんな事を言い出した。そんな気がしていたんだが、最悪の展開だな。


「アルマント、出来るのかい?」


「分からないが、やってみる、いや、やってみせる!」


 病人の世話などはやった事が無いはずだから、説得して諦めさせようとしたのだが、コルネリウスの意志は思ったよりも堅かった。

 結局、コルネリウスの意志の覆す事が出来ず、エルネストに案内されてコルネリウスはラ・ヴァリエール公爵領に向かってしまった。エルネストは、政治的な判断を求めて私の所を訪ねて来た筈だが、現状ではコルネリウス抜きで話を進めるしかない様だ。


 ああ、少し面白い人物が何故か私を訪ねて来たのだが、堂々と亡命を宣言したその人物に関しても、その内語る事があるかも知れない。扱いに困って、アンセルムの下に付いてもらったのだが、それを本人に言うのは厳禁だ。


===

 

 まるで、ゲルマニアに運命が味方している様に、ゲルマニアに対する包囲網がまたもや不発に終わってしまった。今回は、コルネリウスからの嘆願で聖エイジス31世(ジェリーノさん)がゲルマニア皇帝及び宰相に対して、”破門宣告”まで出したと言うのに、中々上手く行かない物だ。一方、上手く話が進み始めた事も存在する。


 始まりは、随分と妙な形だった。朝、政務の為に執務室に向かうと、来客用のソファーに何故か少年が眠っていたのだ。年齢はライルと同じ位に見えたのだが、こんな所で眠っている少年が普通の少年の筈が無い。現に護衛隊からは何の異常の報告も入っていないのだからな。(当たり前だが、刺客だとかは思わなかったぞ、こんな間抜けな刺客が居るものか)


「ふぁ?、良く寝たのう」


 どうやってこの少年?を起こそうかと考えている間に、私の気配で少年の方が勝手に目を覚ましてしまった。


「いかんのう、目的地に着いたと思うたら、つい眠ってしまった。で、おぬしは何者じゃな?」


 いや、それを聞くのはこちらの方だと思うが、声と態度が見掛けに一致していない所で妙に悟ってしまった。彼女とは逆のパターンだな、浮世離れしている感じも似ていなくも無いしな。


「私がお探しの”ラスティン・レーネンベルク・ド・トリステイン”ですよ、エルフの方。もしかしてクリシャルナのお知り合いですか?」


「なんじゃ、お見通しか? 如何にもワシの名はマナフティー。まあ、レイハムのマナフティーじゃな」


「マナフティー様とお呼びしますが、宜しいでしょうか?」


「ふむ、好きにするがいいさな。ふむ、気付いたようじゃな」


 妙な事を言うと思った時、ニルヴァーナが急に声をあげた。


『ラスティン、精霊が居るわ。あの人に何か伝えているみたい』


 ニルヴァーナの言葉が聞こえたのか、マナフティー様がこちらを向いてにっこりと笑った。これが本物のエルフの精霊使いか、今までニルヴァーナにさえ気付かせないなんてな。そんな事を考えていると執務室の外が騒がしくなり、少しして小さなノックの音が聞こえた。


「どうぞ」


「ラスティン、ここに長老が来てるって、あー、またそんな若作りして!」


「静かにしないか!」「痛っ!」


 そのマナフティー様の声と同時に、クリシャルナの悲鳴が上がったが、私の目には何が起こったかは見えなかった。クリシャルナが頭を抱えてうずくまっているところを見ると、どうやってかクリシャルナの頭を叩いたらしい。しかし”長老”か・・・。


「図体ばかり大きくなって、お前は何時までも子供じゃな?」


「そんな事」


「お前の報告が訳の分からない物だったから、ワシが来る事になったんじゃろうに!」


「でも、長老! 痛い・・・」


「でも、じゃないわい、ワシがここに入ってきたのにも気付かずに熟睡しておってからに」


 クリシャルナがポンポンと怒られるのは珍しいからついつい面白くて見ていたが、マナフティー様だって暢気に熟睡していた様な気がする。それに、上手く伝える事が出来なかったのは、私のせいでもあるからな。(しかし、マナフティー様は随分とスパルタな様だ)


「マナフティー様、その辺りで勘弁してやってください。クリシャルナが上手く説明出来なかったのは私が上手くクリシャルナに話を伝えられなかったからでもあるのです」


「そう言う事なら、お前様から話をきかせてもらおうかの?」


===


 私の説明を、マナフティー様は真剣に聞いてくれたが、その表情は話が進むに連れて険しくなって来た。非人道的な事や、戦闘行為への使用を制限する等出来る限りの安全策を説明もしたのだが、良い感触が得られなかった。だが、マナフティー様を不機嫌にしたのは、ISの話では無かった。


「人間と言うのは妙に長い名前を付ける動物じゃな、ラスティン殿と言ったかな? 1つ答えて貰おうかな、お前様、何処の世界から来た?」


「おっしゃる意味が分かりませんね、私は生まれも育ちも、このトリステインですよ」


 正直、この質問が出るとは思わなかったが、少なくとも表情は完全に制御出来たはずだ。


「ふん、まあ良かろう。インテリジェンスソードの製造方法、いや、本当の製造方法を教えてやっても良いじゃろ」


 マナフティー様はそう言ってくれたが、その視線は私ではなくクリシャルナの方を向いていた。そのクリシャルナと言うと、私が誤魔化した事がそのまま無駄になる様な表情だった。これは盲点だったな、すると今の返事は私に対する信頼と言うより、クリシャルナの私に対する信頼をかってくれたと言う事なのだろうな。


「ありがとうございます、マナフティー様、そして、クリシャルナ」


「へっ?」


「まだまだじゃな」


 クリシャルナの間抜けな返事を聞いて、私とマナフティー様が苦笑する事になった。まだまだ、この方面では修行中のクリシャルナだった。(普段はもう少ししっかりしているんだが、マナフティー様と会って気が抜けているのだろうか?)

 実はマナフティー様も私の提案の半分位しか理解できていなかったのだが、何とかISの専門家を招聘する事には成功した訳である。それは良いとして、先程のマナフティー様の指摘は少しだけ気になる。もしかしてマナフティー様は、以前異世界からやってきた人物と会った事があるのだろうか?


「マナフティー様は先程、妙な事をおっしゃっていましたね。もしかして、異世界から来た人間をご存知なんですか?」


「長く生きておれば、色々不思議な事に出会うものじゃよ」


「興味があるのですが、宜しければ話を聞かせていただけませんか?」


「ほぅ、そう来るかの。それに関してはワシの口からは語れんのじゃよ、機会があれば”ブリミルの後継者”を名乗っている者に聞いてみるがよい」


「そうですか、貴重な情報ありがとうございます」


「???」


 今回は本当に意味の分かっていないクリシャルナはさておき、これは、本当に貴重だぞ、教皇は”ブリミルの後継者”とは名乗っていなかったはずだが間違いないだろう。(歴代の教皇の中にそう名乗った人物が居たのかも知れない)

 異世界の人間と接触があったのは事実なのだろうが、これをマナフティー様からジェリーノさんが聞いたとしても隠すとは思えない。そうすると、口止めされているのはブリミル教の関係者についてだろうな。(まさかとは思うが、今度、ジェリーノさんに会ったらそれとなく聞いてみよう)


===


 意外な事に、ISの専門というエルフの技師?達は3日程でやって来た。どうやら、最初からその気だったらしいが、遊ばれたと言う気もしないでもない。何とかロドルフと面会させて、ISのついての今後の方針を決めようと思ったのだが、”エルフの技師”達にとっても、今回の話は始めての事が多くワーンベルの秘密工場に研究所を作って、そこで研究が進められる事にした。

 マリロットの魔法学園に通っていたロドルフも合わせてワーンベルに移動したが、殆ど卒業直前だったらしく研究所に篭る結果になった。余談だが、魔法学園ではロドルフとライルが同級生でライバルの様な存在だったらしく、ライルはロドルフの転校を残念がって居た。

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