第124話 ラスティン24歳(セキュリティ)



 結界内に入ると、以前の様な違和感を感じた。また常識を疑うような進み方をして”アリエの大樹”の元へ行く事を覚悟したのだが、結界内をしばらく進むと、聞き覚え?のある念話が私の耳に届いた。


『どうしたのかな、また枝を切ってくれるのかのう?』


『アリエの大樹の精霊ですね?』


『そうじゃよ』


『以前より”結界”が広がっていませんか?』


『そのようじゃな、まあ、ワシの下まで来るが良いじゃろう。お前さんが”挿し木”したワシの分身が近くに居るから、その葉を一枚持って来るが良いよ』


『分かりました』


 分身か、それに”挿し木”した木の葉を持ってどうなるんだろうか? 近くに確かに見覚えのあるアリエの若木があったから、それから一枚葉を拝借して懐に入れると、結界内で感じていた違和感が薄れた気がした。


「あれ?」


『どうしたの?』


「なんだか、結界の影響が減った気がするんだよ」


『そうなの、試しにこのまま道を進んでみたら? 危なくなったら声をかけるから』


 ニルヴァーナの提案通り、山道を進んだが、今度は殆ど結界の影響を受けなかった。殆ど苦労することなく”アリエの大樹”の下へたどり着く事が出来てしまった。葉っぱ一枚でここまで違うのだな。


「ご助力感謝します」


『何々、容易い事じゃよ』


「それより、”結界”の件ですが?」


『ふむ、ワシ自身も分からない所があるがの。お前さんが”挿し木”をしたワシの枝は、ワシ自身なんじゃよ。枝が根付いた頃からかのう、自分が何本も居る感覚がしてな。そう思って”周り”を見渡すと、見た事も無い景色が見えてな』


「成程、それで”分身”という言い方をしたんですね。結界も勝手に広がってしまったと言う所ですか」


『おおう、話が早いのう、その通りじゃよ』


「余計な事をしてしまったでしょうか?」


『いいや、これはこれで面白い物じゃよ。動けない身体で、色々な場所を見えるというのは、良い経験じゃな』


「それは良かったです」


『ところで、お前さんは何をしに来たのかな?』


「実は、”これ”に関する話です」


 そう言いながら、懐から小さな袋を取り出して、掌に中身の種子を少し出した。


『それは、どこの子かのう?』


「ミネスト山と言っても、人間が付けた名前ですから分かりませんね? ここから南に歩いて3日程のかなり高い山があるのですが、そこに生えている草でマカカ草と呼んでいます」


『ほうほう、それで?』


「このマカカ草をこの山脈で育てたいのです。ただ、この草は高原が適しているらしくて」


『高原とな、それではワシが知らんでも不思議はないのう。鳥達もあまり高い山からはやってこんしな』


「この草を、この山脈で育てたら、どうなると思いますか?」


『さあ、ワシにも分からんよ』


 あっさりと、回答が返って来てしまった。この精霊でも分からないか。まあ、種は多いから試しに植えてみるしかないないか?


『役に立たなくてすまんのう』


「いいえ」


『あのお爺様、ラスティンに力を貸してくださる気はございますか?』


『杖の精霊がそこまで気に入っているか、面白い”人間”の様だし、手を貸せる事なら構わんよ?』


 最近出番が少ないニルヴァーナがここぞとばかりに話を進めていくのだが、どういう積りだろう?


『お爺様の枝を、今度は多めに頂きたいのですが?』


『ふむ、杖にするとも思えんが。また”挿し木”かな?』


『はい、出来れば広い範囲を結界で封鎖したいんです』


 2人?の精霊の会話が進むにつれて、ニルヴァーナの意図が掴めて来た。彼女はマカカ草の栽培場をアリエの大樹の結界で封鎖してしまおうと言っているのだ。結界内に入れるのは大樹の葉を持った人間だけと言う訳だな。精霊的なセキュリティーシステムと言えるかも知れない。


「ニルヴァーナ、何故あんな事を思いついたんだい?」


『うん、ラスティンが王城へ移ってから、キュベレーが”警備”を始めたじゃない?』


「そうだね、君だって精霊の侵入を教えてくれたんだから役に立ってくれているよ?」


『ラスティンはそう言うけどね、”先輩”としてのプライドが許さないのよ』


 分からない論理だな、特に問題ないから、気にしないでおこうか? だが、この方法なら、他の精霊達の目さえ誤魔化せるというのは実に面白いんだがな。


『それより、マカカ草の種を何処に蒔くか考えた方が良いんじゃない?』


「そうだな、もう少し上に登るか」


 大樹から貰い受けた枝は、凡そ50本だったから、こんな感じで”挿し木”をしてみる予定だ。


  ☆

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 まあ、地形が平坦ではないから、予定でしかないがな。”?”の1辺は凡そ100?150メイル程度にしなくてはならないそうだ。前回の”挿し木”の経験から200メイル程が適切らしいのだが、今回の枝がかなり小さめなのを考慮している訳だ。電波の中継基地を設置する感じで”大樹”から山頂方向に向かって”挿し木”を繰り返して行き、ある程度の高度の所で1リーグ×1リーグ程の場所を確保するのだ。

 しかし、その土地選びがまた大変だった。土地選び自体が今回の計画の成功を左右する為、飛行(フライ)で上空から観察してみたのだが、マカカ草の群生した様な場所を見つけるのは難しかった。次善の策でかなりの広さの湿原があったから、そこを目標にする事にした。

 ”大樹”の力を引き込む為の”導線”は距離を稼ぐために可能な限り直線的に植えて行った。今回はどうしても根付かせる必要があったから、土壌改良だけではなく”成長促進”系の水、土魔法も使うことにした。問題の湿原を囲むように”挿し木”をしている間に、念話で呼び寄せておいたキュベレーも到着した様だ。


『お姉さま、凄い発明です!』


『ふふん、まあね?』


等と会話?をしている精霊達を横目に、私は湿原を囲む様に”挿し木”を続けた。キュベレーの助けもあって、湿原を結界で覆う事は出来た。試しにID(大樹の葉)を持たずに湿原に入ろうとしたが、上手く行かなかった。効果は上々の様だが、心配になって上空から攻めてみた。

 結論を言えば、全く冗談にならないが墜落しそうになった。丁度50メイル位の高度まで浮遊(レビテーション)で浮き上がり、結界内部に向けてふよふよと斜めに降下しただけなのだが。多分30メイル程の高度まで来た所で、急に上下感覚がおかしくなってしまったのだ。

 魔法を維持する事は難しいと咄嗟に判断して、一度浮遊(レビテーション)を解除して再度呪文を唱えなおして、事無きを得たのだが、飛行(フライ)で飛び込んでいたり、墜落する経験が豊富?な私でなければどんな事になっていたか想像したくないな。(先程は警告してくれたニルヴァーナに感謝だな)


===


『ラスティン、さっきは空中で何遊んでたんですか?』


『ぷっ!』


「キュベレー、あれは、別に遊んでいた訳ではないよ。結界の影響で、酷い目にあったんだよ」


『そうなんですか?』


 事情を知らないキュベレーに妙な事を言われ、ニルヴァーナには笑われてしまったが、まあ、効果を実感できたのは良かった事だろう。30メイルというのは、”大樹”の高さ位か、何か関係があるのかも知れないが、あの高度であれば、フネや飛行機の運行には影響は出ないだろうから、問題は無いだろう。(最近は少し人間の機微と言う物が分かって来たかと思ったが、キュベレーにはまだまだ経験が必要なようだ)


 キュベレーとニルヴァーナの協力で、マカカ草の栽培場の手配だけは済んだのだが、実際マカカ草の種が芽を出すか? そして、きちんと効用が残るかは、まあ、”始祖ブリミル”のみぞしると言った所なんだろうな。ミネスト山に常駐している兵団員を半分程呼び寄せる事にしよう。後はワーンベルの兵団員の中で、施設隊特に、植物の世話をやった事がある団員を引っ張ってくるだけなんだがシモーヌを説得するのは大変そうだな・・・?


 うん、どうも私は新工場長(シモーヌ)が苦手らしいが、その原因が彼女の性格がキアラに似ている所じゃないかとふと思えた。私に容赦が無いとか、論理的に物事を進めて行き、結果を出してしまう辺りがそっくりだよな? (例の兵団員誘拐事件の経緯を聞いてそんな事を思ったが、キアラとダブって見えるとは思っていなかったな)


 鉄道の準備として線路の設置や、マカカ草の栽培等を指揮するのは兵団長のマティアスでも荷が重いと思うが、現場に一番近くある程度の地位、そして指揮力があるのはシモーヌ工場長なんだろうな。マティアスが指揮すれば引退が10年単位で遠のくし、代官のマルセルさんでは、現場の指揮は難しいだろうからな。(やはり父を後見にして、シモーヌに動いてもらうのがベストだと思う)

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