第121話 ラスティン24歳(布石)
立ち去ったエルネストの事を気にしながら執務室に戻るとキアラが待ち構えていた。まあ、何時もの書類整理なんだが、今日は隠し玉があるからキアラのペースにはならないぞ?
「さっきのエルネストの会談で、興味深い提案を受けたよ」
「そうなんですか?」
ノリが悪いな?
「ああ、沢山の、そう、本当に沢山のメイジが手に入るかも知れないんだ」
「それは・・・、詳しく教えて頂けますか?」
「勿論だよ、キアラの意見も聞きたいからな」
私がエルネストとの会話の差し障りの無い部分を語って聞かせると、キアラはまるで自分の事の様に喜んでくれた。些か不気味なほど上機嫌になったのが逆に不安なのだが?
「キアラもメイジになりたいのか? 可能性としては2割程なんだけど?」
「その質問には答え難いですね。昔なら”はい”と答えたでしょうね」
「今は、”いいえ”なのか?」
「それは少し違いますね、メイジの私をラスティン様が必要とするかでしょうか?」
「ふむ、確かにキアラがメイジでも、そうでなくても、僕にとっては必要な人材には変わりないな」
「あ、ありがとうございます!」
「礼を言われる事か?」
「はい!」
良く分からないな、まあ、悪い感情を持たないなら問題ないかな?
キアラと相談して決めたのは、以下の通りだ。
1.兵団から特に信用の置ける土メイジをエルネストの所に派遣して、魔法脳の見分け方を学ばせる
2.公立学校の卒業生で、特に信頼の置ける人間をメイジかどうか診断する
3.公立学校の在学生には健康診断という名目で、同様にメイジ診断を受けてもらう
4.メイジと判明した人達に事情を話して魔法学園に編入を勧め、メイジとしての教育を行う
5.魔法学園の教師増員の為兵団を引退した人々を呼び戻す
6.魔法学園の施設を増築する
7.新メイジ達の為にマカカ草の増産を行う
基本的に、信頼できる所からメイジを発掘していく方針だ。まあ、今後は国中から集める予定だが、昔の様な不良メイジを増産するのは避けたいからな。
「分かりました、確かに兵団や、学校、学園に直接指示を出す必要があるのは認めますが、本当にラスティン様自身が、レーネンベルクへ向かうのですか?」
「ああ、多分、国を挙げての事業になるだろうからね。それに、マカカ草絡みは直接私が行かなくてはならないだろうな」
「その、杖の精霊の助言は当てになるのですか?」
「ああ、植物の意見を聞けるのは大きいだろうな、昔はちょっと聞きすぎて失敗した事もあったけど、今なら問題ないはずだ」
ニルヴァーナが怒りそうな意見だが、身に覚えがあるせいか沈黙を守ったままだった。
「しかし、レーネンベルク山脈は、ゲルマニアに近すぎます」
「だけど、説明した筈だろ? この国で”ミネスト山”程の高い山は無いんだ。マカカ草の生育には多分高地である必要があるから、選択の余地は無いよ」
「はぁ?、分かりました。しかし、護衛はどうされますか?」
「それは、勿論、ガスパード達に任せるよ?」
「ダメです、足りません!」
「キアラ、それではあそこで重要な事が行われていると宣伝する様なものだぞ?」
「確かに・・・、仕方がありませんね」
キアラの表情が、何故か嬉しそうな気がした。これは釘を刺しておいた方がいいな。
「君が同行しても意味が無いぞ」
「・・・、ラスティン様は意地悪になられましたね?」
「事実だろう? それに、キアラまで王城を離れられたら、方々で問題が起こるし」
「本当に仕方が無いですね、今回だけですよ!」
おお、キアラに勝ったぞ! 珍しい事もあるものだな。
「それにしても、国民の2割がメイジですか。頭が痛い事にならなければ良いのですが」
「そうだな、だけど、確実に”貴族”の力は減衰するだろう?」
「そうですね、ラスティン様の理想に一歩近付く訳ですね」
「何か言いたい事がありそうだな」
「はい、”貴族”や”王族”の方々が居なくなったら、この国はどうなるのでしょうか?」
「簡単さ、皆、平民になるんだ。それとキアラは1つ勘違いをしているよ。私は何も貴族を全て無くそうと考えている訳じゃない」
「ですが・・・」
「結果的に貴族が居なくなるかも知れないけど、貴族として相応しくない人間が貴族をやるよりはマシなんじゃないかな?」
「そうでしょうか?」
まあ、キアラの心配も尤もなんだ、私自身の前世の話をキアラは全く知らない訳だからな。何時か、彼女にも話せる時が来ると良いんだがな。まあ、日本の政治制度をそのまま持ってくるのでは芸が無いし、この世界に相応しい政治制度を模索するくらいが良いかも知れない。
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珍しくキアラを説き伏せる事が出来た私は、早速行動に移った。陛下や枢機卿には、兵団の錬金隊の視察と慰問と説明したおいたが、問題が問題だけに、逆に発破を掛けられてしまった。
最初はエルネストの所へ向かった訳だが、義父となったラ・ヴァリエール公爵に挨拶をしない訳にはいかず、屋敷を訪ねたのだが、その辺りは割愛しよう。(公爵は、自分の理想の夫像を強制する傾向にあるよな? もしかして、夫人に思う所があったりするのだろうか?)
ルイズの様子を確認しておきたかったのだが、公爵夫人と何処かへ出かけているらしく会うことは出来なかった。しかし、”訓練に行っています”と教えてくれたミレーユさんの表情は少し気になった。
エルネストはエルネストで、”メイジの見分け方なら君でも大丈夫だろう?”とか言い出すし、納得させるのに苦労した。クロエを借りる方は何とかなったから問題ないだろうな。
「クロエは旅をした事は多いかい?」
「いいえ、でも、結構好きです!」
「そうか、それは良かった」
「でも、あのマカカ草ですけど、私の知識が役に立つでしょうか?」
「ハーブの類の知識も持っているんだろう、それなら、十分に役に立つよ」
「はい!」
クロエを伴って、ミネスト山を登るのは結構大変だったが、久々に山歩きが出来た私としてはこれだけで満足だった。
「これが、マカカ草ですか・・・」
「何か分かるかい?」
「えーっとですね、高原で採れるハーブって言う事で”ムルサルスキー”というハーブを想像していたんですけど」
「うん」
「かなり似ていますね。バルカン半島の高山植物だった筈ですけど、”幻のハーブ”とか呼ばれることもありましたね」
「そうか、やっぱり高原の植物だったんだな」
「そうですね、栽培は難しそうです。私もそちらには詳しくないですし」
「いいや、確認出来ただけでも上出来だ、ありがとう」
「いいえ、ラスティンさんにはお世話になっていますから恩返しが出来ればいいです」
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クロエに護衛をつけて、エルネストの所へ送り返した後、私は久々に実家を訪れる事にした。まあ、護衛の多くはマリロットで泊まる事になった訳だが、ニルスは久々に実家に顔を出すそうだ。
私は、ガスパードを連れて自宅に戻った訳だが、両親に色々報告する事で、半日程費やしてしまったのは予定外だった。(母には本当に色々な事を聞かれたのだが、これも割愛だな)
久々の夕餉は何と言うか、子供が多い為かかなり賑やかだったが、私とガスパード以外は気にしていなかったから、これが普通なのだろう。育ち盛りの、ライル、ジョゼット、テッサは楽しげに話しながら、どんどん食事を食べていった。(ああ、こういうのもいいな。後で、ライルだけでも王城に顔を出すように頼んでおこう)
夕餉で気になったのは、弟のノリスとジョゼットの師匠役のセレナの関係なのだが、この辺りは、大人の事情っぽいので黙殺する事にする。セレナが師匠役をきちんとこなしてくれているなら、私としては口を挟む気は無い。
明日は、マリロットへ向かい兵団本部、魔法学園、そして公立学校と回るから、ハードスケジュールなのだ。明後日は、ジョゼットの修行の成果を見せてもらうことにしたのだが、こちらはあまり期待していない。何と言っても、ジョゼットはまだ小さな少女で、攻撃手段は少ないからな。
「平民の20%がメイジの可能性があるですと!」
「まあ、可能性の話ですけど」
「ふむ?」
「あの、ローレンツさん?」
「ああ、失礼しましたな。私はもう商人を辞めた筈なのですが、こんな美味しい話はありませんから、つい。今は理事長として考えなくてはな」
「そうですね、そちらでお願いします」
ああ、この話を息子のロワイエさんの方が知ったら、どうなるだろうか? 隠れたメイジ達の待遇の面も考えないと引き抜かれるかも知れないぞ?
「しかし、性格重視と言うならば、高等学校の卒業生も考慮に入れたほうが良いかも知れませんな?」
「ああ、高等学校の生徒は、魔法研究でも専攻しない限りは候補に入れませんよ?」
「何故ですかな?」
「彼らには、魔法以外でその才能を発揮して欲しいですからね」
「なるほど、魔法に縛られるのは、才能の無駄使いと言う訳ですな」
「はい、国としてはメイジに頼る形になりますが、それを支える人材も重要ですからね」
「・・・、承知しました。ラスティン殿の方針に乗ってみることにしましょう。ただですな・・・」
「何でしょうか?」
「余り、メイジをワーンベルに集中させるのは避けた方が良いかも知れませんな」
「しかし、材料となる岩石等は、平地が多いこの国では恒久的に採掘するのは難しいでしょう?」
「露天掘りはどうですかな?」
「ただでも少ない国土を削る事になりますよ?」
活火山でもあれば一番話が早いのだがな。国中に人工的な池や湖が沢山出来るのも、あまり歓迎出来ないからな。
「しかし、ワーンベルだけでは無理があるのは確かでしょう?」
「・・・、そうですね。レーネンベルクだけに富が集中するのは良くないですし、危機管理の面でも確かに・・・」
この点についてはキアラも危惧していたな、しかし・・・・
「レーネンベルク山脈なら削っても問題ありますまい?」
「まあ、あれだけ大きな山脈ですからね」
「それならばレーネンベルクを起点とした、物流網を作るのはどうですかな?」
「物流網ですか、高速道路なんかは意味が・・・、ああ、鉄道ですね」
「そう、丁度、我々の同胞に、詳しい人間が居ましたな?」
「はい、リッテンの事ですね。そうか、そこまで考えていなかったですが、良いですね。王城に協力的な貴族の所だけに、駅や工場を作れば・・・」
「ははは、その辺りは副王様にお任せしますよ」
「いいアイデアをありがとうございました!」
トリスタニアに帰ったら忙しくなりそうだな! 風石機関の研究を一時的に止めてでも、鉄道の計画を進める必要があるかも知れないな。
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