第120話 ラスティン24歳(マッド・ドクターⅠ:後編)
そして更に10日程過ぎた所で、またもやエルネストが私の所を訪ねて来た。陛下の治療に関しては進展は無いはずなんだが何故だろうか?
「エルネスト、何か問題でも起こったのかい?」
「いいや、友人のピンチに駆けつけただけだよ」
以前に聞いた台詞だな? 私がピンチか、そう言われてもピンと来ないな?
「まあ、話だけは聞いてくれ。その前に紹介しておこうか、この人は僕の患者のユーグさんだ」
「あ、あの、ユーグと申します。ふ、副王様には」
「ああ、緊張しないで結構ですよ。エルネストからも聞いているでしょう?」
「あ、ですが・・・」
「では、副王として命じましょう。ユーグ、お前は私にいつも通りの口調で話すことを命じる!」
「はい!」
うーん、自分でも言葉に重みと言うか、厳かさとかが足りていないのは分かるんだが、ユーグさんは気付かなかった様だ。あまり冗談の通用する人ではないみたいだな。
「エルネスト、話が繋がっていないんじゃないかな?」
「だろうね、そうそう、王城に入る際に門番と揉めたから、後で苦情が来るかもな?」
「? お前まで何をやってるんだ?」
「ユーグさんの杖を取り上げられそうになったから、義父と副王の名前を出したからな」
「杖? ああ、そういうことか。平民メイジのユーグさんを取り立てて欲しいという話なら、僕の所に来ても意味は無いよ?」
「それは分かっているよ、ユーグさん自身は、兵団入りを希望しているのは事実だけど、その前にスティンに見てもらいたい事があって無理を言って同行してもらったんだ」
「ふむ? それで見せたいと言うのは?」
「スティン、君は診察(イグザミネーション)は使えたよな?」
診察(イグザミネーション)はエルネストのオリジナルだが、一応使い方は教わっているのだ。血液の流れなども観察出来る為、治療行為には向いているんだよな。
「一応ね、どちらかと言えば分析(アナライズ)の方が得意なのは変わらないよ」
「では、ユーグさんが魔法を使う所を見ていて欲しいんだけど、診察(イグザミネーション)でココの中を観察していて欲しいんだ」
ココと言いながらエルネストが指差したのは、自分の頭だった。要するに、ユーグさんが魔法を使う際の脳の働きを診ていろと言う訳か? それ位なら問題は無いはずだが、脳か・・・。
ユーグさんの唱える呪文は決して滑らかな物では無かったが、私は脳内の血流に注目していたからそれ程気にはならなかった。ユーグさんの杖の先に微かな明かりが灯る頃には、私にもエルネストの言いたい事が分かった。メイジは脳のこの部分を使って魔法を使う訳か?
「その顔は、分かったみたいだな。そこは脳の大体、視床と呼ばれる部分で、人間にとって重要な部分なんだけど、それ以上にメイジには大事な部分みたいだな」
「う?ん、言いたい事は分かるし、大変な発見だと言う事も分かるんだけど?」
「君の助けにならないかい? 生憎と、メイジでは無い人を態々連れてくる事はしなかったんだけど、メイジでは無い使用人とか居ないか?」
「? まあ、呼べば来るけど?」
一応部屋付きの使用人を呼んだんだが、エルネストはこの人物に自分で、診察(イグザミネーション)をかけて何か確認した様だ。使用人は居心地悪そうにしているのだが、何も言い出せない雰囲気だよな?
「大丈夫みたいだな。スティンこの人の脳のさっきの部分を見てみろよ。分析(アナライズ)で良いから」
「分かった」
一応使用人の人の脳内を分析(アナライズ)で覗いてみたが、さっきの視床の部分の形がかなり違うのが分かった。あれ? 見間違いだろうか?
「もう一度、ユーグさんの脳も覗いてみたらどうだい?」
言われた通りにユーグさんの脳内を覗いてみたが、やっぱり大きさも形も違うな。視床の一部が変形、増量した感じだろう。もしかして、メイジ特有の視床の形なのだろうか?(魔法脳とでも呼ぶことにしよう) これを使えば、普通の平民を装ったメイジのスパイなんかは完全にシャットアウト出来るのは分かるが?
「やっぱりまだ分からないか、ユーグさん、例の話をお願いします」
「ラスティン様、私がつい最近まで自分に魔法が使える事を、自分がメイジである事を知らなかったと言ったら信じてもらえますか?」
「えっ?」
そう言えば、さっきの呪文もたどたどしさを感じたのは事実なのだが? そうか、脳の視床の形を見る事で、メイジかそうでないかが、明確に区別出来るんだな。だが、自覚の無いメイジはそれ程居るのだろうか?
それが言わせたかったのか、エルネストはユーグさんを別室で待たせる事を提案して来た。ここからは普通の人には聞かせられない話かな? 部屋付きの使用人に案内されて、ユーグさんは出て行った。
「エルネスト、言いたい事は分かったよ。確かに僕のピンチを救ってくれるかも知れないな」
「分かったかい? ちなみにこの国の国民の数は?」
「うん? 正確には分からないが、250万?300万程度かな? 400万人以上は無いと思うけど」
「そうか、戸籍もなけりゃ仕方が無いな」
「それに、各領主がまともに領民数を申告しているとは限らないしね」
まあ、戸籍に関してはキアラとも相談して、調査を開始させているんだが、現在の王城の権限では領主に協力を依頼するしか出来ないのがもどかしい所なんだな。今年のおねだりにしてみようかな?
「そうか、それでも君は少なくても40?50万人の平民メイジを手に入れる可能性があるんだな?」
「ごっ!」
「僕が調べた限りだが、検査に同意してくれた”メイジでは無い”患者の約20%が、潜在的なメイジだと思われるんだ。100人程度の調査結果だから誤差は出るかも知れないけどね」
100人がサンプル数として適当かどうかは、分からないが多少誤差が出たとしてもとんでもない数字なのは確かだろう。(前世のアンケートとかでは2000人程度をランダムに選んで調査していたから、確かに少ないのかも知れない)
「しかし、50万ね?。ちょっと信じられないな」
「そうだな、僕の感覚だと、ちゃんと領地を持っている貴族とその家族で2,000?4,000人程度、名前だけの貴族が3,000?5,000人、そして貴族の家臣と平民メイジが20,000?30,000人といった感じだからね」
「僕が持っているデータもそんな感じだな。合わせても4万人が一気に10倍以上か・・・。ユーグさんの家族はメイジなのか?」
「ああ、それは調べたよ。ユーグさんの母親と妹が潜在的なメイジだった、父親はこういう言い方はしたくないが”非メイジ”だった。そして息子さんも多分メイジだな」
「そうか・・・」
「スティン、君はメイジの子供がメイジじゃないという例を知っているか? 勿論、実子でだよ」
私の事情を知っているから、態々実子を強調したエルネストだったが、確かに聞いた事が無いな。
「うーん、気にした事が無かったけど、聞かない話だな。貴族ならと兎も角、平民メイジには隠す理由が無いからな。特に”現在(いま)”ならね」
「僕も調べた限りは、メイジの子は皆メイジだ。それでだけど、例えば1人のメイジがメイジである事を捨てて、あるいは知らないまま家族を持って、その子孫達が自分達がメイジだと言う事を知らないままだったとしたら?」
「ありそうな話だな、貴族に手篭めにされた女性の話は幾らでも転がっているし、以前のブリミル教は平民メイジを認めていなかったという話もある位だしね」
「君が兵団を立ち上げる以前の平民メイジは、まあ、あまり長生き出来なかっただろうし、平民メイジとして家庭を持つのも難しかっただろうから、潜在的なメイジの方が多くて当然じゃないか?」
「そうだな、昔は平民メイジには生き辛い時代だったからな」
そこで、エルネストが急に声をひそめてこんな話をして来た。
「こう考えた事があるんだ、ブリミルが6000年前にハルケギニアやって来て、そこからメイジが増えていったとしようか?」
「ああ、それで?」
「まあ、降臨から1000年後位にさっき言った様な事が起こったとしよう。5000年前から、潜在的なメイジが増えていったとしたらどうなっていると思う?」
「直感的に言って、かなりの潜在的なメイジが居ても良さそうだね」
「単純に考えて、25年で子供を2人産むと計算しようか? まあ、きりが良いから200世代位だな」
「単純に、2人の子供が、夫々2人の孫で4人、曾孫で8人か? そうすると、2の200乗で平民メイジがいる計算になるな?」
「まあ、色んな要素があるし、統計学なんかは専門じゃないから、なんとも言えないが。2の200乗って計算できるか?」
「電卓が欲しいな。天文学的な数字だろうね? あ、2の10乗で1024だったから、2の20乗で約1,000,000か、30乗でハルケギニアの総人口を軽く超えるな」
まあ、数字通りにはならないのは当然だが・・・?
「おかしいだろう?」
「お前、6000年というのが間違っていると?」
「そう考えるのが自然だろうな、仮定が間違っていれば別だけどね」
「そんな事を公言したら、ブリミル教から暗殺者が送られてくるぞ!」
「僕達と同じ転生者がそんな事をするのかい?」
「うーん、ジェリーノさんは信頼できるけど、ブリミル教の信頼を貶める事はさすがに受け入れないだろうね」
私の”聖エイジス31世”像は、ローレンツさんに聞いた限りだが、ブリミル教の権威(社会的な物では無く、宗教的な物だが)を貶める事を良しとしないと感じている。”ブリミル教は人々の心の支えであるべきだ!”と語ったそうだから、”支え”であり続ける為に、努力は惜しまないだろうな?
「分かった、今の話はオフレコにしておいてくれ。証拠も無い話だしね」
「分かったよ。全く君は昔から”マッド”だよな」
「ふん、常識に縛られて医学の進歩があるか!」
そう言うのが、”マッド”たる所以だと思うんだが、反省はしないらしい。
「君だって守りたい家族が出来たんだろう。もう少し慎重にな」
「そうだな・・・。ああ、領主の仕事を覚えろって、義父に言われているんだよな」
「まあ、カトレアを奥さんにして、婿入りしたんだから当然だろうね」
「これも家族を持った事の弊害かな?」
「公爵の所なら、しっかりとした家臣が居るだろうに」
「まあ、当面はそれで問題無いんだけどね。君の所の優秀な人材を、僕の下に回してくれないかな?」
「そんな事で、僕達の義父殿が納得するかな?」
「さあ、でも僕も公爵領を医術の先端と呼ばれる場所とするという目標が出来たからね、衝突はすると思うけど、納得してくれると思うよ。何時か、この世界中の病人、怪我人がラ・ヴァリエールを目指してやってくる。そして、公爵領の出身者が、世界中で最先端の治療を行うとか夢見ているんだよ」
「なんだ、ちゃんと将来の事を考えているんじゃないか?」
10年、20年後のラ・ヴァリエール公爵領が楽しみになる話だな。私もうかうかしていられないぞ。
「まあね、だからこそ、今の公爵家の家臣じゃ都合が悪いんだよ」
「そうなのかい?」
「ああ、言われた事はきちんとこなすが、言われない事に気が回らないのさ。義父がきちんとしてるからそれでも問題ないんだけどね」
「分かったよ、独立心に富んだ人材を君の支援に回す事にするよ。そうだ、クロエはどうだい?」
「ああ、色々助けてもらっているよ。やっぱり魔法薬だけでは行き届かない所もあるからね」
「そうだ、そのクロエだけど、一度・・・、いや、こちらから行く事にする、少し借りるけど構わないかな?」
一度、クロエにもマカカ草を直に見て貰った方がいいかも知れない。思いつきだが、マカカ草の栽培が、発見される平民メイジ達を有効に活用し、かつ、彼らが自信を持ってメイジとして働くためには必要だと思えるからだ。(まあ、副王自身が夜遅くまで魔法薬の精製を頑張らなくても良くなる訳だがね)
「ああ、それは良いけど、副王様が簡単に王城を抜け出せるのかな?」
「ああ、今回は目を瞑ってもらうよ。君が示してくれたこの国の将来に関わる問題だからね」
「そうか、スティン、君だって立派に”副王”様をやっているじゃないか?」
「まあ、落第しない程度にはね」
キアラ先生は中々厳しいんだが。
「まあ、お互い頑張ろう。そうそう、ユーグさんの奥さんは誰だと思う?」
「うん? 僕が知っている女性なんだよな・・・、想像がつかないな」
「ユーグさんが君の為にここまで来てくれた理由が分かるんだけどな」
「そう言われてもな」
「まあ、ちょっと考えたいことがあるから暫く秘密にしておくよ」
そんな事を言って、エルネストはユーグさんの待つ部屋に行ってしまった。潜在的なメイジの見つけ方についてもう少し話をしたかったんだが、エルネスト自身は政治(少なくとも国政)には関わる積りは無いのだろう。
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