第111話 ラスティン23歳(植木屋さん)
まあ、当然だが私達が導き出した今回のガリアとゲルマニアの紛争の真相は、キアラからマザリーニ枢機卿、そしてフィリップ4世陛下にも伝わった様だ。今日の朝議は、多くの貴族達を集めて大規模に行われる事になった。もはや朝議と呼べない規模だったりする会議が、マザリーニ枢機卿によって召集された訳だ。
枢機卿は何故か、紛争の真相を伏せたまま、会議を進めて、各領主に意見を求め始めた。黙っていた私も同罪なのだが、方向性の定まらない会議は混乱を極めた。(いや、枢機卿の出方を窺がっている間にこんな状況になってしまった訳なんだが)
状況を静観すべきだという穏当(日和見とも言えるな)な意見から、ガリアに味方してゲルマニアに攻め込むべきだという意見(発想は良いのだろうが、現実が見えていないな)まで、それぞれの立場で色々な意見が発せられた。父やラ・ヴァリエール公爵等は王家の出方を見守っている様だった。(やはりこの辺りが一番賢明なのだろうな?)
その中で、どう考えてもおかしな意見が出ていた。”ガリアに攻め込むべし”と言う訳の分からない物だったのだが、彼らの主張は概ね、”ガリア恐るるに足らず!”と言う物だった。まあ、呆れて物が言えなかったが、これには二つの意味があるのだが、分かるだろうか?
一方は、まあ、ガリアとの国境に面していると思われる領主達だと思う。彼らがガリアに攻め込みたいと思うのは、理解は出来ないがある程度納得出来る話だ。問題はもう一方だ、彼らがガリアに攻め込みたいと思う理由が直ぐには思いつかなかったが、枢機卿の後ろに控えているキアラと視線が合った時に、頷かれた事で理由が分かった。
成る程、随分と性質が悪い連中の様だ、ゲルマニアの為にトリステインがガリアに攻め込む等とは、話にはならないだろうな。分かり辛いか? 要は、奴らはこの国を売ろうとしている訳だ。ゲルマニア宰相マテウス・フォン・クルークの手がここまで及んでいると言う訳だな。キアラが彼らの事を判別出来たのは、例の”あれ”のお陰だろう、やはり敵に回して正解だった様だな。(あまり洒落にならない事態なのだがね)
さっきから、貴族の具体的な名前が出ていなくて分かり辛いだと? うむ、正直、私も彼らの名前を覚えられないのだから仕方が無い。キアラからの無言の知らせを受け損ねたせいで、呆れられてしまったのが感じられた。まあ、私の方にも事情があるのだが、これを他人に説明するもは難しいのだ。何故、私が貴族の名前を覚えられないかといえば、出だしで躓いたと、おっと、会議はこれで終わりらしいな、今回は必要ないかも知れないが、何時もの事だから陛下への報告を済ませておくとしようか?
===
「そうか、彼らがそんな事をな・・・」
陛下は少し悩んでいる様だったが、意外とあっさり結論を出してしまった。
「ガリアに攻め込むのは論外と言う話は分かった。ゲルマニアに攻め込みたいと言う貴族達に許可を出す事にしよう」
「陛下、それは、あまり上策とは言えませんぞ?」
「マザリーニ、まあ、実際に停戦協定を結んだそなたとすれば、そう言わざるを得ないだろうな。だが、ガリアに恩を売っておくのは悪い事ではあるまい?」
「陛下、そうはおっしゃいますが、故なく他国に攻め込んだとあっては、トリステインの信頼が」
「構わぬさ、貴族達が、そうだなボネール伯辺りを中心とした貴族達が王命に逆らって、戦いを挑んだとすれば対外的にも問題あるまいよ?」
「それはそうですが・・・」
うむ、単に報告に来ただけだった筈が、揉め事の気配が漂っているな? 枢機卿が押され気味と言うもの珍しい物だが、この国の今後を考えれば、あまり好ましい話の流れでは無いな。先程手に入れたばかりのカードを切るべきなのだろうか?
「ラスティン、お前の意見を聞かせてくれ」
「陛下・・・」
くっ! まだ方針を決めかねているのに。苦し紛れに、枢機卿の後ろに控えているキアラに視線を送ったら、一度だけ頷いてくれた、ええい、ままよ!
「陛下にお知らせしたい事がございます。今日の朝議に参加していた貴族達の一部が、ゲルマニアと内通している可能性がございます」
「何! それは真か?」
「はい、ガリアに攻め込むべしと言うのは、ゲルマニアを利する物でしかないのはお分かり頂けると思います。しかし、元々ガリアに恨みがある領主達以外に、それを後押しする者達が居ました」
枢機卿もこの事に気付いていた様だな、もどかしそうな表情を浮かべているだけで、否定の言葉は発しなかった。
「・・・、そうか、それがゲルマニアに攻め込むのに何の役に立つのだ?」
「はい、彼らをゲルマニア内通の疑いで告発するのです」
「副王殿下、それは!」
「それで裏切り者というのは誰なのだ、ラスティン?」
あ? 肝心の名前を知らないぞ、速攻で行き詰まったな。証拠はと問われて、”告発”する事に意味があると答える予定だったのだが。
「どうした、言えぬのか?」
「陛下、あまり興奮なさると、身体に障りますぞ」
「マザリーニ様、私の方から説明しても宜しいでしょうか?」
「キアラ君か・・・、仕方があるまい。陛下、これは私の補佐をしてくれている、キアラと申します。中々優秀な人材だと感心しており、彼女を補佐に付けてくれた副王殿下には感謝しております」
どうやら小さな救いの女神の助けが入った様だ。キアラに感謝の視線を向けると、呆れ混じりの視線で迎撃された。中々高度な技を使ってくるな。まあ、キアラにも私が、何故貴族の名前を覚えるのが苦手なのか説明しておかないと、要らない誤解を招く気がするな。
「ガリアへの侵攻を主張したのは、”ドローヌ伯爵”と”フェリー子爵”と”グレトリー子爵”でした。他に何人かいらっしゃいましたが、主体となっているのはこの方々ですが・・・」
「キアラとか言ったか? 意外と小物ばかりに感じるが、まだ何か言いたそうだな?」
「さすがは、陛下。残念ながら尻尾を掴めてはおりませんが、裏には大物が控えていると思われます」
「ふむ、ドローヌ、フェリー、グレトリーとくれば想像は付くがな。なるほど、ラスティンが口に出来ない訳だな。しかし、証拠はあるのかな?」
「はい、私は副王殿下に指示を受け、以前よりとある人物の周辺を探っておりました。その経過で幾つかの証拠を押さえております。今、直ぐには不可能ですが、少し時間をいただければ、お持ちしますが?」
「ふむ、そうしてくれるか?」
何とか、思い通りに話を進める事が出来た様だな。改めてキアラに感謝の視線を送ったのだが、何か言いたげな視線に再度迎撃されてしまった。全然、意図が分からないのだが?
「陛下、副王殿下が、提案したいことが在るようでございます」
「何かな、ラスティン?」
何故だか、別の意味で窮地に立たされた気分だ。私が陛下に提案するとなれば、ああ、今度の”おねだり”の事だな。全く、もう少し手加減して欲しい物だ。何故、今、この時にと思ったが、逆に今が絶好の機会だと言う事に気付いた。
「はい、私は今年、陛下に”貴族間での金品の貸し借りを禁じる”という法を施行して頂きたいとお願い致します」
「副王殿下、それは幾らなんでも!」
「”ゲルマニアに攻め込む彼らには、お金が必要だ”ですか、枢機卿?」
枢機卿が明らかに怯んだな、キアラの予想通りだ。枢機卿もキアラが苦手になりそうだな。
「十分な資金も持たずに、敵国に攻め込むなどと、そちらの方が問題だと思われませんか? 貴族間の借金は禁止しましたが、国からの借金を禁止はしません。運良く、現在は国庫の方も幾分余裕がありますから、国としても多少は無理が出来ます」
以前は火の車だった国としての収支も、ワーンベルの影響でレーネンベルクからの税収が増加して、ユニスによって無駄な出費が切り詰められた事で、国庫も一息つける状態だからな、嘘は言っていない。まあ、商人などから借金をする事は禁止していないのだから、直ぐには大きな影響は出ない筈だ。
仮に他国から、商人を通じて借金などすれば、ローレンツ商会の方から情報が流れてくる様に手配済みだし、普通に商人から借金をするだけならば、以前からの債権の買取を実施するだけだ。
「ははは、マザリーニ、今回は貴公の負けだな」
枢機卿は、嫌そうな顔をしたが、結局今回の提案に合意してくれた。ふぅ、何とかなった様だが、心臓に悪い展開だったな。
===
何時に無く、色々疲れた報告が終わって、執務室に戻ると暫くして、キアラがやって来た。
「キアラ、さっきは助かった。だけど、1つ君には知っておいて欲しい事が」
「ラスティン様、それより先に、アンセルムに指示を出した方が宜しいのでは?」
「ああ、ゲルマニアを攻めるなら後詰めが要るな。王都から王軍を指揮して出征してもらうか?」
アンセルムならグラモン伯爵もお気に入りの様だし、陸軍を指揮させるのは問題ないはずだが。
「いいえ、あの後、王軍はゲルマニアに内通している貴族の討伐に向かう事になりましたから、兵団の警備隊と国境警備の国軍を指揮してもらう事になります。兵力としては不足気味ですが、何とかしてくれるでしょう」
「しかし、討伐とは物騒な話だな、陛下か?」
「はい・・・」
普段は、極々普通の判断をするフィリップ4世陛下なのだが、時々妙な事を始めて、周囲を驚かす事があるのが気になる。それが、”貴族”絡みの時だと分かってはいるのだが、意外な事に私にとっては好都合なことが多いので、そのまま受け入れる事にしている。まあ、私などが反対意見を言った所でどうなるとも思えないからな。
「アンセルムには、いざと言う時以外は、戦いに手出しをしない様に注意しておかないといけないかな?」
「はい、その点は十分に説明しましょう。貴族の方々には消耗して貰わなければなりませんからね」
「嫌な話だな」
「ラスティン様!」
「ああ、今回は我慢する事にしよう。今回が最後になって欲しいものだけどね」
「副王殿下、それは傲慢な考えです! 貴方の立場は、フィリップ4世陛下の手足、表の顔、暗殺者の標的を分散させる的、そしていざという時の控えに過ぎません。御自分の立場を良くお考え下さい!」
キアラの表情は、どちらかと言うと悲しそうに見えたのが、印象的だったが、本当に私の事を心配してくれているのも理解できたから、何も言えなかった。
「貴族達がゲルマニアに攻め込むのも、陛下がそれを許可した事も、殿下の責任ではありえません!」
「ああ・・・、そうだったね、ありがとう」
「いいえ、失礼な事を言って申し訳ありません、ラスティン様」
ラスティン様か、どうやら許してもらえたらしいな? 同意を求める為に、コルネリウスに視線を向けると、何やら呆然としているのが目に入った。部下に叱られる(諌言されるとは、とても表現できないよな?)副王様と言うのが珍しいのかも知れない。もはや慣れっこだし、キアラが私の負担を減らす為に言ってくれた事だから全く気にはならないのだが。
「あー、そうだ、例の証拠と言うのは、何だったのかな?」
それにしても、自国の国民が無益な戦で犠牲になるなんて、本当に嫌な話だ。副王などと言う中途半端な立場の者でも、この様に感じるのだから、ガリアの嘘つき大王はどんな気持ちで決断をしたのだろうな? 少し話題を変える積りでこんな事を聞いてみた。
「はい、これを使いました」
キアラの手には、”音の記憶者”が握られていた。まあ、見た目がただの石なので、想像ではあるがな。
「それで録音したと言う訳か、でもどうやって?」
「はい、理事長先生が教室に”観葉植物”と言う物を導入されたのですが、ラスティン様はご覧になった事がありますか?」
「観葉植物? そう言われてみれば、在った気がするけど」
公立学校の建物自体は結構急造だったから、インテリア等に拘っていなかったからな、殺風景だからローレンツさんが考えたのだろう。だが、”観葉植物”と”音の記憶者”の関係が見えないな?
「分かりませんか?」
「植木鉢の中に紛れ込ませるのか?」
全く自信は無かったが、当てずっぽうで言ってみた。キアラの表情を読むと正解だった様だが、どうやって?
「”観葉植物”というのは、貴族の方々に受けが良かった様です。それに、アリエの若木を選ぶとかなりの確率で重要な部屋に置かれます。あの木は、屋内ではこまめに世話をしないと枯れてしまう物のですから、水遣りや日光に当てるなどで人手が必要になります」
「ああ、世話人も含めて売り込んだという訳か?」
「はい、メイジは風系統魔法で声を外部に洩らさない様にしますから、それで安心してしまうのでしょうね」
うっ! 急に心配になってきたぞ、慌てて執務室の中を見渡したが、”観葉植物”も怪しい物も見つからなかった。ガリアの件が見通しが立ったので書類で溢れかえっていた部屋も整頓されているから一安心だな?
「その辺りは、護衛隊に徹底させていますから、ご安心下さい」
「先に言ってくれよ!」
「”観葉植物”って何だ?」
『”観葉植物”って嫌な感じなんだけど?』
話に付いて来れなかった、2人?から同じ様な事を聞かれた。説明すると、コルネリウスは何となく納得しれくれたが、木の精霊だったニルヴァーナは全く理解してくれなかった。私に愚痴を言われても困るのだがな?
”音の記憶者”には、例の3貴族が、誰かと会話している音声が録音されていたそうだが、その誰かと言うのが若い男性と言う以外分からなかったそうだ。裏で糸を引いている人物か、ゲルマニアの関係者なのだろうが、どうも気に入らないな。
===
キアラが枢機卿の手伝いに戻って行くと、コルネリウスと2人で書類の片付けに入った。コルネリウスは意外と仕事の覚えも良いし、良く気が付くから、秘書官としては申し分無いのだが、問題が無い訳ではない。(口が悪いという事では無いぞ)
学院の頃と違って、口数がかなり減ったコルネリウスは、最近考え込む事が多くなった気がする。コルネリウスを王城へ入れたのは間違いだったのだろうか?
「アルマント、君はトリステインがゲルマニアを攻める事についてどう思う?」
「勿論、歓迎など出来ないさ。ゲルマニアの民が苦しむのは見たくない! ・・・、酷い戦争になると思うか?」
「君だって話は聞いただろ? ゲルマニアへはマース領から攻める、相手はモーランド辺境伯になるから、まあ多分大丈夫だろうな。ツェルプストー辺境伯の所へは被害は行かないよ」
「俺が一度ゲルマニアに戻りたいと言ったら反対するか、スティン?」
「今なら、大丈夫だと思うから反対はしないよ。その前に、一度ガリアを見に行ってみないか?」
「ゲルマニアがガリアで、何をやったかを見る為か?」
「そう、その気ならジョゼフ王子、いやその時には、ジョゼフ王かな? 彼にお前を紹介しても良いし」
「何か企んでいないか?」
「いいや、君が僕だけではなく、ジョゼフ王からも支援を受けられたら良いかと思っただけだよ」
コルネリウスとジョゼフ王子が会う事がどんな結果を生むかは私にも分からない、コルネリウスにとっては他国の王に会う事がプラスになるのだと思う。
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