第92話 ラスティン21歳(恩返し)
翌日から、僕は朝議に参加して、枢機卿から指示された幾つかの案件を受け持つ事になりました。それ自体は別に問題無かったのです、実際、朝議と言っても、昼前に始まって直ぐに終わってしまう事が多いので、昼議と呼んだほうが良い物と、キアラ達を得る前の僕でも処理出来るような案件しかなかったですからね。
問題は、呼び寄せたかった人材が、一向に到着してくれない事でした。副王になった時点で、父上から、ちらっと聞いた”キアラ君なら、張り切ってワーンベルへ帰って行ったぞ?”と言う言葉の意味が分かったので、絶対に僕が予想するより早く4人の部下が到着するのを期待していたのですが、その気配はありません。
実際、護衛隊のニルス達は、昨日到着していて、僕の護衛の任務に就いています。僕は、内心で悶々としながら、仕事をこなして行きました。1週間経っても、やって来ない4人の部下を呼び寄せる為に使者を出そうかとも考えましたが、止めておきました。
変わりに敵情視察に赴きましたが、これは予想通り体よく追い返されました。多分、不在と言われた担当者の替わりに、下級の役人が来るだろうと思っていたら、案の定、若い入りたての役人が説明とやらにやって来ました。ここまでパターン通りだと、もしやと思いながら、若い役人が話し始める前に、
「”帳簿”が紛失しましたか?」
と尋ねたら、「”帳簿”が紛失しました」の部分が見事にハモってしまいました。うーん、王道ですね、悪い意味でですが。その若い役人は、何か言いたげでしたが、結局何も言わず一度だけ深くお辞儀をすると、僕の執務室から出て行ってしまいました。中々、優秀な人物と見ました、名前を聞いておけば良かったと思いましたが、今はまだその時では無いのでしょう。
何故、僕がここまで彼らのやり方に詳しいかと言うと、別に大した理由ではなく、マルセルさんやあの人が、雑談で面白おかしく話してくれたからです。何処でも役人と言うのは一緒なのですね、正にお役所仕事と言った感じです。
僕にとっても、ここまでなのは予想外でした。あの4人が来てくれたとしても、一筋縄では行かない事態だと思います。マルセルさんやあの人も、こんな場合どう対応するかは教えてくれませんでしたからね。一番効果的なのは、内部に人を送り込む事なのですが、これには人数も時間も必要です。
淡々と案件を処理して行きますが、表向きには解決でも、実際には全く解決していない問題の多さに呆れ果ててしまいそうです。日に日に焦燥感が募って行きますが、良い手は思いつきません。ですが、それから何日かすると、待望の人物の到着を護衛のニルスが知らせてくれました。
「殿下、ユニスさん達が到着しました!」
「そうか、やっと来てくれたか。直ぐに執務室(ここ)に通してくれ」
ニルスが、”ユニスさん達”と表現したと言うのが気になりましたが、近くの会議室に既に案内したと聞いて、とりあえずそこに向かいました。ニルスは護衛隊の中でも、一番早く王宮に馴染んだ隊員でしたので、色々役に立ってくれます。時々雑談を持ちかけると、嬉しそうに王宮について教えてくれます。自慢になりませんが、後から来たニルスの方が、絶対王宮に詳しいと思います。これは洒落になりませんが、僕一人でこの王宮の何処かに置き去りにされたら、確実に迷子になる自信さえあります。
問題の会議室は、僕の執務室の意外と近くにありました。ここなら自力で来る事が出来そうだ何て事を考えていると、部屋の前で多分、僕を待っていたユニスに見つかってしまいました。
「ラスティン様、こちらです!」
「ユニス、良く来てくれたね」
「どうぞ、中にお入り下さい。あら?」
「僕の副王としての敬称は、”殿下”に決まったよ」
「そうですか、では殿下、こちらへどうぞ!」
ユニスがらしくも無く、僕の腕を引っ張って、会議室の中に引き入れてくれます。ここにユニスが、待っていたという事が少しだけ僕の気持ちを、暗いものにしてしまいます。
やっぱりキアラは、エレオノールとの事を気にしているのでしょうか? そんな有り得ない事も頭を過ります。ですが、どうしてもエレオノールの言葉に傷付いてしまったキアラを想像出来ません。僕はキアラと知り合って、まだ1年足らずですがキアラはそう言うタイプの人間では無いと思っています。
偶発的に出会ってしまったのなら兎も角、キアラはエレオノールがあの場に居るのを予想していたと思える発言をしています。キアラがエレオノールと対決する積りならば、何らかの手を打たないとは思えません。でも、キアラは何の用意もしないまま、エレオノールと対面しました。キアラらしくないですが、遠慮をしたとしか思えません。(まあ、キアラがエレオノールの勘通り、僕の事を好きだとしての話ですが)
僕にキアラの心情を読み切る事は無理そうです。エレオノールの気持ちさえ、傷付けてしまった事を直ぐに気付く事が出来なかった位です、出会って一年のキアラの気持ちなど、謎だらけでしょう。
そんな後ろ向きな事を考えていると、会議室の中に入っていました。そこには、若いと言う以外共通点の無い様な人達が椅子に座っていて、僕をそう明らかの僕の事だけを見詰めていました。
いいえ、間違えたようです、共通点は彼らが、全て平民で、その瞳が何かを期待している様に輝いているのと、そして、”高等学校”の生徒だったという事でしょう。結構な人数の顔を僕は覚えています、名前は聞いた事が無いので、さすがに覚えていませんが。
彼らは、各々、ローレンツさんの伝で、適当(良い意味でですよ?)な所で働き始めたはずなのですが、何故ここに? それより、30人弱と少し少ないですが彼らの手を借りる事が出来れば、役人達の壁を取り除く事が可能になる・・・。
「なるほどね、それは直ぐには来れない訳だ」
僕は、こっそり独り言ちました。キアラには僕が何処で躓くかちゃんと分かったいた様です。こういう時の”会長”は、期待を裏切らないというアンセルムの言葉が、またもや思い出されます。それに、何だかキアラらしいやり方だと思えます。(エレオノールが言う様に、キアラが僕に対して、好意以上の物を持っていると仮定しての話ですが)
それより、今は彼らと話し合いを深める事が必要でしょう。ここ数日その事ばかり考えていたので、彼らに何をやってもらうかのアイデアは、僕の中で出来上がっています。ただ、彼らにこれを頼むのは不本意です。ですが、どうしても必要な事だと思うので上手く操るのでは無く、全てを説明して協力を要請することにします。(何処かの王みたいに、人を駒の様に操るとかは趣味じゃない以前に、僕の能力では不可能ですからね)
僕は、未だに僕の事に注目している、彼らへ語りかけ始めました。
「レーネンベルク公立高等学校の皆さん! 始めましての方もいらっしゃいますが、態々こんな所まで来ていただいて、感謝します。そして、感謝すると共に、共感を覚えます」
共感と聞いて、”彼ら”の表情が変化しますが、判断しかねているのでしょうね。
「皆さんも、僕と同じで”会長”に頭が上がらない様ですからね」
”彼ら”から一斉に失笑がこぼれました。掴みは上々の様ですね。
「皆さんには、僕からお願いがあります。ただ、それは、皆さんにとってもかなり不本意な物になると思います。ですから、そんな事はお断りだと思われる方は、今すぐここから退席して下さい。頼りなく見えても、一応”副王”なんて事をやっているので、それでも十分な報酬をお支払い出来ると思います。いかがですか?」
一度言葉を切って、”彼ら”を見渡しましたが、皆一様に苦笑しています。
「あの会長が、俺達に頭を下げたんですよ、中途半端な気持ちでここに来ている人はいません!」
1人の男性が、そんな事を言ってくれました。覚悟済みという事なのでしょうね、確かに助かりますが、大丈夫でしょうか?
「そうですか、それを聞いて正直ほっとしました。皆さんの決心を見縊ってしまって、すみませんでした」
僕が頭を下げても、”彼ら”の誰一人反応しませんでした。意外と肝も据わっている様ですね、使える!と思えます。(空気が読めないのか、読まないのか微妙な所です)
「では、早速、僕が皆さんに何をして欲しいかお話しします。ここからは、ここに居る人間以外には誰にも話してもらいたくない事をお話します」
今からでも、と話を続けようと思いましたが、やっぱり止める事にします。
「皆さんには、この王宮の色々な部署に入り込んでいただきます。ただし、そこでは可能な限り目立たず、早くその部署に馴染む事を第一目標としてください」
”彼ら”も、僕の頼みは予想外だった様です。少しですが、不愉快な空気を感じます。
1.配属された部署に少しでも早く溶け込む
2.可能な限り役立つ所を見せて、部署での自分の立場を強化する
3.部署の秘密を知ることが出来る立場になった時に少しでも多くの秘密を探り出す
4.1?3と同時に信頼できる協力者を見出す
5.後ろ盾になっている貴族を割り出す
6.可能な限り連絡を絶やさない
”埋伏の毒”を気取った作戦ですが、”役人達”に対抗する方法を、これしか思いつくことが出来ませんでした。ですが、”彼ら”はこの提案を喜んで受け入れてくれました。実際の所、何年かかるか分からない計略ですし、実行してみれば問題点も出てくると思います。
正直いえば、部署ごと一度潰してしまって、使える人材だけ登用するという方法も考えましたし、”副王”の権限でそれを実行できる小さな部署なら幾らでもあります。例え大きな省庁だったとしても陛下の決裁が貰えれば、同じ事が可能です。
陛下に依頼すれば、意外と簡単に実現しそうなこの案を採らなかったのは、あの人が教えてくれたこういった役人の後ろには貴族が居ると言う事と、陛下に不要な負担をかけたく無かったからです。
それから、”彼ら”の一人一人と話し合い、少しでも”彼ら”に向いている部署を考える事に時間を費やしました。一応、ニルスに頼んで”彼ら”の宿泊場所も確保してあるので、多少時間がかかっても問題ないはずです。夜遅くまでかかって、”彼ら”の人となりや得意分野を知る事が出来ました。キアラがこの場にいれば必要無い事かも知れませんが、僕が自分で”彼ら”と話し合ったのは、良かった事だと思います。”彼ら”の1人がこんな話をしてくれました。
「殿下、先程、僕らがキアラに言われてここに来たと、仰っていましたね? 半分は正解ですが、それだけじゃありません。僕らは、ラスティン様に恩返しをする為にここに来たんです。そう、殿下ではなくラスティン様に!」
「恩返しですか?」
「そうです、僕は高等学校に上がる時、奨学金を受けました。実家が貧乏な僕にとっては、奨学金はそのまま給金でした。人に使われる様になって始めて気付きましたよ。寮に入っている僕らにお金など必要ないですし、事実、奨学金はほとんど実家に送っていました」
「いや、お金で君達を縛る積りは無いんだけど?」
「そうですね、実際その通りでした。奨学金は借りる形でしたから、契約書にサインをしました。その頃は子供でしたから、金利なんてものは良く分かりませんでした」
「そんな無茶な金利だったかな? 理事長の話では物凄く低くした記憶があるんだけど?」
「そうですね、僕も実際は覚えていません。思い出そうにも、その契約書が既に存在しないんじゃ、意味が無いですからね。先程もお話しましたが、僕は商人の方と良く会う仕事をしていました。契約書の大事さ、お金を借りる時の大変さを良く知っています。高い金利でお金を借りて破滅した人も短い間でしたが何人か目にしました」
「そうか」
「僕は心配になって、学校に戻り自分の借りたお金がどの位になっているか、確認しようと思いました。お会いした理事長先生は、契約書は紛失したからお金を返す必要は無いなんて言っていましたが、噂で聞いた商人としてのローレンツがそんなヘマをするとは思えません」
「気付いてしまったんだ、中々見所があるね」
「恩返しと言うのは、分かっていただけましたか? 1つだけ教えて下さい。ラスティン様は何をなさるお積りで、公立学校を作られ経営されているんですか? 正直、今回の様な事に備えてだとかも考えましたが、ラスティン様は僕達が来た事に驚いていました、演技には見えなかったですし、僕達に頭を下げるのもおかしいと思いました」
「僕は、レーネンベルクの未来に投資した積りなんだ。こんなに早く助けてもらう事になるとは思っていなかったけど、領主の息子が自分の領地になる筈の場所に投資して問題があるかな? それに、僕は君達自身で考えて行動して欲しいと思っているんだ」
「そうですか、キアラに意見を聞いてみたいです」
カロンという青年はそれだけ言って去って行きました。本当に、キアラは僕とローレンツさんの意図に何処まで気付いているのでしょうか? キアラが気付いていても別に問題ないですし、カロンの様に疑問を持ってもどうしようもありません。僕にとっての敵勢力が、それを利用する事が気がかりではあります。
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