副王編
第91話 ラスティン21歳(穏やかな不安)
僕は我侭一杯に育てられた、貴族のぼっちゃんそのものです。望んだ事は大抵叶えられてきましたし、その為に両親を始め多くの人が迷惑を被った事は、疑いようがありません。母親には、”手がかかった息子だ”と評されたことさえもあります。僕を良く知る人も、少ししか知らない人も、ほとんど知らない人も、思いはそれぞれでしょうが、色々な表情で肯定する事でしょう。(僕の熱狂的な信奉者などと言うのが存在すれば、別かもしれませんが)
唐突な発言ですが、別に自虐趣味に目覚めたという訳ではありませんから、安心して下さい。副王として如何するべきかを見出す為に自分の過去を振り返っただけなのですが、軽く欝状態になれたのは確かです。まあ、無意味では無かったので、良しとしましょう。全く自慢になりませんが、僕は人から命令される事に慣れていませんし、決して我慢強いとは言えません。(矛盾しますが、蒔いた種の芽が出るのを待つと言う意味であれば、結構気長に待てるんですが)
陛下もそう言う意味では、最悪の人選をしたのだと同情したくなります。それは置いておくにしても、僕の精神衛生上の問題として、言われたことだけを単純にこなして行くのは有り得ないでしょうね。ご褒美があれば、少し頑張れそうな気がしますから、こちらで交渉してみる事にしますか。過去を振り返るのはこれ位にしておきましょう、本気で変な趣味に目覚めそうですからね。
「貴族のぼっちゃんからは、卒業しなきゃならないね。陛下におねだりする立場なんだけどな」
考え方を変えて、副王としての自分の将来について考えて見ますが、全く光明が見えません。運が良ければ、職務を全うして何処かに領地を与えられて領主となることが出来るでしょうが、悪ければあっさり謀殺されることが有り得るでしょう。特に王家に関わりが深くなれば、最終的に”死”が待っている可能性が高まります。
僕が生き残る可能性を高める為には、王宮内に少しでも味方が必要です。今、王宮に居て未来も僕の味方になってくれそうなのは、父上の部下であるグレンさんしか居ない状態では、謀殺して下さいと言っている様な物ですからね。王宮内になるべく早く、僕の味方を作らなければなりませんが、その方法が問題です。
普通の貴族ならば、親の伝や、魔法学院時代の同級生,先輩,後輩とその親と言った感じで、人脈を広げて行くのでしょうが、父上の伝はともかく、学院時代の伝は全く当てにならないでしょうね。僕も若かったですからね、ですが後悔はしません。僕の友人足りえなかった同級生や、その親が、今の僕に利用価値を見出たとして、手を差し出してきても僕は握り返さないでしょう。(まあ、ダメ息子や娘だったという可能性も考慮しますが)
「味方、味方と・・・」
そんな訳で、僕は自分の手で、味方を作り出す必要性を強く感じます。別に深く考えることも無く、僕の4人の部下と護衛隊の人達を呼び寄せる事が頭に浮かびましたが、彼らをどう扱うかが問題になってきます。僕の直属の部下として動かしても良いですが、キアラ、ユニス、マリユス、アンセルムをその程度の使い方が出来ないのでは、成り立て副王としても情けなさ過ぎます。
それなら、いっその事、彼ら向きの部署に放り込んだ方が良い気がします。あの4人ならば、十分な成果を上げてくれるという確信もあります。
「そうなると、人事への干渉する権力が要る訳だ」
ふぅ、独り言が多くなりますね。副王とはいえ、王は孤独な物なんでしょうか? 誰も見ていないのに、格好をつけてみましたが、空しいですね。そんな事を考えていると、部屋のドアがノックされました。
「あの、ラスティン様、陛下がお会いに下さると知らせが入りましたが?」
「あ、そうですか。直ぐに行きます」
知らせを持ってきてくれた、召使いの1人が妙な顔をしていますが、気にしてはいけない所なのでしょう。僕は、迎えに来た侍従の1人に先導されて、陛下の病室に向かいました。さあ、お見舞いと言う名の交渉の始まりですよ!
===
陛下の病室(といっても、前回来た陛下の寝室の呼び名が変わっただけなのですが)に入ると、穏やかな昼下がりと言った言葉が似合いそうな雰囲気で満ちていました。
ですが、ここは間違いなく陛下の病室です。中央に置かれたベッドの横ではマリアンヌ様が陛下のお世話をするために、椅子に座っているので間違いはないはずです。マリアンヌ様が部屋に入ってきた僕に気付いたのか、僕に向かって手招きをしました。
異様な(正確には、相応しくない)状況ですが、そのままベッドの横に向かいました。腰掛けたままのマリアンヌの傍まで行くと、何故誰も声を出さないか分かりました。マリアンヌ様の膝に頭を乗せる感じで、アンリエッタ王女がお昼寝の最中でした。そのお昼寝王女の頭を優しく撫でるマリアンヌ様と、ベッドの上で首だけを横に向けて2人の家族を眺める陛下の姿は、何故か悲しみを感じさせました。
多分、今回の様な事態にならなければ、決して実現することが無かったという事が、僕にこんな事を感じさせるのでしょうね。陛下が、マリアンヌ様に何か囁きかけました。マリアンヌ様は、陛下の上半身を起こしてクッションを当てると、アンリエッタ王女を起こさない様に注意しながら、病室を去って行きました。
「ラスティン・ド・レーネンベルク、いや、今は、ラスティン・レーネンベルク・ド・トリステインだったな。先ずは、今回の話を受けてくれて感謝するぞ。マザリーニから、副王の提案を受けて真っ先にそなたの事が頭に浮かんでしまってな。ガリア王のあの言葉が何処かに残っておったのだろうな」
僕の副王即位?には、ロベスピエール4世の言葉もも影響を及ぼしていると言うことですか。まあ、あちらに対して干渉をしているので、仕方が無いとは・・・思えません! おのれ、ロベスピエール4世!
「本当に私で良かったのでしょうか?」
「さあ、分からんな。だが、私には他に適当な人物が思いつかなかった訳だし、マリアンヌも積極的に賛成してくれたからな。なんのかんの言っていた、マザリーニも最終的には反対しなかったのだから、自信を持つのだな」
「はあ?」
今の話を聞いて、何処に自信が持てるのか分かりませんが、陛下は少なくとも現状に不安を覚えてはいない様です。
「そなたなら、私の・・・」
「申し訳ありません。聞き逃してしまいました」
元々、毒のせいでしょうが、かなり掠れてしまっている声だったので、陛下が呟いた言葉を聞き取る事が出来ませんでした。それと、一瞬表情が翳ったのが気になりました。
「いや、戯言だ。それより、明日からそなたにやって貰う仕事だがな、先ずは欠かさず私の代理として朝議に出てもらおう。それと、重要性の低い案件を幾つか任せたい、そなたの力を試させてもらうという訳だな」
「さては、枢機卿の提案ですね?」
「やはり分かるか?」
「はい、一度お会いしただけですが、その用心深さは承知しております」
「成る程な、我が国に2人しかおらぬ公爵がどちらも手放さない訳だ」
”陛下、それは親馬鹿の結果ですよ?”と思わず口に出しそうになりました。過大評価も極まったという感じですが、僕だけでは無理でも、多くの人の力を借りれば何とかなると思うしかないでしょうね。
「陛下、先ほどの2点ですが、もちろん引き受けさせていただきます。替わりというのは失礼でしょうが、私の方からもお願いがございます」
「早速来たか、言ってみよ!」
陛下が何故か嬉しそうにそんな事を言いました。調子が狂いますね、こちらは何とか妥協点を見出そうとしているんですが?
「2つ御座います。1つ目ですが、年に1つか2つで結構ですので、私が提案する法案を公布していただきたいのです。無論、陛下が適当でないと思いになれば、却下して頂いて構いません」
「それは、貴族達に諮らずに、そなたが提案した事を、私が承認すれば良いという事なのだな?」
「はい、勿論、私が提案した事だと言う事を、公にして頂いて構いません」
「ふむ、良かろう。もう1つはどんな物かな?」
「2つ目ですが、私に王国の組織への人事権を一部お与え下さい」
「ほう、して誰の首を切るのだ?」
何故か陛下が、凶悪な暴君の様に思えて来ました。陛下が首を切れと言えば、本気で首が飛ぶのですが、大丈夫なのでしょうか?
「いえ、そんなことは申しません。ただ、私の信頼できる部下を色々な所に派遣したいのです」
「ふむ、そちらも問題無かろう。マザリーニや、マリアンヌと相談する必要も無かろう、どちらもこの場で許可しよう」
随分あっさりと要求が通ってしまいましたよ? 交渉にさえなりませんでした、良い意味でですが。
「そちからの要望は終わりかな?」
「はい、今の所は、ですが」
「そうだろうな、私は少し疲れたので休ませてもらおうか。帰るときに、マリアンヌを呼んでくれるか?」
「はい、陛下」
僕がその場を去ろうとした時、
「マリアンヌに何か言ってくれたのは、君なのか、ラスティン・ド・レーネンベルク?」
とほとんど聞き取れない声で、聞かれました。聞いたのは陛下で間違い無いですが、何処か不安そうな声でした。
「はい、陛下がお倒れになった時に、王妃殿下に諫言させて頂きました。ご不快に感じられたのでしたら、ご容赦下さい」
「いいや、感謝しているよ。あれが、私に謝るとは思っていなかったからな。私も随分弱気になっていたから、それも良かったのだろう子を生した夫婦なのに、始めて本気で話し合ったよ。あれが、私の看護のために全てを投げ打つなどと言う日が来るとは思っていなかったよ」
僕は、思わず振り返って”おめでとうございます!”と言いたくなりましたが、振り返った時に見た陛下の表情を見てその言葉を飲み込んでしまいました。
「お役に立てたなら、光栄です!」
あまり芸の無い台詞だけを残して、僕は病室を去ることになりました。何故でしょう、良い事の筈なのに、逆の結果を導いてしまった様な、不安感を感じていました。
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