第79話 ラスティン21歳(魔法兵団来る:騎士殿)


「へぇ、生きがいいのがいるじゃないか!」


 そう言って、アンセルムがその騎士の所へ向かう様なので、僕も後を追うことにしました。その騎士は、元気に?縄でぐるぐる巻きにされていました。


「離せ?、俺は騎士だ! その名誉にかけて、この様な辱めを受ける謂れはない!」


 とても捕虜の発言とは思えませんが、アンセルムはそれが気に入った様で、


「縄を解いてやってくれ」


と面白そうに指示を出しました。その騎士はと言うと、本当に縄が解かれるとは思っていなかったらしく、アンセルムの態度に面食らっています。本当にこの騎士殿は何をやりたいのでしょうか?


「貴様が、ラスティン・フォン・レーネンベルクか?」


 騎士殿が、アンセルムに向かって色々間違った質問をしましが、アンセルムは人の悪そうな笑顔を浮かべると、


「そうだと言ったらどうする、騎士様?」


「貴様がそうなのか! はーっはは、俺などにかまけていて大丈夫なのかな? 今この時にも、我がゲルマニアの精鋭が反撃の準備を整えつつあるのに気付かないか?」


 騎士殿の台詞を聞いて念のため、ゲルマニア軍の様子を確認してみます。兵団員も堂々とした騎士殿の言い分に不安になったのか、ゲルマニア軍の様子を確認した後、すぐに哀れみを込めた目で騎士殿を見る事になりました。


「まあいいさ、騎士殿のお名前を教えて頂けるかな?」


「我こそは、ハルケギニアに名高い、ヴァルター・フォン・クロンベルクなり!」


 うん、残念ですが、聞いたことがありませんね。ですが、アンセルムは表面的には、あくまでも真面目に、


「貴公があの有名な、騎士ヴァルター殿でしたか、これは知らぬ事とはいえ失礼した」


等と対応しています。ですがその表情はいたずらっ子の様で、この場にいるヴァルター・フォン・クロンベルク以外の人間は、アンセルムの発言を真面目に受け取っていないでしょう。


「ですが、貴方の様な高名な方が、何故捨て駒の様な役目を?」


「捨石なのでは無い。今も、ブルーデス伯を中心に反撃の準備が着々と整えられているはずなのだ! 断じて捨て駒なのでは無い!」


「いいえ、良くご覧下さい。ブルーデス伯らが、貴方をどのように扱ったかを!」


 アンセルムが腕を、ゲルマニア軍が居た方向に向けると、周囲を包囲していた兵団員が視界を開けます。当然ですが、そこには反撃を目論むゲルマニア軍どころか、ゲルマニア軍を追い立てるゴーレム部隊の影もありませんでした。彼らはかなり先まで行っている事でしょう。


「なんだと?、ブルーデス伯! あの提案は嘘だったと言うのか?!」


 ヴァルターさんの悲痛な悲鳴が辺りに響き渡ります。やれやれ、確かに面白い見世物でしたが、茶番という言葉で片付けられそうな一幕でしたね。アンセルムが、打ちひしがれているヴァルターさんを励ましているのが見受けられますが、僕の興味はヴァルターさんを捨て駒にしてまんまと逃げ延びた、ブルーデス伯爵の方に移っていました。


 さて、ブルーデス伯爵は何処に向かったのでしょうね? 普通に考えれば、何処かに篭って援軍を待つという所なのでしょう。現にテティスからの情報で、(本来ならトリステインへ侵攻する為の)援軍が来るのは分かっている事なので、こちらの可能性が高いのでしょう。これは僕達にとっては望むところだったりしますが、ブルーデス伯爵がそれに気付いているでしょうか?

 逆にブルーデス伯爵が、他のゲルマニア領に逃げ延びたり、首府ヴィンドボナまで援軍を求めに行った場合は、僕達はこのブルーデス伯爵領を直ぐに支配下におさめる事が出来ます。むろん戦果としては申し分ありませんが、ブルーデス伯爵を捕らえる事に成功した場合とでは、その後の政治的な駆け引きがかなり変わって来るのが予想出来ます。

 今はとりあえず、ブルーデス伯爵の行き先を追うのが先決なのでしょう。こう決めると、アンセルムが僕の所へやってきました。


「ラスティン、先行している兵団に合流して、ギ?センの町に向かうぜ!」


「ブルーデス伯爵の後を追う方が先決じゃないのか?」


「ん? ブルーデス伯爵を追ってギ?センの町へ向かうんだが?」


 あれ? ゲルマニア兵の向かう方向に当然、ブルーデス伯爵が居ると思ったのですが。兵の向かっている北と、ギ?センの町があると聞いている北東では自ずと針路が違ってきます。まさか、一般の兵士も捨て駒にしたと言う訳なのですか。しかし、どうやってその情報を得たのでしょう? そう考えると、さっきの不自然な態度が気になってきました。


「情報源は、騎士様と言う訳か?」


「ん? まあな」


「ヴァルター・フォン・クロンベルクという人物は当てになるのかい? 騙されやすそうな人だと思えるけど」


「まあ、名前だけの貴族だし、メイジとしての腕は全然だそうだ。だがな、傭兵達の中では結構有名な人物だったりするんだな、これが」


「そうなのか?」


「ああ、力に重心を置いた戦い方も、かなりの物だというし、意外と部下の育て方も上手いらしく、部下からの信望も厚い。何より両親が所属していた傭兵団と対決した事があったそうでな、団長が手放しで褒めていたんで興味があったんだ。ゲルマニア軍の銃兵を実際に訓練したのもあの人らしいぜ。それに、ライデンの町の郊外での戦いは、騎士殿の指揮だったらしいんだ」


「本当なのか?」


「ああ、その騎士殿の話では、兵士はここから大体北に1リーグにある村の近くに集結しろと指示が出ているそうだ。鎌を掛けて聞き出した情報だから間違いない」


「やっぱりそれは、ブルーデス伯爵がギ?センの町まで逃げおせる為の計略と言う訳なのかな?」


「ああ、騎士殿から聞きだしたブルーデス伯爵の性格と、ギ?センの町にはブルーデス伯の城があるそうだから、間違いないだろうな。全く姑息なことだな」


 アンセルムは最後の台詞を不愉快そうに眉をしかめて呟きました。僕もその意見には全く賛成です。


「そうだね、じゃあその姑息な伯爵を捕らえに行く事にしようか? 軍と行動を別にしたのなら丁度良いんじゃないか。それで、作戦はあるのかい?」


「ん、この状況でそんなもの必要か? まあ、兵団を二つに分けて、一方を敵の残存兵への牽制、もう一方でブルーデス伯爵を捕らえるで良いだろう?」


 作戦と呼べない様な意見ですが、確かに今の状況ならこれで十分だと思えます。


「ラスティンには、残存兵への牽制を頼むぜ。俺の方は、さっさとブルーデス伯を片付けて来るからな」


 城攻めには興味があったりしますが、時間をかけるわけには行きませんから、ここは素直に従う事にしましょう。


「分かった、こっちは戦闘を行わないようにすれば良いんだよね?」


「ああ、睨み合ってくれていれば、助かるな。下手に敵兵を散らさない様にしてくれれば、問題ないね」


「それ位なら、何となると思う」


「まあ、そっちは本命じゃないから、やばくなったらフライで逃げ出してくれ」


「そんなことにはなって欲しくないけどね」


 僕とアンセルムは簡単な打ち合わせをした後、先行していた兵団と合流して、半分ずつを指揮して自分の役目を果たす事になりました。そうは言っても僕の役目は、単に何もしないだけと言っても過言ではないでしょう。


===


 結論から言うと、やはり僕達は何もする事がありませんでした。苦労したのはゴーレムがラセーヌ川を渡る時位でした。今の時期、川の水量が少なかったのが幸いしました。


 名前も知らない村の南側でゲルマニア軍と睨み合ったまま、時間は過ぎて行きました。兵団員に交代で昼食を摂る様に指示を出し、僕自身も食事を済ませましたが、状況は動きませんでした。敵軍に指揮官と呼べる人物が居ないようで、敵軍はゴーレム部隊に半包囲された状態で行動を起す気配もありません。(暇なので、ゴーレムのカスタマイズに挑戦していたりしますが、思った通りにならないのが残念です。このゴーレムは寸胴なので、イメージと違ってしまいます)


 時々、少数の兵士が陣地を抜け出そうとするのが見受けられましたが、あえてそれを牽制して(多分)逃亡するのを妨害する事になりました。そんな事を続けていて、そろそろ甘いものが食べたくなるな等と、戦場?とは思えないことを考えると、5?6頭の騎馬がこちらに向かってくるのに気付きました。

 索敵の兵の反応は無かったので、味方の様だと思っていると、それがアンセルムを含む兵団の人達だと言うのが判別出来ました。彼らは、僕の事を視認したのか、こちらに向かって馬を進めてきました。アンセルムの馬には何か大きな荷物が載せられているのが分かりました。


「ラスティン、待たせたか?」


「そうだね、かなり暇だったことは認めるよ」


「はははっ、それもこれで終わりだ」


 アンセルムがそう言って、馬の荷物を軽く叩くと荷物?が身動きしました。荷物?は人間位の大きさですが、もしかすると問題の人物だったりするのでしょうか?


「もしかして、それはブルーデス伯爵なのか?」


「ああ、面倒をかけさせてくれた、張本人だよ」


「面倒? 城攻めはそんなに大変だったのかい?」


「いいや? ゴーレムを一体城の中に送り込んだら、決着は着いたぜ。だがな、この伯爵様は抜け道から逃げ出してな、一応警戒はしていたから逃さずに済んだが、追いかけっこをする羽目になった訳なんだ」


 どうやら、ブルーデス伯爵はかなり往生際の悪い人物の様ですね。兵団員の手で袋の様なものから引っ張り出された人物は、キツネを思わせる風貌の貴族でした。


「それじゃあ伯爵様、さっきお願いした通りに、兵士に命じてもらえますか?」


 アンセルムの言葉遣いは一応丁寧でしたし、表情も笑顔でしたが、近くから見ていた僕にはその目が笑っていないのが良く分かります。その目だけを見れば、”おっさん、面倒をかけるなよ。何なら生まれて来た事を後悔させてやってもいいんだぜ!”等と物騒な事を考えているのが分かります。

 無論それは、ブルーデス伯爵にも伝わった様です。機械の様にカクカクと首を縦に振ると、アンセルムに引っ張られる様にして、ゴーレム部隊の足元まで移動されられました。そして力の無い声で、


「我が兵士達よ、諸君らは良く戦ってくれたが、知っての通り形勢はかなり不利になっている。そこで私は苦渋の決断をして、トリステイン軍と和平を結ぶ事にした。徴兵された領民はその任を解除するので好きにするが良い。ゲルマニアの正規軍はヴィンドボナに戻って陛下の指示に従ってくれ。以上だ、解散!」


 伯爵の話は、前の方に居た兵士にしか聞こえなかったと思いますが、それがそこにいるゲルマニア軍全体に伝わるには、それ程時間はかかりませんでした。徴兵されたと思われる兵士達が真っ先に(ゴーレムを避けながら)思い思いの方向へと去って行き、正規兵も小集団に固まって、北東の方向を目指して歩き出しました。


「ふぅ、これで一段落だね」


「何言ってるんだ、ラスティンが働くのはこれからだろ?」


「うっ!」


 言われてみれば、これからの方が大変な気がします。敵国の領土を支配する事がどれ位大変な事かは、考えるまでも無いでしょう。アンセルムがこう言った方面に向かないのは間違いないでしょうし、兵団の武力を後ろ盾にしているとはいえ、すんなりと支配はさせてくれるという事は考えづらいです。

 一応、ギ?センの町に向かう事にしましたが、最悪ブルーデス伯爵だけを戦果にしてトリステインに帰る事を検討しなくてはならないかも知れません。この逆侵攻自体の目的は達したはずなので、それで問題は無いでしょう。領土的な野心を持って侵攻をかけた訳でも無いので、ブルーデス伯爵領を陥落させた責任を取る気は全く持っていなかったりします。(無責任な侵略者も居たものですね)


 然程時間をかけずに兵団の半分を率いて、ギ?センの町に入る事が出来ました。町の外部では、アンセルムが率いていた方の兵団員達が、町を威嚇するように包囲していますので、当然の事ですが、町には人っ子一人住民は見かけられませんでした。

 町に東側には、丘の上に立派な城が建っています。その立派な城壁の一部が、半分ほど崩れているのが見て取れます。多分あそこからゴーレムが城内に侵入したのでしょう。城に酷い被害が無かったということは、激しい抵抗も無かったのでしょう。大半の兵士がトリステイン侵攻に狩り出された結果だとは思いますが、兵が多くても結果は変わらなかったと思います。町に被害が無かった様子なのは正直良かったと思える事です。(敵国の国民とはいえ、無関係な人達が傷付くのは、あまり見たくないですからね)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る