第78話 ラスティン21歳(魔法兵団来る:逆侵攻)


 そして翌朝、早朝にも関わらずライデンの町の人々に見送られて僕達はゲルマニアに向けて出陣する事になりました。昨晩は、アンセルムが訪ねて来て、


「ラスティン、本当に今回の侵攻に参加するのか? 何だったら、この町に残ってもいいんだぜ?」


「その話は終わったはずだろ、この町はカルヴィンさんがいれば何とかなるし、この領土の統治もマリユスに経験を積ませるという事を説明したじゃないか。大体、一人でもメイジが必要な時に、僕だけが参加しないなんて有り得ないよ? 兵団員の皆だけを危険な目にあわせるというのも性に合わないしね」


「まあいいか、こちらの予定通りと思えば良いだけだしな」


「おい、その予定通りというのを、詳しく話してもらおうか?」


「いいや、会長に止められているんでね。後のお楽しみという奴だ」


なんて会話をしたのですが、”後のお楽しみ”という言葉にこれほど不安を覚えたのは始めてかも知れません。おっと変なことを考えていたら、出発の号令がかかった様です、前進を始めた兵団の後ろに付いて進軍を開始する事にします。今回は、事情があって護衛隊がそのまま僕の護衛についているので、先の戦いの時よりは安心出来ます。


 今朝届いた、キュベレーからの最新情報では、ゲルマニア軍は国境の平原で軍を再編している最中だという事です。テティスの分析によると、今回も大半の兵士が徴兵されたばかりの様なので、これは良い知らせです。また、ゲルマニア軍が駐留している場所から、少しゲルマニア内部の方向に行くとラセーヌ川に行き当たるそうなので、1度形勢が決まればかなり有利に戦いを進める事が出来そうです。(テティスの分析だと安心出来ますね、キュベレーも早く彼女くらい人間の事を学んでくれると良いのですが)

 そして、あまり嬉しくないのが、ゲルマニアの首府ヴィンドボナ方面から、援軍と思われる軍隊が進軍中という事でした。到着にはまだ数日かかるという予想だったので、今回の戦いが短期で終われば、恐れる事は無いはずですが油断は禁物なのでしょう。アンセルムにもこれらの情報は伝えましたが、戦術的には変えるつもりがない様です。(少し表情が厳しくなった様なので、時間的に厳しくなったのが想像出来ます)


 結局、午前中で何とか予定の国境地点に到達する事が出来ました。ここで一時休憩をとって、そこからはレーネンベルク魔法兵団の真価が発揮される時です。メイジの特性上、守りにはあまり向かないですが、攻撃側に回った兵団の恐ろしさを、ゲルマニア軍に思い知ってもらう事になるはずです。


「よーし、この辺りで小休止に入る。ここからは気が抜けないからゆっくり休んでおけよ!」


 アンセルムの号令で、兵団員が一斉に休憩に入りました。僕は、それに合わせてキュベレーと念話を試みます。


『キュベレー、聞こえるかい?』


『はい、大丈夫です。ゲルマニアの人達には、変わった様子は無いですよ?』


『そうか、そのまま監視を続けてくれ。何かあったら直ぐに知らせてくれよ』


『はい』


『テティスは?』


『偵察と嫌がらせに行くと言ってました』


『嫌がらせね、テティスの方はまあ任せておこう。しばらくしたら、僕達はそこに向かうから、その時は君も後方から支援してくれるかい?』


『はい、任せて下さい!』


 キュベレーからは、元気な返事と共にやる気が伝わって来ました。テティス方が何をやっているか分かりませんが、きっと効果的な嫌がらせをやっている事でしょう。さて、準備は整ったと思うので、後は実績を見せるだけですね、こんな所でゆっくり休める程度胸は据わっていませんが、一応身体を休めておきましょう。


「よーし、小休止終了だ。これから、北東を目指すぞ。1.5リーグ程飛ぶ事になるが、なるべく低目を飛んでくれよ。敵軍に見つかりたくないからな、それじゃあ、準備が出来た者から続いてくれ!」


 アンセルムはそう言って、護衛隊に合図します。すると護衛隊の2人の兵団員がアンセルムを両側から、持ち上げるようにして、フライの呪文を唱えます。護衛隊の2人に引き上げられて、アンセルムが宙に浮き上がります。宙を舞うというほど華麗ではありませんでしたが、アンセルム自身は気分が良さそうでした。

 兵団員達が、それを追うように次々とフライを唱えて、浮き上がります。僕自身も、それを追いかける事にします。さて、ここからが本番ですよ!

 低空を飛んだ事もあって、かなりの速度が出たのでそれほどかからずに、目的の丘の裏側に着きました。誰も喋らないまま、アンセルムが腕を上げると、土メイジ達が小声で詠唱に入ります。程なくして、昨日のシルビーさんのよりは小ぶりですが、それでも十分の大きい多分400体を超える土ゴーレムが完成しました。(あれ?200体の予定だった気がするのですが、土系統のトライアングル以上のメイジは予想より多かった様です)

 目の前の丘を材料にしたゴーレム部隊が完成するとアンセルムの、


「突撃させろ!」


という号令と共に、ゴーレムたちの前進が開始されます。予想通りでしたが、その動きはかなり緩慢だったりしますが、破壊力と威圧感に関しては申し分はありません。地響きを上げながら、ゲルマニア軍の陣地に向かって肩を並べるようにして、歩いていくゴーレムの姿を見て、僕が思ったのはヨルムンガントではなく、前世のアニメで見たあれの姿でした。(こちらは腐ったり、ビームを発射したりしませんが。槍を持たせたり、頭部の形状を少し変えてみると面白いかも知れません)


 ゴーレム部隊から少し距離をとって僕達も前進を開始しましたが、近付くにつれてゲルマニア軍の陣地の様子がはっきりしてきました。その様子は一言で言って大混乱と呼ぶに相応しい状況でした。見張りは直ぐに気付いて、警笛を鳴らした様でしたが、それからの対応はお粗末な物でした。

 どう見ても効果の無さそうな弓が撃たれたり、押し出された様に前に出てきた歩兵がゴーレムが近付いて来ると逃げ出したり、訓練されている銃兵までもが無駄な発砲を始めさえしました。少しすると、効果が無いのに気付いたのか、大砲が持ち出されて来ましたが、その頃には兵団のゴーレムは陣地の直ぐ傍まで押し寄せていました。


”ドーン”


 至近距離からの大砲の発砲だったので、あまり正確な砲撃というわけには行かなかった様ですが、一体のゴーレムに砲弾が命中しました。そのゴーレムの胸辺りの大穴が開いたのを見て、ゲルマニア軍から歓声があがりましたが、それも直ぐに呻き声に変わる事になりました。そのゴーレムは何事もなかった様に前進を続け、穴も直ぐに修復された為でしょう。


”ズシン、ズシン”


という足音と共に、更にゴーレムの前進が続くと、ゲルマニア軍の一部が逃げ出し始めました。その流れは滞る事が無く、直ぐにゲルマニア軍全体に波及して行きました。

 その頃になると、キュベレーも行動を開始していた様です。ゲルマニア軍の後方で、


「わぁ?!」


と何やら叫び声が響いているのがその証拠でしょう。後で確認した所、それは落とし穴でした。殺傷力という面ではあまり効果がないのでしょうが、撤退を始めた軍が混乱を深めるには非常に効果的でした。落とし穴に驚いて足を止めた兵士を、後ろから押し寄せた兵士が押し倒す事になり、かなりの負傷者が出たと思われます。

 ゴーレム部隊が、ゲルマニア軍の陣地に到達する頃には、敵の混乱はピークに達していました。後方だけではなく、左右にも分かれてバラバラに逃げる敵兵を、僕達は呆れ顔で眺めているだけでした。ですが、驚くべきなのは、敵を撤退に追い込んで更にかなりの被害を与えているにも関わらず、兵団員のほとんどが敵に対して呪文1つ唱えていないという事実なのでしょう。現に、兵団員に被害は全く出ていなかったりします。

 ですが、ゲルマニア軍の兵士が別段劣っているとは思いません。考えてみてください、この世界で例えるのは難しいですが、前世でビル4?5階建ての人型の物体が攻撃を物ともせず真っ直ぐ自分のほうに向かってくる情景を。


 ゴーレム部隊はそのまま敵陣を文字通り踏み荒らす感じで、その歩みを進めます。ですが、ゴーレム自体の出す被害は、実際の所大したものではありません。さっきも言いましたが、ゴーレムの動きは緩慢なものです、踏み潰されたいとでも思わない限り、避けるのは怪我人でも難しいものではありません。

 まあ、彼らも兵団員の手で武装解除されてしまう運命なのですが、死ぬ事を考えればかなり良い運命なのだと思いたいものです。放心状態のゲルマニア兵士を拘束するのは魔法を使うどころか、子供にでも可能なのではないでしょうか?


 そんな状態にも関わらず、ゴーレム部隊、そして魔法兵団の進行速度は緩まりません。まあ、元々人が歩く程度の速度だったりするのですが。時間的な制約の為だと思いますが、アンセルムは、


「進め!」


とだけ指示を出します。ゴーレムは指示を出さなければ、真っ直ぐ進むだけなので、自然と兵団も引っ張られる様に前に進む事になります。まあ後を追われるゲルマニア兵には堪ったものではないのでしょうが、僕達は前進を継続します。途中で、色々な物(人間以外)を踏み潰して、ゴーレムは前進を続けます。僕はキュベレーにゲルマニア軍の行方を追う様に命じましたが、意味があるのか不安になったりしてしまいます。

 そして、キュベレーが教えてくれた、敵兵が集結している場所は意外と近くでした。ゴーレムの進行速度が遅い事を見抜いていると思えます。アンセルムにこの事を知らせると、


「面白いじゃないか! 誘いに乗ってやろうぜ」


等と言い出しました。再集結したゲルマニア軍を再度撃破する意義は分かりますが、楽しそうに言うのは正直勘弁して欲しいと思います。再集結は、すぐそこと呼べる場所で行われて居るのが確認できましたが、アンセルムは慌てるでもなく、そのままのペースで、ゴーレム部隊を前進させます。この様子は、すぐ傍で見ている僕には、相手を誘っている様に見えました。

 そして誘い出されたとも気付かずに、敵部隊の一部の騎馬隊がこちらに向かってゴーレム部隊の右手を回って突撃をかける気配を見せました。その時、アンセルムが軽い口調で、


「ラスティン、右手を上げてみろよ。面白い事が起こるぜ」


と話しかけてきました。(けしかけるという表現が適切じゃないでしょうか?)

 悩んで仕方が無い事だと思ったので、言われるままに右手を上げると、それに呼応して右手の兵団員たちが呪文を唱え始めました。


「右手の騎馬隊に向けて、撃て!」


 そして、アンセルムの号令と共に、一斉に騎馬隊に向けて呪文が放たれます。いえ、正確には騎馬隊の足元に向けてだったのでしょう。呪文が着弾すると、ここから見ても分かる程地面が凍結して、敵の騎馬隊はその凍結した地面の周辺で、”コントかよ!”と突っ込みを入れたくなるほど、見事に転倒してくれました。

 さすがに、騎馬隊をそのまま放置する訳にもいかず、兵団員がパラライズで制圧にかかりましたが、騎馬隊の実数は思ったより少なく、多く見積もっても500騎と言った所でした。正直彼らの意図が分からなかったりします、この数では兵団員2000を相手するには不足なのは明白で、結果もそれを証明してます。

 制圧された敵の騎馬隊でしたが、一部で問題が発生している様です。多分この部隊の指揮官だと思われる男性が、兵団員の呪文にも耐え切った様で、暴れているのがここからでも確認出来ます。大した精神力ですね、それとも思い込みが激しいタイプだったりするのでしょうか?

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