第60話 ラスティン20歳(母なる大地の精霊来る:前編)


 一晩、僕の直接の部下になる”欠食児童”たちの扱いを考えました。昨日話を聞きだす事ができた二つ目の専攻が、本来の彼らの専攻では無いことは確実なので、本当の専攻を考慮してみました。


 ユニスは、経済が専攻だったので、我がレーネンベルク家の金庫番セルジュの下に送る事にします。まあ、ユニスなら大した問題も起さず、仕事を覚えてくれるでしょう。将来的には、ワーンベルの経済活動全般を見てもらう事も考えています。


 マリユスは政治全般と言っていたので、マルセルさんの下で修行させる事にしましょう。親子と言う事が必ずしもプラスに働くとは言いませんが、彼らの場合は確実にプラスに働く事でしょう。ちなみに、マルセルさんに昨日の晩餐の話を聞くと、マリユスは昔から、食事の時になると人が変わるそうです。それが高じて専攻にまでなったそうです。


 アンセルムは軍事でしたね。レーネンベルクに居る限り軍事の専門家の出番があるとは思えませんが、用心に越したことはありません。魔法兵団長のマティアスの所に送り込んで、警備隊の仕事を手伝ってもらう事にしましょう。最近ワーンベルの周辺に出没する盗賊団の退治を命じてみると良いかも知れませんね。


 残るは、キアラですが。彼女をどの様に扱うか本気で悩みました。誰かの下に送って様子を見ると言う事も考えましたが、裏で策動される危険もあるので、僕の手元に置いて監視を続ける事にしました。あの人が居なくなってから、空席のままだった秘書役を務めてもらう事にします。


 大よその方針が決まったので、”彼ら”を集めて、1つ教育をする事にします。勿論、食事の時の行儀作法ですよ?

 彼らは、ワーンベルの顔、将来的にはレーネンベルクの顔、そして多くの平民の皆さんの期待の星にならなくてはいけないのですから、宮廷作法とまでは行かないまでも、何処に出しても恥ずかしくない程度の行儀作法は身に付けてもらうつもりです。


 どうでも良いですが、納得行くまで行儀作法の練習をさせたら、1週間もかかりました。彼らは本当に使い物になるのか不安になりました。


===


 以前から極秘で始めていた、”風石”の調査がある程度形になりました。キュベレーには感謝の言葉が見つかりません。経過は、転生者の仲間には知らせてあるのですが、実際に対応策が打てるのは現状、僕だけだったりします。

 変な話ですが、転生者の中でも、”風石”の認識は異なります。何処まで物語(歴史)を知っているかの影響だと思いますが、ローレンツさんはこの問題にほとんど興味はありませんが、ジェリーノさんは非常に興味を持っています。エルネストは、”風石”話自体を信じていませんし、ミネットは風石を使って何か発明が出来ないかとまで考えを進めています。

 こう書くと、転生者が死んだ時点と、転生した時点に相関が無い事が分かります。サンプルが少なすぎて、はっきりと言えないのがもどかしい所ですが、予想通りならば原作開始の時点に向かって転生者が増えると思うので、何らかの結論が出せるのかも知れません。


 少し話が逸れてしまいましたが、今はどう大隆起を防ぐかです。キュベレーとその兄弟姉妹の協力で、ハルケギニアの地形は、ほとんどまとめる事が出来ました。ここまで精巧な地図は何処にも無いでしょう。そして地図には、風石の埋蔵されている場所が示されています。ある程度の密度がある場所だけですが、多分問題ないでしょう。

 多く風石があるのは、レーネンベルク山脈の我が国側から、ガリアを縦断してロマリアの中央部までの帯状の地域です。ガリアの西部や、ゲルマニアには、それほど風石は確認出来ませんでした。調査結果から、トリステインとロマリアは壊滅的な被害に逢う事が分かります。ガリアの被害もかなりの物でしょう。影響が少ないのは、ゲルマニアとエルフ達の領域だけです。


 この時点で、僕の選択肢は、


1.各国の首脳部にこれを知らせて、ハルケギニア全土を挙げて、風石対策に乗り出す

2.個人的に動き、キュベレーとその兄弟の力を借りて対策を行う


でしょうか?


 本来なら、1を選択するべきなのでしょう。聖エイジス31世でもあるジェリーノさんが旗を振ってくれれば、不可能ではないはずです。ですが、ジェリーノさんはブリミル教を極力政治権力から遠ざけようとしているはずです。僕が依頼をすれば、明らかに、この流れに反する事を依頼する事になります。それに、影響の少ないゲルマニアがどんな行動をとるかも予断を許しません。

 一方、2は多分時間必要とするのが予想出来ます。キュベレーの兄弟が力を貸してくれたとしても、人海戦術の様な事は出来ないでしょう。自然と長期戦になります。こちらは時間との勝負になると思います。最悪、対応が間に合わず、”大隆起”が発生という事態も有り得る話です。

 キュベレーによると、大地の精霊にとって”風石”は邪魔な存在という事なので、もしかしたら協力が得られるのかも知れません。あまり理解出来ませんでしたが、風の属性を持つ”風石”は受け入れられないらしいのですが、石という大地の属性も持っていることで、上手く切り離す事が出来ないという話でした。


 僕は結局、どちらも選ぶことが出来ずに、両方選択する事にしました。ジェリーノさんに意見を求めると共に、キュベレーに兄弟の説得を頼んだ形です。この選択が正しかったのか、結果は直ぐに出る事になりました。キュベレーを送り出し、ジェリーノさんに手紙を送った翌日の朝、執務室に入り仕事を始めた直後に、キュベレーからかなり切羽詰った感じの念話が届きました。


『ラスティン! お母様が、お母様が!』


 その念話の後を追うように、異様な念話が僕の頭に届きました。例えるなら、何千何万の人が何か(誰か?)を探しているという感じでしょうか?その異様さについ、


「誰だ!」


と声を出してしまいましたが、完全に失敗でした。


 彼ら?の意志がだんだん僕に集中してきたのが感じられます。しかもそれには明らかな敵意を感じます。敵意が集中して来たのに無意識に反応して、杖を手に取りましたが、僕の魔法が役に立つかは疑問です。更に敵意が集中してくると、押し潰されるような感覚がして来て、慌てて屋敷から飛び出しましたが、それは更なる敵意の集中と言う結果をもたらしただけでした。

 何となくですが、その謎の意志はワーンベル鉱山の方から来ていると感じます。そう思った瞬間、ワーンベル鉱山自体が、鳴動しました。ですが、僕にはそれが”声”に聞こえました。


『私が代表して話しましょう。人の子よ、貴方が”我が子”を使役しているのですか?』


”我が子”というのは、キュベレーの事でしょうか?冷静な女性の様に聞こえる”声”ですが、その裏には冷たい物を感じます。問いには否定したいのですが、無意味なのでしょうね。


「はい、キュベレーの主人(マスター)は僕です!」


『貴方のせいなのですね、”我が子”が仲間に労働を強制したのは!』


僕は”強制”と聞いて、否定の言葉を発しようとしましたが、またもや、彼ら?の意志が一斉に押し寄せ、思わず膝をついてしまいました。今回の意志には、明らかに殺意という物が篭っています。彼らの意思が集まるにつれて、僕の意識がかすれて行くのを感じます。このままでは、何もされないままに殺されると、働かない頭で考えた瞬間、


「ラスティン!」


と、キュベレーの声が聞こえ、途端に頭が働きだしました。いつの間にか閉じてしまっていた目を開くと、目の前に小さなキュベレーの姿を見ることが出来ました。彼女の小さな姿が、今までに無く頼もしく感じられます。


 ですが、彼らから感じる殺気は未だに治まりません。いえ、殺気自体は先程より強くなっている気さえします。


『退きなさい、”我が子”よ!』


例の冷たい女性の声が響き渡りましたが、キュベレーは、


「させません、ラスティンが悪いんじゃ・・・」


と苦しそうな声で答えます。


『そうですか、仕方が無い』


 冷たい女性の声が、こう答えると、僕に対する殺気が一気に膨れ上がりました。


「ダメ?!」


という、キュベレーの悲鳴が何故か遠くで聞こえました。本気で死んだと思いましたが、その瞬間はやって来ませんでした。気付くと、先程までの殺気が霧散しています。

 周りを見渡すと、キュベレーと似た感じの精霊達(多分百体?はいるでしょう)が、僕を守りように取り囲んでいるのが分かりました。そして、キュベレーの首筋のルーンが眩しいほどの光を放っているのも分かりました。

 僕は、キュベレーとその兄弟姉妹に助けられた様です。安堵のあまり、尻餅をついてしまった僕に、キュベレーが抱きついて来ました。


『まあ、良いでしょう。その子に免じて今回は許しましょう。次はありませんよ』


 冷たい女性の声には、もう何の感情も篭っていませんでした。ですが、ここで僕の口からは思ってもみない言葉が出てしまいました。(こんな危険な存在からは一刻も早く遠ざかるべきだと言うのは分かっているのですが)


「貴女が、キュベレーの母親なのですか?」


『我々には、母親と言う概念は無い。この子は我々から別れた存在なだけ』


「貴女達にとって、”風石”は迷惑な存在と聞いていますが、本当でしょうか?」


『・・・』


 返事はありませんでしたが、言葉が止まりませんでした。まるで僕自身が二つに分離して、もう一人の僕が勝手に喋っている様です。(変な例えですが、理性と知性が分離して、理性では逃げようと思っているのに、知性が勝手に身体を操っているといった感じです)


「僕達人間に、”風石”を大地から取り除く手伝いをさせてもらえないでしょうか?」


『手伝い? 我らを利用するの間違いではないか?』


「そういう側面があるのは認めます。ですが、貴女達にとって、”風石”が無くなるのは、喜ばしい事ではありませんか?」


『・・・』


 彼女達が何か相談している様な気配がしますが、言葉が止まりません。


「何も地上まで運び出せと言っている訳では無いのです。”風石”を何処かに集めてさえもらえれば、僕達が何とか掘り出してみせます」


『・・・、良いでしょう、その提案を受け入れましょう』


 説得が成功したという事実を信じられない思いの僕に、今まで沈黙を守っていた、杖精霊のニルヴァーナが急に話しかけてきました。


『ラスティン! なるべく早く、そして人には影響が出ないようにという条件を加えなさい』


「”なるべく早く、そして人には影響が出ないように”お願いします」


 僕はほとんど自動的に条件を付け加えました。


『・・・、善処しましょう。集める場所が決まったなら、我が子の誰かに伝えなさい』


 それだけ言うと、彼女達?は去って行った様です。僕は未だに続いている二重感にぼんやりしながら、キュベレーがその兄弟姉妹にお礼を言って彼らを見送っているのを見ているだけでした。この時は何かが、おかしいとぼんやり感じているました。

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