第61話 ラスティン20歳(母なる大地の精霊来る:後編)
あれからどれ位経ったか、良く分かりませんが、
「あの、ラスティン様? 被害の第一報が入りましたが」
というキアラの声で、急に現実に引き戻された気がします。キアラは何と表現すれば良いのか迷う様な表情を浮かべています。面白そうとも、不気味そうとも取れる表情です。そして、その目は”何、この変な人は?”と言っている気がします。
「キアラ、今のは」
「まあまあ、ラスティン様が地震が怖いという話は、秘密にしておきますから、心配なさらないで下さい」
地震を僕が怖がる?なんの話でしょうか?まさか!
「キアラ、君には今何が起こった様に見えたんだ?」
「え? ラスティン様が急に執務室を飛び出して、直ぐに大きな地震が起こりました。ラスティン様は、多分混乱なさったのでしょう? 真っ青な顔で何かを叫んでいらっしゃいましたよ」
キアラの声は、とても優しく聞こえました。(絶対変な奴だとか思っているんですよね?)
最悪です、殺されそうになったり、あんな存在とハルケギニアの存続の為に交渉をしたのに、傍から見ればただの臆病者という訳です。しかもそれをキアラに見られるなんて、物凄く落ち込めそうです。
そうだ、クリシャルナなら! 先日トリステインを一回りして来たと言って、彼女がワーンベルに戻って来たのです。彼女なら何か分かるかも、と思ったのですが、地震と被害という言葉が急に僕の中で繋がりました。
「キアラ! それで被害の状況は?」
「先ずは、執務室に戻りましょう。町の地図を見ながらの方が良いと思いますから」
「そうだな、急ごう!」
急に正気?に戻った僕にキアラは戸惑い気味でしたが、走り出した僕に続いて、執務室に向かってくれました。町の地図を前に、被害の第一報の報告を受けていると、次々に報告が入って来ました。
マルセル,マリユス親子は、一足先に町に出て現場で指示を出している様です。僕の方も、魔法兵団方面を中心に指示を出して行きます。
・兵団内部の被害状況の確認
・被害の無い治癒魔法が使えるメイジを旧市街中心に派遣
・緊急事態に対応できる様に、兵団員100人程を屋敷に待機
・その他のメイジで、町の設備の修復
とりあえずはこんな感じでしょうか?
あ!後は、周辺の町や村の状況を確認しなくてはいけません。マルセルさん視点では、町の内部は十分ケアがされるでしょうが、兵団関係やワーンベルの外は僕の受け持ちになるでしょうから。外といえば、外部からの救援を求める必要はあるでしょうか? とりあえず、父上の所と、ラ・ヴァリエール公爵家には救援要請を出す事にしましょう。震源地はここであることは分かっているのですから、マリロット辺りならそれ程被害は出ていないでしょう。
僕が方針を決めるのを、キアラが例の目付きで見ていましたが、今はそれを気にしている時ではありません。僕は方針を決めて、各所に使者を送ると、自分も救援活動に参加することにしました。キアラが何か言いたそうにしていましたが、今は無視です。
「キアラ、僕も救援に参加するから、何かあったら知らせてくれ!」
「は、はい、分かりました」
===
僕が救援活動に一区切りを付けて、屋敷に戻るとキアラの手で、被害状況がまとめられていました。
・重傷者:約200人
・軽傷者:約5000人
・家屋の全壊:100棟
・家屋の半壊:500棟
・その他:道や水路の損壊は対応済み
という結果でした。死者が出なかったのは幸いでした。死者が出ていれば、僕は自分の選択を後悔する事になったでしょうから。(何故か、周辺の町や村では、全く被害がありませんでした)
被害の状況をこの目で確認した結果では、この地震は震度4?5程度だったんだと思います。地震がほとんど起こらないハルケギニアでは、かなりの規模ですが、前世の記憶を持つ僕には、被害が大きすぎると感じました。現に、工場街や住宅街では被害らしい被害はほとんど報告されていません。
家屋がかなり全半壊している割には、死者が出ていないのには、理由があります。ゼロ戦や機銃を複製する事を考えて、セキュリティーの高い施設を作る必要を感じた僕は、旧市街の用地買収を始めていたのです。この話が結構進んでいたので、旧市街の古い建物の住人は新市街にほとんど移動していたのが、今回の被害が少なかった理由の一つかも知れません。この偶然に僕は信じてもいない始祖ブリミルに感謝したくなりました。
完全に余談になりますが、僕が屋敷に戻った頃になって、クリシャルナが姿を現しました。
「ラスティン、何があったの? 随分と町の方が騒がしいみたいだけど」
「えーっと、今日何か変な事がなかった?」
「変なこと? そう、それよ! 朝何だか変な視線を感じて目を覚ましたんだけど、その後何だか凄い悪意か敵意をぶつけられてね。さっきまで気絶していたみたいなの」
精霊への感能力が強いもの考え物らしいですね。クリシャルナから、あの存在についての話を聞くのは難しいかも知れません。僕はとりあえず、あったままの状況をクリシャルナに聞かせました。すると、彼女からは、
「大地の大精霊に殺されそうになった? ラスティン、貴方なんで生きてるの?」
というとてもありがたい言葉でした。確かに、”死ぬかもと思った”というレベルは簡単に飛び越えて、”完全に死んだと思った”とか”生きてるのが不思議”と言ったレベルの経験をしたのは事実なのですが、全く冗談になっていません。
===
夜になると、兵団本部からの救援部隊が到着しました。友人のカロリーヌが部隊をまとめているのには驚きました。でも、その少し後に、ラ・ヴァリエール公爵家からの救援部隊が到着したのにはもっと驚きました。勿論その代表は、エルネストでした。僕は、カロリーヌとエルネストに救援部隊への指示を出してもらった後、彼らを屋敷に招く事にしました。
「カロリーヌ、迷惑をかけるね。正直君が来るとは思っていなかったから、助かるよ」
「お礼は、団長に言ってよ。”君の方が、ラスティン様には都合が良いだろう”と言って、私にこの仕事を擦り付けた人にね」
「ははは、でも本当に助かったよ。ありがとう! 君が友人である事に感謝しなくちゃいけないな」
「いいえ、どういたしまして」
カロリーヌが少し照れ気味に答えてくれました。僕はエルネストに視線を向けて、
「ところで、お前は本物か?」
と半分本気で尋ねました。
”ゴン”
という鈍い音が、応接室に響き渡りました。エルネストがテーブルに頭をぶつけた様です。らしくもないオーバーアクションをしますね、まさかホントに偽物なのでしょうか?
「スティン、君のピンチに駆けつけた友人に向かってそれは無いだろ? でも、言いたいことは分かる。どうしてこんなに早くここに来ることが出来たか?だろ。テティスが、レーネンベルク方面で、何か大事件が起こったと教えてくれたから、出来るだけの人員を集めて、レーネンベルクに来たんだ。ワーンベルが現場と知ったのは、君の父上に話を聞いたからだ」
名前が呼ばれたせいか、テティスがエルネストの肩にちょこんと腰掛けました。テティスの話が出たので、カロリーヌは気を使って席を外してくれました。
「そういえば、ワーンベルには、アルマントじゃなくって、コルネリウスがいるんだったわね。少し手伝いをしてくるわ」
まあ、僕やエルネストが精霊の様な見えない存在と会話するのを、見るのはあまり気分の良いものではありませんからね。折角の機会なので、兵団に入った僕の友人達の現在の状況をお話しておきましょう。
***
・ガスパード・ド・コリニー
彼は、見事なまでに土系統が使えなかったので、警備隊に所属になりました。やはり亜人退治や盗賊の討伐は性に合わなかったそうですが、町の警備等を張り切ってやっていると報告が入っています。
・アルマント・フォン・リューネブルク(コルネリウス・フォン・ブラウンシュワイク)
表向きは、アルマント・フォン・リューネブルクを名乗っています。友人達も、アルマントと呼んだり、コルネリウスと呼んだりで、まだ多少困惑気味です。
コルネリウスは、当初警備隊に入って、メイジとしての腕を磨き、”その日”に備える積もりだった様なのです。しかし、同時期に錬金隊から”訓練”の為に出向したメイジに、影響を受けたらしく、
「このままでは、魔力が全く足りないんだ。錬金隊に行けば魔力が上がると聞いたが、本当か、スティン?」
と、相談を受けました。傾向として、魔法を毎日の様に、時には限界まで使う事が多い錬金隊には、魔力が高いメイジが多いのは確かです。
「はっきりとは言えないけど、そういう傾向はあると思う」
「そうか、スティン! 俺を錬金隊に移してくれ」
「良いのか? 寄り道になると思うよ?」
「構わない、今の俺では、メイジとして半人前だと、思い知らされたからな」
「分かった、手配しておくよ。でも錬金隊は結構大変だよ?」
「望むところだ!」
こんな経緯もあって、コルネリウスはワーンベルに居て、日々錬金を続けているのでした。多分トライアングルに昇格するのも近いと思います。
・セレナ・ド・ブランブル
彼女には、その知識を使って新型の”銃”の開発に手を借りました。警備隊所属なのですが、ガスパードと違いバリバリの前衛として、活躍しているそうです。(何かメイジとしては間違っている気がします)
・カロリーヌ・ド・オーリック
彼女の方は、医療隊の一員として、国中を飛び回っている様です。趣味が高じて、魔法薬を使った治療では、医療隊でも優秀な人材と目されている様です。(試作の魔法薬を、治療に使ったという噂も聞きましたが、問題が無かった様なので、目を瞑る事にしました)
そして大事な事が1つ、多分ですが、ガスパードとカロリーヌは互いを意識し合っている気がします。カロリーヌが医療隊にいる為に、仲が進まないのをもどかしく感じている様です。ここは、二人の友人である僕が何とかしなくては、いけない場面なのでしょう。
***
「スティン、どうしたんだ?」
「いや、ちょっと考え事をね」
「疲れているのか? 出来れば何が起こったのか教えて欲しいんだが」
「構わないさ、何が起こったかなんだけど・・・」
僕はエルネストに、今日の出来事を話しました。その肩では、テティスが何故か熱心に聴き入っています。
「大地の大精霊ね。また厄介な物に手を出したんだな」
「そうだな、すごく反省しているよ。こんな事になるとは思っていなかったからね」
「ラスティン、良く生き残れましてね? 大地のお母様に命を狙われて、その上そんな交渉を申し込むなんて。でも、あの”引きこもり”が力を使った理由が分かりましたよ」
精霊にまで、生き残った事を呆れられてしまいました。しかし、”引きこもり”というのは誰なんでしょうか?
「まあ、そっちはスティンに任せるさ。僕も負傷者の治療に出るよ」
「ああ、僕の方も休憩を終わりにするかな。エルネストには、是非やって欲しい事があるしね」
「何だか、嫌な予感のする言い方だな」
エルネストには、特に重傷者の治療に当たってもらおうと思います。あの”課外授業”のコルネリウス程ではないですが、多分僕とエルネストが協力しないと回復が難しい怪我人も多いですからね。”サラスヴァティーの慈雨”がまだ幾つか残っていたはずです。今からは、限界まで魔法力を精神力を酷使する事になるでしょうから。
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