第37話 ラスティン15歳(レーネンベルク家全滅す、あるいはちっちゃな侵略者)


 僕が王宮を訪問してから2週間が過ぎました。ワーンベルの状態は順調そのものなので、細々とした書類と格闘しながら、出来上がって行く工業品の出荷状況を眺めている、平和な日々を過ごしていました。


 そんなある日のことです。突然、父上から至急、実家に戻れという手紙を受け取りました。手紙には詳細が書かれていなかったので、仕方なくマルセルさんに後を任せ、実家に戻る事にしました。でもこの時は、レーネンベルク家があんな事になっているとは想像もしていませんでした。


 馬で屋敷まで戻ると、屋敷はなにやら落ち着かない雰囲気に包まれていました。真っ先に出迎えてくれるはずの、リッチモンドも今日は出迎えてくれませんでした。不審に思いながらも、自室に荷物を置き、そのまま父上の執務室に向かいました。ですが、何時もならこの時間執務室に居るはずの父上の姿が見当たりません。

 またもや不審に思いながら、偶々近くを通りかかったメイドを捕まえて、父上の居場所を尋ねると、言い難そうに、


「旦那様ですか?多分、2階の左側の一番奥の部屋にいらっしゃると思いますよ」


とだけ教えてくれました。そのメイドは直ぐに忙しそうに、何処かへ行ってしまいました。2階の左側の一番奥?おかしいですね。 そこは母上の部屋の隣になり、確か空き部屋だったはずです。

 僕は不審感を募らせながら、問題の部屋に向かいます。ですが、中からは物音1つ聞こえません。仕方なくドアを軽くドアをノックします。するとドアは、直ぐに内側から開かれました。


「父上、この様な部屋で何を」


 僕はその言葉を最後まで言うことが出来ませんでした。そこでは・・・































「シーッ!」




























 部屋には、屋敷の主だった者が集まっていて、何故か皆が一斉に、黙るように身振りで示してきたのです。部屋の中には見慣れない、いえ正確にはしばらく見なかった、子供用のベッドが置かれていて、そこには1人の赤ちゃんがすやすやと眠っていました。僕はそれを見ただけで大体の状況を知る事が出来ました。


 僕はその状態に呆れて、一人居間へと移動しました。後を追って父上ともう1人が居間へとやって来ました。


「ラスティン様、この度はお世話をお掛けします」


 その人物が、先ず口を開きました。見慣れない人物だと思いましたが、執事の格好をしたその男性を良く見ると会った事のある人物でした。


「ペルスランさんでしたか?オデット様はレーネンベルクを選んで下さったのですね」


「はい、私に最後の確認を任せていただきました。もし、実際にレーネンベルク家が信頼に値しないようであれば、お嬢様、ジョゼット様をロマリアにと命じられましたが」


「実際、レーネンベルク家を見ていかがでしたか?」


「はい、こちらならジョゼット様をお任せ出来ると確信致しました。私の様な一介の使用人に対しても分け隔て無い応対をしていただきました」


「それは良かったです。多少貴族らしくなくお育てする事になるかも知れませんが、それはこの家の家風だと思ってもらえば、ありがたいです」


「いいえ、レーネンベルク家であれば、立派な貴族として、ジョゼット様を育てていただけると、胸を張ってオデット様に報告が出来ます」


「それは良かった、オデット様にはよろしくお伝え下さい」


 ペルスランさんは1度頭を下げると、そのまま居間を出て行きました。多分ジョゼットの所へ戻るのでしょう。居間には父上と僕だけが残されました。


「ちちうえ?」


僕は意識的に声を低くして、父上に話しかけます。


「なんだ、ラスティン」


「父上は何時もならこの時間は、執務室で政務を行っていましたよね?」


「そうだな、今日は偶然時間が空いたのから、新しい我が娘の様子を見ていたのだ」


 そう言いながら、父上の目はあさっての方向を向いています。


「父上、もしかしてジョゼット様にかかりっきりで、政務を疎かにしてはいないでしょうね?」


「そんなことはないわ、大体、テオドラは役にたっていないですからね」


 僕の追及は、思わぬ所からの援護?でかわされてしまいました。


「母上、ジョゼット様の御加減はいかがですか?」


「ラスティン、あの子は既に我が家の娘です。貴方の妹になったのですよ」


「そうですね、言い直します。ジョゼットの機嫌はどうですか?」


「さっきまではぐずっていたけれど、今は眠っています」


「母上の目から見て、ジョゼットはどんな子ですか?」


「そうね、貴方よりは手がかからないでしょうね」


 両親には子供の頃にすごく心配をかけたので、この言葉には思わず言葉を失いました。


「冗談よ、女の子を育てるのは始めてですからね、貴方ともノリスとも勝手が違って少し戸惑っているという所かしら?」


「大丈夫なのですか?」


「ええ、乳母の経験豊かなメアリもいるし、新しくもう1人乳母として、オルガを雇ったから万全でしょう」


「オルガさんですか?」


「ええ、私には乳を与えることが出来ませんからね。後で紹介するわ」


「父上と母上が選んだ乳母なら心配はしませんが、一応は会っておきたいです。そういえばノリスを見かけませんでしたが?」


「あの子は、年甲斐も無くジョゼットに嫉妬しているみたいね。でも心配はしないで、ちゃんと話し合うつもりだから」


「ノリスは、まだ11歳の子供ですよ。お手柔らかに願いますよ」


「あら、私達から見れば貴方も十分に子供よ?」


 そう言って母上は僕の頭を撫でてくれました。その懐かしい感覚に暫く浸っていると、


「オルガ!ちょっといいかしら?」


と母上が声をあげました。オルガさんというと、新しく雇った乳母ですね。


「はい、奥様」


その声と共に、1人の女性が居間に入って来ました。その女性は胸に1人の赤ちゃんを抱えていました。ジョゼットでは無い様ですが?


「ラスティン様ですね、新しくレーネンベルクのお屋敷でお世話になる事になりましたオルガと申します」


「こちらこそ。抱えている赤ちゃんは、オルガさんのお子さんですか?」


「はい、娘のテッサです」


 先程ちらりと見たジョゼットよりは、幾分大きな赤ちゃんです。この子はジョゼットの乳兄弟になるですね。


「元気そうな赤ちゃんですね。この子がジョゼットの友人になってくれると嬉しいのですが」


 オルガさんは僕の言葉に戸惑っている様です。


「まだ、この家には慣れていないのですね。そのうち僕の言っていることが分かると思います。出来れば、テッサちゃんにはジョゼットの親しい友人になってもらいたいです。それだけは覚えておいてください」


 多少ぎこちなく頷いて、オルガさんは居間を出ていきました。オルガさんに関しても、母上に任せておいて問題ないでしょう。さて用件はこれで済んだと考えて良いのでしょうね。


「それでは、父上、母上、用件は済んだと思いますので、僕はワーンベルに戻る事にします。なるべくここには顔を出す様にしますが、ジョゼットのことよろしくお願いします」


「うむ、あの子はもう我が家の一員だからな、お前に言われなくても大切にするさ」


「あなたは、ジョゼットを甘やかせ過ぎない様に注意する必要がありそうね」


 そんな両親の言葉を聞きながら、僕は我が家を後にするのでした。


===


 その後、僕は1週間から2週間毎に、実家に帰る事にしました。実家に帰る度に、頑なだったノリスの様子が段々と変わって行くのを見るのは中々楽しい物でした。最初は泣き声にうんざりしていた様子だったのですが、2月もすると、ノリスはジョゼットにべったりでした。今では、ジョゼットの騎士気取りなのは見ていて微笑ましい限りです。それにしても父上ときたら、あんな調子ではジョゼットの将来が思いやられます。


「父上、ジョゼットはまだ生まれたばかりなんですよ。それなのに、こんなにドレスなんか用意してどうするつもりなんですか?」


「何を言う、ジョゼットは我がレーネンベルク家の娘なのだぞ。他所に出しても恥ずかしくない装いをさせるのが親としての勤めだろう。大体偉そうに言うお前こそ、ジョゼットに魔法宝石(マジックジュエル)のアクセサリーは早すぎだろう?」


「アクセサリーであれば、嵩張って邪魔になることはないじゃないですか。それにジョゼットがお嫁に行った時にも持参金代わりになります。何の問題もないじゃないですか」


 物語(歴史)通りならば、ジョゼットは魔法に関して何らかの問題を抱える事になるはずです。魔法宝石(マジックジュエル)のアクセサリーはそんな妹に送る兄としての心配りなのです。


「まったく、我が家の男達ときたら、ジョゼットにメロメロなんだから」


 そう母上がため息をつきます。


「そうは仰いますが、ジョゼットが我が家に来る前から娘が出来るといって色々手配していたのは、母上じゃなかったですか?」


===


 こういう経緯をエレオノールに話したら、


「そうなんですか?それでは、レーネンベルク家は小さな侵略者の前に全滅なのですね」


と笑われてしまいました。やっぱり、姉妹ばかりなので、兄弟2人のレーネンベルクとは状況が違うのでしょう。


 でも、少し赤くなりながら小さな声で、


「もし私達の間に娘が生まれたら、その子の事が今から心配です」


と言っていた気がしますが、これは聞かなかった事にします。


 もしも僕とエレオノールの間に娘が生まれたらですか?少し想像してしまいます。


「だめだ、そんな男のもとにお前を嫁にやるわけにはいかん!」


 思わず口に出してしまった言葉に、


「もう、スティン兄様のバカ」


とエレオノールは呆れ顔でした。今なら地獄の説教をしてくれたラ・ヴァリエール公爵とも話が合いそうな気がします。


=== 新登場人物一覧(外伝九話まで) ===


★ワーンベル関係


* マルセル

ワーンベルの代官補佐。実際には、他の町の代官をしていた人物で、代官としては非常に優秀。

ワーンベルでのラスティンの右腕


* セシル

ワーンベルの役人。ワーンベルでのラスティンの左腕。

革命@番外編のヒロイン


* オノレ

鍛冶ギルドの元締めだった人。高慢な上に無能、腕力だけが自慢。



★魔法兵団関係


* シルビー

レーネンベルク魔法学園の卒業生で、魔法兵団の土メイジ。

語尾に?が付く、独特な話し方をする女性。意外にも戦闘経験を積んでいて、メイジとしても優秀。


* シモーヌ

シルビーの魔法学園時代からの親友。裏設定では、”影”の一員。


* マルコ 

魔法兵団の警備隊第11班の副隊長。シルビーが魔法兵団入りを志したのは、彼に憧れたため。


* ヴァレリー

魔法兵団の副団長の1人。水系統が得意ですが、錬金の腕も確かなので、魔法兵団のワーンベルにいるメイジ達をまとめている。別名:工場長



★トリステイン


* アンリエッタ

トリステイン王国の王女、名前だけの出演。

彼女とアルビオンのウェールズ王子の恋仲はどうなるんでしょう?


* フィリップ4世

トリステイン王国の現国王。アルビオンのジェームズ1世の弟。

生まれが、アルビオンの為、トリステインでは思うとおりに治世を行えていない。


アルビオン


* ジェームズ1世

アルビオン国王、フィリップ4世の兄。


* ウェールズ

アルビオンの王子、名前だけの出演。


* モード大公

ジェームズ1世の弟、元気に生き延びます。


* ティファニア

そろそろ、誕生したかもしれない、ハーフエルフで、モード大公と愛妾シャジャルの娘。


* シャジャル

エルフの女性、モード大公の愛妾。歴史が変わって良かったですね。



★ガリア


* ロベスピエール4世

ガリアの現国王。非常に優秀な王で、その迫力はラスティンを圧倒する。


* ジョゼフ

ロベスピエール4世の息子で、ガリアの王子。

妻のアナベラに先立たれて、意気消沈していた。


* シャルル

ロベスピエール4世の息子で、ガリアの王子。ジョゼフの弟。


* アナベラ

故人。ジョゼフの妻。娘イザベラを産んだ際のショックで死亡。


* イザベラ

ジョゼフの娘。名前だけの出演。

出来れば、ラスティンの元で、メイジとしての修行をさせてあげたい。


* オデット

シャルルの妻。シャルロット&ジョゼットの母親。


* シャルロット

シャルルとオデットの娘。名前だけの出演。


* ジョゼット

シャルルとオデットの娘。レーネンベルク家の養女になる。


* ペルスラン

オデット付きの執事、ジョゼットをレーネンベルク家に託す。


★ゲルマニア


* アルブレヒト3世

名前だけの出演。実は・・・


* マテウス・フォン・クルーク

ゲルマニア伯爵にして、宰相の立場で現在のゲルマニアを実質支配している。


* ツェルプストー辺境伯

ゲルマニア辺境伯。ラスティンがゲルマニアを脱出するのを助けてくれた人物。

ラ・ヴァリエール公爵とは犬猿の仲だが、実はある程度の信頼関係がある。


* キュルケ

ツェルプストー辺境伯の娘。人見知りします。


★ロマリア


* 聖エイジス31世

本名をジェリーノ・タルキーニといい、ブリミル教の教皇。転生者の1人。

前世の名前はキース・ガードナーで、宗教学が専門だった。

彼と、ローレンツの出会いを、外伝で書きたいです。


* ヴィットーリオ・セレヴァレ

彼が、聖エイジス32世になるかは???


* チェザーレ

名前だけの出演。


★レーネンベルク家臣


* セブラン

ラスティンの外交の旅の護衛のリーダー。

戦士としては優秀。


* グレン

トリステイン王宮に常駐して、王宮とレーネンベルク家の仲立ちをする。

無表情な上に、必要な事しか話さない。


* オルガ

ジョゼットの乳母として雇われた女性。

一応メイジです。


* テッサ

オルガの娘、ジョゼットの乳兄弟。ジョゼットラブになる予定です。



★その他


* マリナ先生

ノリスのコモンマジックと風系統魔法の家庭教師。

指導者としては優秀。ちなみに30代後半の女性。

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