第36話 ラスティン15歳(事後処理2)
父上の呼び出しを受けて、王宮へ伺候したのは、ジョセフ王子がワーンベルを訪ねて来てから、4日後のことでした。王宮では、ガリアのロベスピエール4世の訪問で、僕に構っていられなかったという事は、簡単に想像出来ます。
王都トリスタニアへは、父上が手配してくれたので竜籠を使います。移動が短時間で済むのには助かります。トリスタニア郊外に降りると、そこからは馬車を使う程の距離でもないので、徒歩で王宮へと向かいます。久々に来た、トリスタニアですが、以前より狭く汚く感じてしまいます。ワーンベルの町並みに慣れた為か、外国の首都を見て来た為かは自分でも分かりません。
父上に先導されて、王宮までやってきました。城門で衛士に呼び止められましたが、父上の顔を確認すると直ぐに門を開けてくれました。衛士が僕の事をちらりと見ましたが、公爵の同伴者ということで、何も聞かれませんでした。
無事に?王宮に入ると、父上は案内など付けずに、そのまま王宮の奥へと進んで行きました。てっきり陛下への目通りを文官などに依頼すると思っていた僕は、慌てて後を追いかけました。父上はそのまま進んで行き、とある部屋まで来ると、ノックもせずにドアを開けて中に入ってしまいました。僕も恐る恐る後に続きます。部屋の中に入ると、1人の文官らしき男性がいました。父上は、その男性に向かって、
「陛下にお目通りしたい、手配を頼む」
と短く命じました。男性は、
「はい」
とだけ答えて、そのまま部屋を出て行ってしまいました。多分、謁見を願い出に行ったのでしょう。
「父上、今の方は?」
「ああ、グレンと会うのは始めてだったか?愛想は無いが、あれでも我が家の家臣の1人だ。主にレーネンベルクと王宮の仲立ちをやってもらっている。ほとんど王宮に詰めているから会った事が無かったのだろう」
「グレンさんですね、覚えました。ところで父上、この部屋は?」
「王宮での私の部屋だが?」
「え?大きな貴族は、トリスタニアに別宅を持っているものではないのですか?」
「もともと、父上、お前にとっては祖父だな、は王子だったからこの王宮に部屋を持っていた。さすがに王宮の奥の部屋は、父上が亡くなって返上したが、なかなか便利だから、無理を言って部屋を貰ったのだ。ちなみに我が家はトリスタニアに別宅を持ってないぞ、維持費もばかにならないからな」
「そうですね」
維持費と聞いただけで、納得してしまう僕もやっぱり、レーネンベルクの人間ですね。しかし、それほど広くないとはいえ、今、居る応接間、そして右手にはグレンさんが居たと思われる執務室、左手には寝室があります。王宮にこれ程の部屋を用意させる事が出来るとは、レーネンベルクはトリステインにとって思ったより重要なのかもしれません。
王宮の中と言っても、父上の部屋と言う事なので、少し安心して部屋の中を見てまわっていると、グレンさんが戻って来ました。
「陛下が次にお会い下さいます。控えの間で待てとの事です」
「そうか、意外に早かったな。ラスティン行くぞ」
「あ!はい、父上」
あまりの展開の速さに一瞬付いていけませんでした。もっと待たされるかと思いましたが、父上にはこれが普通なのでしょうか?そんなことを考えながら、控えの間に向かいました。控えの間でしばらく緊張して待っていると、正面の扉が開き、
「レーネンベルク公爵様、ならびに公爵子ラスティン様お入り下さい」
と声をかけられました。父上に続いて、謁見の間に入り、片膝をついて臣下の礼をとります。うぅ、国王の地位にある人物に会うのは、始めてでは無いのに緊張してきました。やはり自国の王となると、勝手が違いますね。
「公爵良く来てくれたな。そちらが自慢の息子殿かな?」
「はい、息子のラスティンです。ラスティン、陛下にご挨拶を」
「お初にお目にかかります、陛下。レーネンベルク公爵家の長子、ラスティン・ド・レーネンベルクと申します。陛下にはご機嫌麗しく、お喜び申し上げます」
「王に会うのは始めてではないのだろう?他国の王の前でもそんなに緊張していたのか?」
「やはり、我が国の陛下とお会いするのは、別物でございます。先程から胸の鼓動が落ち着きません」
「なに、恩人とも言える公爵の息子をいきなり罰したりしない。もう少し、リラックスして話しても構わんぞ」
「はい?我が父が陛下の恩人ですか?」
「知っていると思うが、私はアルビオンの王弟だったからな。マリアンヌと結婚したからといって、簡単にトリステインに馴染めるというものでもなかった。その時、トリステインの貴族と私の間を取り持ってくれたのが、そなたの父上という訳だ」
「その様な事があったのですか」
「そうだ、だから、そちの我侭も多少は聞いてやらねばならないと思っているよ」
「各国への親書の件ですね、その節は陛下のお手を煩わせてしまい、申し訳ないと思っておりました」
「まあ、それは構わぬさ。それより各国を回って来たのだろう、他の国の様子を聞かせてくれるか?」
僕は、気を落ち着けて、先日までの外交の旅の話を、陛下にお話しました。ガリアのオデット様の話と、ロマリアのジェリーノさんの話は意図的に隠しておきます。陛下は真剣な目付きで、僕の話すことに聞き入っていました。
「良く分かった、それでは、そなたは訪れた国々と我がトリステインはどの様に付き合っていけば良いとおもうかな?忌憚無く意見を言ってみてくれ」
「はい、まずアルビオンとでございますが、こちらの関係は良好と思われます。陛下もご存知でしょうが、先日、ジェームズ1世陛下から書状が送られて参りました。アルビオンとの技術交流は、両国の絆を深めるのに役立つと考えます。陛下のお許しが得られれば、是非お受けしたいと思います」
「ふむ、私としても、兄上いやジェームズ1世からの提案は受けるべきだと思う。当事者となるそなたが、その気ならば、話を受けても構わんよ。アルビオンはあの様な土地だからな、特産品が量産できるのは、良い事だ」
「それを聞いて、安心いたしました。それでは、この件は王宮側で取り仕切っていただけますか?専任の役人を任じていただき、その役人がアルビオンとレーネンベルクの間を取り持っていただけると助かるのですが」
僕の台詞を聞いた陛下は、鷹揚にうなずいて、
「良かろう、担当の者を手配することにしよう。ところで、モード大公にも会ったのだな、噂の愛妾には会えたか?」
「いいえ、お美しいとお聞きしたのでお会いしたかったのですが、妊娠中という事でお会い出来ませんでした」
「そうか、この件はまあ良い。次はガリアの話だな?」
「ガリアは、しばらく様子を見るしかないと思われます。次代の王が決まるまでは、大きな動きも無いと思いますが、もしかして陛下はガリアの後継者争いに干渉される御積もりですか?」
「それはな、先日ガリアのロベスピエール4世と、不可侵条約延長の件で会談を持ったのだが、その場で釘を刺されたよ。そういえば、ロベスピエール4世に同行して来た、ジョゼフ王子が私に挨拶が終わると、すぐにワーンベルに行ったそうだが、どんな話しをしたのだ?」
「そうですね、少し苦情を言われました。それと統治者としての心得を少し話させていただきました」
「ほう、15歳の少年が、一国の王子に、統治者としての心得を説くか。ロベスピエール4世の言う事もあながち冗談ではないのだな」
「ロベスピエール4世は何と陛下におっしゃったのですか?」
「そなたを次のトリステインの王にしたらどうか?と言われたよ」
「その様な事を!それは明らかに冗談だと思います。私の継承順位では、とても王位が私の所に来る事はないでしょう」
「王位継承順位はそなたが思っているほど、低くは無いのだがな」
「アンリエッタ殿下も居られますし、陛下もまだお若いのですから、次は王子殿下が生まれるかもしれません」
陛下は嫌そうな顔をして、
「そなたも、王子を儲けろと言うのだな」
と言いました。誰かにしつこく言われているのでしょうか?
「失礼しました。ガリアに関しては以上です」
「そなたは、次のガリア王はどちらの王子だと思う?」
「私には分かりかねます。ただ、シャルル王子が王位を継いでいただいた方が、我が国としてはやり易いと思います」
「そうか、ところで、ガリアに関して、他に報告する事はないか?」
「陛下にお話する様な事は、無いと思いますが。何か心当たりでもございますか?」
「いや、ロベスピエール4世がレーネンベルクの事を気にしていたから、何か王家に関わる情報を持っているのではないかと思ったまでだ」
「今の話を聞き、1つ思いつきましたが、これはガリア王家の醜聞(スキャンダル)に関わる問題です。陛下はこの様な話をお聞きになり、それを政治的にお使いになる御積もりですか?」
僕は、陛下の目をじっと見詰めます。
「よかろう、その話は聞かない事にしよう」
「陛下が英明な王である事を、再確認出来て嬉しく思います」
僕は、陛下に向けた視線を緩めます。
「次はロマリアに関してですが、かの国は変革の真最中と感じました。我が国としては、その変化を的確に読み取り、それに応じた対処を考えて行かなくてはならないのではないでしょうか?」
「そうだな、ここ20年程の、ロマリアの変化は昔を知る者からすると、信じられないという事だからな。ロマリアの動きは注目しておく事にしよう」
「はい、そうするのが宜しいかと。次はゲルマニアですが」
僕はここで1度言葉を止め、真剣な表情を作って、陛下に話しかけます。
「ゲルマニアは、現在、皇位を争いの為に混乱している様です。しかし、1度皇帝が決まってしまえば大きな動きをしてくると思われます」
「大きな動きとは?」
「現状では分かりません。ですが、最大限の警戒をしておく事が必要かと思われます。拉致されそうになった為に言う訳ではありませんが、”宰相マテウス・フォン・クルーク”は危険な人物だと思います」
「そうか、そこまで言い切るか。肝に銘じておこう」
「私から報告すべき事は、以上でございます」
「そうか、私からそなたに聞きたいことがあるのだが」
「はい、なんでございましょう?」
陛下が先程の仕返しとばかりに、僕をじっと見詰めながら尋ねてきました。
「レーネンベルク魔法兵団を、私直属にしたいと言ったら、反対するか?」
「陛下が、兵団の力を国の為、そして平民の為に使ってくださるなら、喜んで指揮権をお渡しします。ワーンベルの錬金隊の者達以外はですが」
何時かはこんなことを言われるのではないかと思っていたので、迷い無く返事をすることが出来ました。
「ほう、潔いな。レーネンベルクのというより、そなたの才覚で育てた兵団を横取りされる様な命令にも従うというのか?」
「繰り返しになりますが、陛下が兵団の力を、貴族の為ではなく、国と平民達の為に使って下さるならば、構いません」
「貴族の為ではなくか、私には重い言葉だな。この話は忘れてくれ、レーネンベルク魔法兵団は今のまま、平民の為に活動することを許可しよう」
「ありがとうございます。陛下、答えにくいことをお聞きしますが、陛下はこの国の貴族達に不満をお持ちなのでしょうか?」
「不満と言うわけではないが、私は所詮、外様だからな。仕方がないことだろう」
陛下は沈んだ表情になってしまいました。
「陛下、もし宜しければ、陛下のお力を一気に高める方法をお教えしますが?」
「いや、そんな方法があるならば、私の次の王の為に使ってくれ」
「そうですか」
「ところで、そなたの魔法兵団だが、反乱のことを考えた事はあるか?」
「は?私が陛下に弓を向けるということですか?」
「いや、そうではない。そなたも、そなたの父上も、王家に弓引く事など無いだろうな。今日そなたに会って確信した。そうではなく、魔法兵団が、そなたの制御を離れて暴走しないか?ということだ」
僕は陛下の言われることが良く理解出来ませんでした。
「魔法兵団の武力は、かなり強力だということは分かるな?戦闘経験を持つメイジを多数抱えているということは、ある意味脅威だ。彼らの力をもってすれば、レーネンベルク領を支配下におさめることは造作もないだろう。その気になれば、我が国の全軍を持ってやっと討伐出来るといった所かもしれん」
「失礼ですが、兵団が我が家に牙を向くなどという事は」
「ありえないと言い切れるか?甘いな、そなたは人の善意を信じたいのであろうが、人は善意だけで生きている訳では無いのだぞ」
僕は魔法兵団を信じていますが、陛下の言う事も最もな事なので言い返す言葉を持ちませんでした。父上に、お前の考え方は理想論だといわれた時のことを思い出します。
「どうした?言い返す言葉もないか?」
「陛下、息子を虐めのはお止めください。その辺りを、私が見逃しているとお思いになりますか?」
今まで、全く発言しなかった父上から、助けが入りました。
「ほう、さすが公爵だな。どの様な手を打ったのかな?」
「魔法兵団には、”影”と”闇”と呼ばれる者たちを、普通の団員として紛れ込ませています。”影”が諜報活動を、”闇”が障害の排除を行います。陛下のご心配は、杞憂でございます」
「ラスティン、良い父親を持ったな。そなたは幸せものだぞ」
「はい!」
「今日は、良い話が聞けて満足だった。ラスティンも、また、王宮を訪ねてくるがいいぞ。アンリエッタと遊んでやってくれ。もう下がるがよい」
「はい」
「はっ」
僕と父上は、謁見の間を後にします。1度、父上の部屋に戻って、一休みしてから、待たせてある竜籠で、レーネンベルク領に戻る事になりました。父上の部屋に戻ると、僕は父上に気になっている事を直ぐに尋ねました。
「父上、先程の、”影”と”闇”の事は本当なのですか?」
「ふむ、魔法兵団長のマティアスに極秘で組織させた。報告書が届いているから、”影”は確実に存在しているよ。幸いにも”闇”が動いたという報告は受けていないがね」
「”闇”は実在するのですか?」
「気になるなら、兵団員の誰かに聞いてみるがいい。”闇”の噂くらいは誰でも知っているのではないかな?」
父上ははっきりと答えてくれませんでした。もしかしたら、”闇”という存在は噂だけのもので、噂の力で兵団員を抑えようとしているのかもしれません。やっぱりまだまだ父上には敵わないようです。
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