第27話 ラスティン15歳(5年目の約束)

 僕も、もう15歳になりました。ワーンベルに来てからは、魔法の勉強を行っていませんでしたが、色々な場面で魔法を使う機会が増えた為か、スクエアメイジに昇格しました。スクエアスペルの実力を見てみようということで、ワーンベル鉱山の採石場が丁度、石の取り過ぎで危険になって立ち入り禁止になっていたので、そこで父上直伝の山津波(ランドスライド)をアレンジした山津波改(ネオ・ランドスライド)を使用してみることにしました。

 先ずは山津波(ランドスライド)を使用してみます。山津波(ランドスライド)は土×水×土のトライアングルスペルですが、実際に使用してみると使用場所を選ぶとはいえ、局地災害といえるほどの威力でした。石が掘り出されて、崖の様な状態だった採石場があっという間に埋まってしまいました。

 次に、山津波改(ネオ・ランドスライド)を使用してみました。これは土×水×土×土ですが、はっきり言って山津波(ランドスライド)の比ではないです。文字通り山の形が変わってしまいました。ほとんど大災害クラスですね。これはよほどの事がないと使えない呪文ですね、しばらく封印しておく事にしましょう。


 ところで、15歳というと普通であれば、トリステイン魔法学院に入学する歳です。僕も父上に呼び出されて、トリステイン魔法学院への入学を勧められました。僕としては、もう魔法学院で学ぶ事など無いと思っていたので断ろうと思ったのですが、意外にもリッチモンドが強硬に入学を勧めてきました、父上もそれに同調するので、どうやら断る訳には行かないようです。

 仕方が無いので、今がワーンベルにとって大事な時期である事を理由にして1年入学を延期する事でなんとか合意を得る事が出来ました。


 ちなみにこの1年で身長が、170サントを超えました。まだ小柄かもしれませんが、もっと伸びると信じています。(お願いですから、180サントまでは伸びて欲しいです)


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 レーネンベルク公立学校に関しては、最初の学校が今年になって予定通り開校しました。ローレンツさんからの支援もあって、予定していた残りの4校を一気に開校しようとしたのですが、教師役が思った程、集まらず2校のみの開校となってしまいました。とりあえず900人は、入校してもらうことが出来たので一応成功といえるかもしれません。教師役については、ローレンツさんの人脈を頼る事になりそうです。(魔法学園の平民メイジたちも、メイジである事に誇りを持っているんですね、まだまだ人を見る目が足りないようです)

 来年位には予定していた、全5校が開校できる様になると思います。


 公立学校の話を、レーネンベルク領の周辺の貴族に紹介してみましたが、どこもほとんど関心を示してくれませんでした。ラ・ヴァリエール公爵だけは少し興味を持ってくれた様ですが、ラ・ヴァリエール公爵領での公立学校の設立までは話が進みませんでした。


 こうなったら、実績を示すだけですね。レーネンベルク公立学校の卒業生が、色々な分野で活躍してくれれば、公立学校の有用性を理解してくれる事と信じたいです。


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 ところで前にもいいましたが、最近僕は月1度のペースでラ・ヴァリエール公爵家を訪ねる事にしています。要件は表向きにはカトレアの容態の確認という事になっています。カトレアの為に”アムリタの雫”を届け、分析(アナライズ)で”がん”の転移が無いか確認し、転移している事が分かれば、直ぐに自然治癒力を高める呪文で治療するという事を繰り返しています。カトレアの病気が”がん”である事は間違いないと思うのですが、どんなに探しても転移元が見つかりません。何かを見落としているはずなのですが、それが何か前世で医者でも無かった僕には分かりません。現状維持しか手は無いようです。”アムリタの雫”を飲んでさえいれば、”がん”が急速に悪化する事も無いようなので、歯がゆいですが仕方がありません。

 僕がラ・ヴァリエール公爵家を毎月訪れているのは、エレオノールと話をする為です。別にいちゃいちゃする訳ではないですよ?僕達は清く正しい交際をしている最中なんですから、本当ですよ!

 実は、エレオノールに結婚を申し込んだ後、次に会った時に、僕が前世の記憶を持っていることを正直にエレオノールに打ち明けました。前世の話をするのには結構勇気が必要でしたが、当のエレオノールは僕の話を聞くと、


「前世の記憶をお持ちなんて、なんて素敵なんでしょう。スティン兄様、私に是非その前世の記憶を聞かせていただけませんか?」


などと、目をキラキラさせながら聞いてきたのです。


「エレオノール、君は前世の記憶を持っている人間を恐ろしいとか、気持ち悪いとか思わないのかい?」


「私が好きになったのは、今、目の前にいるスティン兄様です。スティン兄様が前世の記憶を持っているのならば、その前世の記憶を含めてスティン兄様のすべてを私は大好きです」


 こういう言葉を聞いたのは、父上と母上に話して以来ですが、やっぱり心に響く物があります。僕は感謝の気持ちを込めて、優しくエレオノールを抱き寄せます。そして顔を近づけて行き、キスをしようとする直前で、違和感を感じました。エレオノールから身体を離し、部屋の周りを見回すと扉が少し開いていて、そこからピンク色の髪が見えていました。エレオノールもそれに気付いた様です。


「カトレア、そこに居るんでしょう、怒らないから出ていらっしゃい!」


「あれ、気付かれてしまいましたわ。お姉さま、キスはもうしないのですか?」


「貴方には、レディーとしての教育が足りないようね、明日からビシビシ教育してあげます」


「えーん、お姉さまが怒った、怒らないっていったのに」


「これは怒っているのではありません、愛のムチなのです」


 やれやれ、いい雰囲気も台無しですね。


 それから、月に1度カトレアの診察が終わると、エレオノールに前世の記憶を語って聞かせる事が習慣になりました。


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 そして今年は、僕にとって重大なイベントが控えていました。ローレンツさんとの約束の5年目になったという事です。ワーンベルの工場街の稼働率は60%程ですが、それでも大丈夫だと思うので、ローレンツさんをワーンベルに招待することにしました。

 ローレンツさんはハルケギニア中を股に掛ける大商人らしく、なかなか連絡を取るのが難しいのですが、今回は運よくトリステインに居たらしく、近日中に訪問させて頂くという返事が帰ってきました。僕は、ローレンツさんへの招待の手紙に”アルミ合金を使って、作らせたい物の設計図または模型を持参されたし”と書いておきました。さて、ローレンツさんはどんなものを用意してくるんでしょうね?


 ローレンツさんは返信を受け取ってから、4日後の夕刻にワーンベルにやってきました。賓客ですから今夜は、屋敷の客間に泊まってもらう事にします。夕食をとりながら、しばらくお互いの活動について話が弾みました。


「ワーンベルの噂は最近良く聞くようになりましたな、明日の工場見学は楽しみにさせて頂きますぞ」


「期待は裏切らないと思いますよ、ローレンツさんがどんな物を作らせようとするのかには、興味がありますね」


「ははは、それは明日のお楽しみといった所ですかな、ところで魔法宝石(マジックジュエル)の方は如何かな?」


「トリステイン国内であれば順調ですよ。他国からの注文はまだ入っていないので何ともお答え出来ませんが、そちらは、ローレンツさんの方がお詳しいでしょう?」


「かなりの注文が取れると踏んでおりましてな、ラスティン殿、魔法宝石(マジックジュエル)の生産力はどの程度ですかな?」


「そうですね、正直代官の仕事もあるので、夜しか作業出来ませんが、それでも一晩で10から20個といった所ですね。特殊なカットとかだと10個が精々でしょうか?単純なカットの同じ種類の魔法宝石(マジックジュエル)であれば20個は行けますね」


「なるほど、それだけ作れるのなら思い切った営業が出来ますな」


「お手柔らかにお願いしますよ。それより、レーネンベルク公立学校の件、資金援助までしていただいたのにご期待に沿えず申し訳ありませんでした」


「教師役が集まらなかったのでは仕方ありませんな、その件は、既に手を打ちました。学問の分野では貴族も平民もありませんからな、トリスタニアの私塾などを探せば、金の卵が見つかるものですぞ」


「お手間をお掛けして申し訳ありません」


 こんな話をしていたら、夕食も済んでしまいました。ローレンツさんを客間まで案内して、


「それでは明日の朝、迎えを遣す様にします。今晩はゆっくりおやすみください」


「承知しました、それでは明日」


という会話を交わして、ローレンツさんと分かれます。さて、明日が楽しみですね。


===


 翌日、ローレンツさんを連れて工場街を案内して周ります。ローレンツさんは工場の建物を見てしきりに感心していました。一通り案内が終わると、工場内に入って、魔法兵団員にローレンツさんを紹介します。兵団員達も、ローレンツ商会は知っている様で、思わぬ大物の見学に驚いている様子です。


「それでは、ローレンツさん例のものをお願いします」


「これですが、いかがですかな?」


 ローレンツさんは、2枚の紙の図面と、1つの小さな鉄の塊を見せてくれました。1枚目の図面には何の変哲もない、15サント×15サント×1メイルの角材が描かれていました。2枚目には厚さ2サント,幅20サント,長さ1メイル程のやや湾曲した板が描かれていました。小さな鉄の塊は良く見るとボルトとナットでした。(良くこの世界でボルトとナットなんて手に入りましたね)


「ボルトとナットはともかく、角材と板が1メイルなのは何か理由があるのですか?」


「いや、実物を持ってくるのが大変だったので、短くしてありますが、長ければ長い程良いですな」


「分かりました、それではどちらも10メイル程で作りましょう、それで構いませんか?」


「十分ですな」


 返事を聞いた僕は、工場長で兵団の副団長の1人でもあるヴァレリーの所へ行って、作業の指示を与えました。板と角材はともかく、ボルトとナットについては細かく説明しておかなくてはいけませんね。ヴァレリーと相談して、団員を4班に分けて、角材,板,ボルト,ナットをそれぞれ作成してもらう事にします。角材班と板班はそのまま錬金にかかってもらいますが、ボルト班とナット班にはこれがどういう部品でどの様にして使うか詳しく説明しました。ネジ山の合わない、ボルトとナットなんて役に立たないですからね。

 団員達に説明が終わり、ローレンツさんの所に戻ると、ローレンツさんは団員達が石からアルミ合金を作り出す工程を興味深そうに眺めていました。


「いかがですか?団員達の働きは」


「噂には聞いていましたが、本当に石からアルミ合金を作っているとは、なかなか不思議な光景ですな」


「そうですね、前世の常識だと、ちょっと考えられないですよね」


 ローレンツさんは、団員達の錬金の手際に感心しているようです。


「何時までも作業を眺めていても仕方ありませんから、一度外に出ましょう。ワーンベルの町をご案内しますよ」


「見ていて飽きる物では無いですが、ワーンベルの町にも興味がありますな、案内お願いしますぞ」


 僕とローレンツさんは工場を出て、ワーンベルの町に向かいました。


 ワーンベル鉱山や、工房などを案内すると、次に住宅街へと向かいます。住宅街の整備された町並みをみてローレンツさんは、


「この風景は、私が日本で生きていた頃に住んでいた、住宅街を思い出させてくれますな」


としきりに懐かしがっていました。


 次は今年から開校した、レーネンベルク魔法学園ワーンベル分校を案内します。城や砦と言っても通用しそうなワーンベル分校に、ローレンツさんは唖然としている様子です。


「随分物々しい学校ですな、どういう意図でこんな城砦の様にしたのですかな?」


「ここは、緊急時の避難先になっているんですよ。避難先といえば学校でしょう」


「なるほど、なるほど」


 ローレンツさんにはそれだけで伝わった様です、ハルケギニアの人にこれを説明するのは大変だったんですよね。ここまで案内をすると丁度夕刻になっていました。


「それでは、工場に戻りましょうか。そろそろ数が揃っていると思いますから」


 ローレンツさんにも特に異存は無いようなので、工場街へと戻りました。工場に戻った僕達を、アルミ合金の山が出迎えてくれました。工場長のヴァレリーが、結果を報告してくれます。


「ラスティン様、お帰りなさいませ。ご覧の通りかなりの数が完成しましたがいかがですか?」


「数はどれ位ですか?」


「角材が40本、板が35枚、ボルトとナットについては正確には数えていませんが300組ほどです」


「ボルトとナットが思ったより少ないですね?」


「はい、慣れない形でしたのでうまくボルトとナットがはまる様になるまでに時間がかかりまして、ですが次回からはこの倍は作ってみせます」


「そうですか、ご苦労様でした。団員の皆さんに無理はさせていませんね?」


「はい、魔力が枯渇した者は作業から外し、帰宅させています。例のハーブティーも支給済みです」


 僕は、ローレンツさんを振り返り、


「これ位、作成出来ましたが、いかがですか?」


と尋ねてみましたが、ローレンツさんは出来たアルミ合金を真剣な目で見つめていました。


「ラスティン殿、本当に今日一日でこれだけの量のアルミ合金を作ったのですか?」


「もちろんです」


「品質はどうなのですか?」


「問題ないはずですが、念のため確かめてみましょうか、分析(アナライズ)」


 うん、合金の比率なんかも問題ないようですね。


「確認してみましたが、問題ありませんね」


「それでは、最後の質問ですが、明日もこれと同じ量のアルミ合金が作成可能ですかな?」


「それに関しては、否(ノー)ですね、残念ながら」


「ほう、先程の魔力の枯渇の影響ですかな?」


「いいえ、そちらについては対応が済んでいます、問題なのは材料の方なのです。団員達は張り切ったのでしょうね、これだけの量のアルミ合金を作ってしまうと、倉庫にあった石材は使いきってしまっているでしょうから、明日同量のアルミ合金を作成するのは無理ですね」


「ふははは、メイジといえども材料が無くては、錬金出来ないのですな。結構、5年前の約束が確かに達成されている事を認めましょう!」


「満足していただけましたか?」


「予想以上だったと言ってもいいですな、良くここまで生産量を増やせた物ですな。約束どおり、このアルミ合金の供給先を紹介させていただきましょう」


「その供給先というのは何処なんですか?」


「フネですよ」


「船ですか?水の上に浮かんでいる」


「いいえ、空に浮かぶ方のフネです、フネには風石が使われますが、浮力を得る為に風石が消費されていきます、現在のフネは本体を木で作り、要所を鉄で補強しています。しかし、この様な重い材料では、風石の消費は馬鹿になりません。そこでアルミ合金を使ってフネを作る事で風石の消費を抑え、大量の貨物を運ぶ事が可能になるはずなのです」


 これは盲点でした、前世で超々ジュラルミンが航空機の機体に使われていたという記憶はあったのに、フネに乗ったことが無かったせいで、そこに気がつきませんでした。


「それは画期的なアイデアですね、アルミ合金を使って船体を組むなら、メイジの協力が不可欠ですね。魔法兵団の方からメイジを派遣しますので、是非協力させて下さい」


「それはこちらからもお願いしようと思っていた事ですな」


 アルミ合金を使用したフネの登場で、ハルケギニアの航空業界は新たな時代を迎える事になるでしょう。


===


 後日、ローレンツさんから約束通り、零戦が送られてきました。

 早速機体に使われている金属を分析した所、本物の超々ジュラルミンの成分が分かり、僕の作ったアルミ合金から強度を10%も上げる事がでしました。

 他の収穫は、搭載されていた機銃に弾薬が残っていて、これを分析複製する事で、弾丸と薬莢と無煙火薬の技術を得る事ができました。後込め式の銃を開発する事も可能でしょう。

 本来であれば機銃やエンジンも分解複製したいのですが、工具も技術も持っていない、今の状態では手が出せない状態です。もし物語(歴史)通りに才人が召喚されて、零戦がバラバラで使えませんでしたではシャレになりませんからね。

 ただ、石炭液化の方法は何かの本を読んで知っているので、燃料の心配はしなくて済みそうです。

 これは本腰を入れてゆっくり分析していくしかないようですね。

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