願いを叶えましょう

日村 める

第1話


side かえで


私がそれに気づいたのは新太に叩き起された時だった。

私は朝が弱いから目覚まし無しでは起きられないし、時には爆音の目覚ましさえ気付かなくて親に叩き起されたり、私の寝坊癖を知ってる幼なじみの新太が起こしに来ることだってある。幼なじみといっても普通は朝に起こしにこないって?私だってそう思う。でも新太は来るのだ。新太曰く、「隣の家からバカでかい音で目覚ましが鳴ってたら誰でも止めにきたくなるっつーの」だそうだが、幾ら隣でも親が起こしに来るまでに新太が先に来るのはおかしいんじゃないかと思う。まぁ、珍しく目覚ましが鳴る前に起きた時にも、さも当たり前かのようにリビングに新太がいた時もあるのだから深く追求はしない方がいいのだろう。リビングで新太と一緒に優雅にコーヒーなんて飲んでる両親が息子ができたみたいで嬉しいなんて呑気なことを言ってるのだから私にとやかく言う権利は無いのだし。

──ってそうじゃない!私が今言いたいのは新太が当たり前のように私の部屋にいることでも、もちろん私が爆音の目覚ましで起きれなかったバカだと伝えたいわけではないんだ。私が今体験してるのは全くの無音。音のない世界。見えるのは新太が必死に私に何か訴えかけている姿。音がないから口パクで。はじめは何か脅かそうとしてるのかと思ったのだけど、それにしては周りの音が聞こえない。何でだって?私が聞きたい。私が今分かるのは、早く支度しろよと口パクで急かす新太が私の部屋にいることと音が無くなってしまったことだけ。




取り敢えず、こういうことは気付かれないのが一番だろうといつも通りに朝支度をした。幸い、親とはおはようと挨拶を交わすだけだし、それ以上何か言われることは無かった。母は何か言っていたけれど、はぁーいと返事すればいい。どうせいつも通り、ちゃんと朝起きなさいとかだろうし。鼻歌を歌えば背中越しで何かを話されていても意図して無視しているように見えるだろう。実際は本当に聞こえていないのだけれど。

問題なのは新太だった。起きた時は何が何だか分からなくてパニックになったけど、その時何故か新太にバレるのはマズいと思ってしまって、なんで口パクしてるの?とは聞かなかった。代わりに、起こしてくれてありがとう、なんてガラにもないことを言った。自分の声なのに聞こえなくて、ちゃんと伝えられたのだろうかと不安な気持ちになったけど、新太がお礼を言うとか気持ち悪ぃなと二の腕を掴んでいたので不自然ではなかったんだろう。でもその後の新太は私をじっと見つめて大丈夫か、なんてパクパクしてるからドキッとした。あいつはいつも私の些細な変化に気付いてくる。音が聞こえない、なんてことバレてしまったら即病院に連れていかれるだろう。どうせ1日や2日の事なんだろうと、どこか勝手に決めつけていた私はこの事に関しては放っておきたくて知られたくなかった。







side 新太


かえでがおかしい。

おかしいのがデフォルトだ、みたいなツッコミを期待してるわけではない。今日のかえではどこかぼうっとしている。朝起こした時、返事までに少しのタイムラグがあった。寝起きだからという訳ではなく、目が冴えてから、オレの顔を見てから、驚いたような顔でこちらを見て、そして言ったのだ。「起こしてくれてありがとう」みたいな事、何年かえでを起こしてるか分からないが初めての事だった。いつも、時間のことを気にしてオレのことなんて気に止めないのに。そこからも疑うような視線を向けて、気持ち悪ぃなと言ってやれば、かえではどこかほっとしたようにそうかもねと呟いた。そう言えばリビングでもかえではおかしかった。ずっと鼻歌を歌っているし、おばさんに怒鳴られててもびくともしない。まるで怒鳴る声が一切聞こえていないように。

2人でかえでの家から学校へ向かうのはいいのだが、やっぱり今日のかえではどこかおかしい。ずっとこちらを見ているし、何も話さない。通学路を歩いている最中は、昨日見たTVがどうだったとかずっと話していたり、散歩中の犬に話しかけてみたり、お爺さんに挨拶したり、いつもうるさいくらい話すのに。どうしたの、って言っても「何が?」って返すだけで、その事には触れさせないぞという強い意志が垣間見えた。


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