cha-chaのチャチャチャ♪

@cha-cha

父の勲章


私が5歳の時に、父はこの世を去った。

自身も子を持つ身となりその成長過程を見るに連れ、

若くして逝った父の気持ちを思うと胸が熱くなる。


父が亡くなる少し前の夏のある日、家族で海へ行った。

ちょうど潮が引いており、

白い砂浜の先にゴツゴツとしたサンゴ礁が広がっていた。

母と赤ん坊だった妹を木陰に残し、父と私はそのサンゴ礁へと向かった。

ピンク色の造花が付いたお気に入りのサンダルが、

海水で濡れてしまうのが嫌なのと、

サンゴ礁の上を歩くのが難しいとの理由で、私は父に抱っこをせがんだ。

すると父は笑いながら、抱っこではなく肩の上にひょいと私を乗せた。

いつもより高い目線から見る大きく広がる碧い海と空…。

このところ手の掛かる妹に両親を奪われた気分になっていた私は、

父を独り占めしている事が嬉しくて嬉しくて、ただただ嬉しくて。

大声で笑いながら遠くにいる母に大きく手を振った。


たぶん私がはしゃぎ過ぎたんだろう。

父がバランスを崩してフラついた。

このままでは私が尖ったサンゴ礁に投げ出されると思った父は、

少し先にあった潮だまりに私を放った。

潮だまりと言ってもかなりの深さのある大きなもので、

いきなりひとり放り出された私は溺れてしまった。

直ぐに父に助けられ大事には至らなかったが、

泣きながらふと父を見ると、全身のあちらこちらから出血している。

特に肩の傷はひどく、いつくかサンゴの欠片が刺さったままであった。

その赤い色を見ながら、私はまた、ひとしきり泣いた。


母に聞くと、あの後直ぐに病院へ行き何針か縫ったようだ。

肩の傷は傷口が荒いため綺麗に縫合できず、

大きな醜い傷跡が残ってしまった。

覚えてはいないが、幼い私はその傷を擦りながら、よく、

「いたいのいたいのとんでいけー」と言っていたそうだ。

父もまたその傷の事を、「娘に傷を付けずに済んだ勲章だ!」

と、周りの人に自慢していたという。

「無茶をするからよ」と、隣で言う母の小言に首を竦めながら。

 

現在の私は、当時の父の年齢をとっくに追い抜いてしまった。

あんなに大きかった父が、

色褪せた写真の中でとても幼く微笑む。


自ら「勲章」を負った父。

赤ん坊をひとり砂浜に放置し、

青い顔で駆けつけ抱きしめてくれた母。


あの暑い夏の日。私は確かに愛されていた。

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