幽霊が同居しようとしてきたので、全力で阻止した。

太陽 てら

前半〈肝試し編〉

「みんなで宅飲みせぇへん?」


 そんな先輩Aの誘いが、すべての始まりだった。


 ここは関西でも飛び切り田舎である奈良県の更に田舎にある町の小さな居酒屋。大学が近いこともあり、大学生の集まりやすいその居酒屋で「」はバイトをしていた。

 そんな私は今大学三年生。体育学部所属の私は教員免許を取るために日々の授業をこなしていた。そんな大学も、明日から夏休み。超浮かれモードだった私は、店長に頼み込んでバイトのシフトを思いっきり増やしてもらった。と、いうのもバイトはとても好きだった。何と言っても、メンバーがいい。店長を除いた他のバイトメンバーの仲が良すぎて、私は大学の友人そっちのけでバイト仲間との交流が圧倒的に多かった。

 そんなある日、先輩Aが「宅飲みせぇへん?」とみんなを誘った。宅飲み――それは誰かの家に押しかけ、ただひたすら酒を飲んだくれる会。それはこのメンバー内ではよくあることで、特に珍しいこともないお誘いであった。もちろん私は二つ返事でオーケーをした。

 突然のお誘いであり、開催日は今日だというにも関わらず、誘いに乗ってきたのは、先輩B、先輩C、同級生D、後輩Eの計六名。何とノリのいいメンバーだろうと改めて感じる。バイトの終了時間はバラバラだったが、みんな仕事を終えると、私服に着替え、店内で暇を持て余す。そして言い出しっぺの先輩Aが仕事を終えたのが本日一番最後、日付を跨いだ一時であった。私はいつもなら次の日授業があるのでそそくさと上がっていたが、明日から夏休み。テンションはぶち上げである。今宵はオールナイトフィーバー、みんなで宅飲みパーリナイな時間を過ごせることが楽しみで仕方がなかった。


「車出すで〜」


 先輩Bが車を出してくれることになった。宴の会場は未だどこか知らされていなかったが、何故か車を用意した先輩B。ああ、メンバーが多いから買い出しが多くなることを想定してのことだな、とその時は特に何も考えてはいなかった。

 深夜一時半――六名を乗せた大きな車は深夜の小さな道を走り出した。




 いったい、どこのお店に行くのだろう。コンビニはもう何軒も通り過ぎ、スーパーや酒屋さんもさらりとスルーされ、その速度を落とすことなく先輩Bの車は走り続ける。

 初めは車内で楽しみのあまりきゃっきゃしていた女性陣もさすがにおかしいと思ったのか、先輩AとBに問いかける。


「Aさん。いったいどこのお店で買い出しするんですか?」


 先輩たちからの返答はない。クスクスと微笑を見せるのみで、それ以上の発言はない。いったい何を考えているのだろうか。

 そんな疑問を持ちつつ、もうこの先しばらくないと思われる貴重なコンビニをもあっさり通り過ぎた。車はそのまま山道へと差し掛かる。真っ暗で街灯のない、車幅の狭い二車線の山道を私たち六名を乗せた車は進んで行く。きゃーきゃー騒いでいた車内は、その重苦しい空気により徐々にトーンを落とさざるを得なかった。辺りを見渡しても星のない空へ向かってまっすぐに伸びる木しか視界に入って来ない。対向車もなく、ただ私たちを乗せた車のみが山を登っていく。この辺りには今、自分たちしかいないんじゃないかと思わせる孤独感と恐怖心。これは明らかに宅飲みをするために買い出しへ向かっているのではないと、そこで誰もが理解した。


「Aさん、Bさんっ。さっきからどこに向かってるんですか!?」

「ちょ、この道めっちゃ怖いじゃないですか。戻りましょうよ、ね、ね」


 各々が口を開く。口を開かなければいけないと皆が思ったのだ。山道に入った瞬間のヒヤッとした空気。これを私も含め、誰もが感じていた。静かにしていることは、更に恐怖心を煽られる。そのため先輩A、B以外の四人は適当にも言葉を並べた。


「ふふふ」


 そんな時間が流れる中、ようやくA、Bが口を開く。


「実は宅飲みは嘘で――」


 だろうな、と私は心の中でツッコミを入れた。もうこんな山の中へ来て、こんな深夜にお酒を売っている店があるわけがないからだ。さっきから家すらも見当たらないこの細い道で、未だに宅飲みだと思っている者なんて誰もいないだろう。


「肝試ししたかってん」

「はぁぁ?」


 私はもう声を上げるしかなかった。にやにやしながら助手席から後ろを振り向く先輩A。運転しながらミラー越しにふっと笑い、こちらを見てくる先輩B。……こいつら、初めからグルだったようだ。


「だって肝試しって言ったら、誰もこおへんやんか」

「うん、行きませんね」

「せやろ?」


「せやろ?」じゃなくて。ほら見ろ、私を含む女性陣はすっかり怯えて震え上がっているではないか。後輩Eも本当にお化け類がダメなのか、いつもは騒がしいくせに何も喋らなくなってしまった。そんなみんなを見渡し、話したそうにソワソワしている先輩Aに私は質問を投げた。


「この先に何があるんですか?」

「お、やっと聞いてくれたなぁ」


 先輩Aのつぶらな瞳が輝く。この星も出ていない、街灯もない現状を小さく灯す唯一の光であった。


「この先にはな、トンネルが二つあんねん」

「トンネルですか」

「そっ。その二つともな、今使われていないトンネルやねんけど、その理由がな――どちらも工事中に人が死んでんねんて」


『人が死んでいる』――私はぶるっと身震いした。他のメンバーも、黙って先輩Aの話を聞いている。


「一つはもうすぐ見えてくるんやけど、今日の行きたいところは一つ目やないねん。その更に奥にあるトンネルなんやけど、そこはな……トンネルは開通しているんやけど、トンネルを抜けてもその先は行き止まりになってんねん」

「と……いうことは」

「そそっ。もっかいUターンして戻らなあかんのよ」


 この先輩Aめ、なんちゅーところを肝試しに選びやがったんだと恨んだ。そんなトンネル、通りたくないに決まっている。勇気を出して恐怖と戦いながら潜ったところで、その先は行き止まり。なるほど、だから対向車が一台もいなかったのか。そんな恐ろしいところに行く奴なんてかなりの物好きしかいないだろうからな。そしてそれをもっかいUターンするだなんて、もうお化けの住処と言っているようなもんじゃないか。

 帰りたい、誰もがそう思っていたがもうその時には更に深く暗い山道へと入ってしまっていた。




 まだ安心できたのは、砂利や砂の道ではなくアスファルトの二車線の道路が続いているということ。そもそもトンネルを開通して道路として機能させるために、多少のお金はかけたのだろうと思われるが、ただそれだけがまだ少し心を落ち着かせるたったひとつの材料となっていた。車のライトでしか見える範囲でしか視界に捉えることができない。あとは本当に真っ暗な世界。私たちは声を上げることもできず、ただライトに照らされている箇所のみを見ることしかできなかった。


 するとライトの中に、トンネルのようなものが映り込む。「あ、あれって!?」と同級生Dが声を上げる。すると先輩Bは速度を落とした。徐行により、より鮮明にトンネルだと理解できた。


「これ、一つ目のトンネルやで」


 一つ目のトンネル――さっき先輩はトンネルが二つあると言っていた。どちらも事故で人が死んでおり使われていないが、このトンネルはその一つ目である。

 そして先輩Aの言葉の直後――車内の空気が、変わった。クーラーが効きすぎているのではないかと思うほど急に寒気が増した。変な話、この場所から突然季節が冬になった感覚だ。本当に寒い。


「ちょっと、寒いですよ。びっくりさせるために温度下げたでしょ!」


 一番後ろに座る先輩Cが割と強めに声を上げた。それには私も驚いてしまい、びくっと肩を震わせる。


「えっ、何も触っとらんけど。むしろこっちは暑すぎてもっと温度下げたいくらいやわ」

「ええっ」


 信じられない先輩A、Bの言葉。こんなに寒いのに、前席は暑いと言う。馬鹿を言うでないよと、私は後部座席から前席まで身を乗り出し、そのまま驚いて固まってしまった。温度が全然違うのだ。前席はまるでサウナの中にいるような暑さで、後部座席は冷蔵庫の中に閉じ込められているような寒さ。よく見ると先輩A、Bはだらだらと汗を流している。同じ車内にいるのに、どうしてここまで体感温度が違うのだろうか。いやいや、ありえない。


「もうやめましょう先輩。これ以上進まない方がいい気がする」

「ええー。もうここまで来てしまったやんか。せっかくやし、なっ」

「なっ。じゃなくて何かヤバイですって。早く引き返し――」


 車は先の見えないカーブをゆっくりと曲がる。

 すると私たちの目の前に、とても大きなトンネルが現れた。


「せ、先輩……これって」

「ふ……二つ目の、トンネル……」


 そうこうしているうちに、本日のメインイベント会場――二つ目のトンネルへ到着してしまった。

 何て吸い込まれそうなトンネルだろうか。一つ目のトンネルとは比べ物にならない。私たちの走って来た道路は、まっすぐトンネルの中に続いている。光なんて全くない。車のライトでも手前しかはっきり見えないほど、深い暗闇が私たちを包もうとしている。六人全員、誰も声が出す者はいなかった。私は無意識の汗でシャツが濡れていることに気付く。この先に行ってはいけない――全神経と五感が全力で私に訴えかける。


「い、行く……?」

「これあかんやろ……」


 やっと自体の重さに気付いたか先輩A、Bめ。しかし入る前に気付いてくれてよかった。これでも尚「入る」と言えば後ろから絞め殺そうとしていたところだ。私はすぐさまこの場から離れようと提案しようと息を吸った――


「ゔああああっ!!」

「きゃあああっ!!」


 一番後ろに座っている先輩Cと後輩Eが悲鳴を上げた。その声に誰もが驚き「うわっ!」と声を出し後ろを振り向く。


「ど、どうした!?」

「な、なんかいる! なんかいるっ!!」


 先輩Cと後輩Eは窓の外を見ながら明らか何かに怯えている。その何かから遠ざかろうと、無意識にも二人で抱き合い窓から距離を取ろうとする。何という怯えた表情だろうか。大御所の役者でなければここまでの白熱した驚き方はできないだろうと思ってしまうほど。つまり、何かから本気で逃げようとしているのだ。

 しかしおかしい。私は真ん中の座席から後部座席の窓を覗くが、全く何も見えないのだ。というか暗すぎて何も見えない。真っ暗な窓を見ながら、先輩Cと後輩Eは、涙が出そうな程怯えまくっていることになる。すると――


「うわあっ!!」

「わああっ!!」


 前から先輩A、Bの驚く声が聞こえる。私と同級生Cは「どうしましたか!?」と声を揃えて運転席の方を振り向いた。


「し、白い布っ!!」

「布が落ちて……っ!!」


 先輩二人も背もたれに出来るだけ体をへばりつけるように正面のガラスから遠ざかる動作をしている。しかし私たちから見える景色は、ライトに照らされているトンネルの出入り口部分のみ。どこにも〝白い布〟なんて見えない。


「……布?」


 同級生Dが小さく確認を入れる。Dも見えていないのだろう。先輩二人が怯える〝白い布〟が。


「えっ!? み、見えへんかったん!?」

「落ちてきたやろ!? て音立てて、ボンネットに!!」

「落ちてきたよな!? あれ、布っていうより布に包まれたみたいやったよな!?」


 パニックのあまりよく喋る先輩たち。二人とも正面を向いているのでその表情こそは見えないが、興奮した声は大きく、そして震えている。

 いったいどういうことだ。同級生Dと顔を見合わせる。二人とも〝白い布〟すら見えていなければ、という音すら聞こえなかったのだ。まだボンネットにあるのか、バウンドして下に落ちたのかすらもこちらは分からない。

 車内は大パニックとなった。前席と一番後ろの座席の四人は各々叫び声を上げ、本気でヤバイ状況となっている。真ん中に座る私と同級生Dだけが、その状況についていけず、挙動不審に視線を動かす。と、その時――


 コン


 音が聞こえた。


「ひっ!」


 同級生Dが血の気が引いたような声を漏らした。その音はたしかに、私にも聞こえた。そして――


 コンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコン


 扉をノックしているような音で車内は溢れかえった。規則性のない実に疎らまばで、音のする場所も特定ではなく、まるで――まるで車が何かに取り囲まれている、そんな恐怖に震え上がるような音だった。


「先輩、車! 車出して! 早く! 戻って!!」

「や、やばいわ! 逃げるで!」


 そこでやっと先輩Bは車をバックさせた。アクセルをフルで踏み倒したのか、ギュギュッとタイヤがアスファルトを擦る音が響き、車を思いっきりUターンさせる。

 未だに鳴り止まない音、後ろで手を繋ぎながら震えている先輩Cと後輩E。そして車の向きを完全変え終わった先輩Bは思いっきりアクセルを踏んだ。ガクンと車が跳ね、元来た道を走り出そうとしたその時――私は、すぐ横の窓ガラスにぶつかってくるを見た。「きゃああっ!!」と女性らしい悲鳴を上げ、同級生Dに助けを求める。しかしそれは瞬きした瞬間、姿を消した。


「捕まっといてや!!」


 そんな私の悲鳴を心配しつつ、先輩Bは猛スピードでハンドルを切り山を降りていった。




 トンネルから少し距離が出来ると怪奇現象はピタリとおさまった。音も聞こえないし、謎の〝白い布〟や後部座席の窓に映る何かもなくなったらしい。

 みんな安堵の息をおろす。変な汗をかいたと口々に言っている。そしてそれぞれのシートごとに、先ほどの恐怖体験の振り返りを始めた。


「大丈夫?」


 同級生Dだけが、私にそう声を掛けた。私はみんなの会話に入らず、その場にうずくまっていたからだ。最後のを見てから、とんでもない頭痛と吐き気に襲われていた。重度の車酔い感覚によく似ている。あまりにつらすぎて冷や汗が止まらない。

 車内では未だみんなの興奮はおさまらない。一つ目のトンネルを過ぎた辺りから、これまでの変な空気もなくなった。それに気づいた人は何人いるだろう。私はひとり、込み上げてくる嘔吐物と戦いながら山を降りた。


 山を降りてすぐに私は窓を開けた。何となくだが、あの山にいる間は窓を開けたくはなかった。ようやく私の状態に気付いてくれたみんなはとても心配してくれて、来る途中最後に感じた奇跡のコンビニへ寄ってくれた。空気が全然違う。私は深く大きく息を吸って、そして吐く。身体中の変なものをすべて外に出すかのように。


 しかし私の体調は良くなることはなかった。先輩Bはアパートの前まで送ってくれて、みんなと別れた。ドクンドクンと脈打つような痛さの頭痛と吐き気を抱えたまま、私はベッドに倒れこみ、そのまま深い眠りについた。

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