二.交点
夢を見た。
学校の5階の廊下を歩いていた。どこへ行くのかはわからない。しかし、行かなければならないという気持ちがあった。角のエレベーターホールの前、窓のそばに美冬が立っていた。白い無地のワンピースを着て、胸元まである髪を下ろしている。
「真雪、お願いがあるの。」
そう言うと美冬は寂しそうに微笑んだ。黒髪がさらりと前にかかる。
「お姉ちゃん……。何処に行ってたの。」
真雪は廊下を駆け寄ろうとしたが、走っても走っても一定以上近づくことができない。二人の間に白い廊下が延々と続いている。走っているはずなのに足の感覚がわからなくなりそうだ。真雪の必死な様子を見て、美冬は曖昧に息を吸い込んで言った。
「思い出して。私は、もう、生きてはいない。」
突き放されたような気がして、真雪は立ち止まった。姉との距離は依然変わらず、白い廊下が伸びている。
そうか、これは夢なのか、と真雪は思った。それでも、少しでいい、姉と話がしたい。真雪は幽霊をあまり信じないが、夢で姉が会いに来てくれたのだと心のどこかで期待してしまうのは仕方がない。
力なく座り込んだ真雪に、美冬はごめんね、と小さく呟いた。
「お願いがあるの。どうか、わたしのやり残したことを叶えて。」
美冬の声は決して大きくないが、確かに体の中に響く。真雪は美冬をじっと見つめた。
「それは何? 教えて。」
真雪は必死に尋ねた。叫ぶような声が廊下に反響する。
「わたしは……ったかったの……って……。……ごめん、やっぱり言えないみたい。神様と約束したから。きっと真雪なら分かるよ。」
美冬の言った何かはところどころ言葉にならないぼんやりとした音になってしまい、聞き取ることができなかった。これでは何をしたら良いのか分からない。何のことなの、と言おうとした時、後ろからすっと引っ張られるような感覚がした。真雪は意識を留めようと抗ったが、すぐに景色が遠ざかり、消えた。
「パスコードは8732。」
美冬は最後にそう言った。
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