第17話 根性を叩き直す会

「はぁ~……」


 とぼとぼ歩き、ため息を吐く大悟。後輩で、そのうえ女子である姫美子を置いて逃げ出してしまった。そんな自分を情けなく思いながら、大悟は職場へと足を進めていた。

 姫美子や他のみんなが許してくれるだろうか。それが心配な、大悟であった。



「た、ただいま戻りました……」


 あっという間に職場に着いた大悟は、恐る恐るその中へと入る。


「あ、お帰りー」

「ディーゴ、大丈夫か?」

「もう大丈夫ですよ! ディーゴさん! 強盗は捕まりました!」

「姫美子さんの作戦にまんまとハマったんですよ、あの男」


 ……え?


 凛、晴真、姫美子、そして譲の四人が普通に自分に話しかけてくれている。その状況に大悟は驚いた。そしてそれと同時に、


「……そっかぁ~! いや~、良がったなぁ! きみちゃん」


 すっかり安堵し、物事が解決したことに、心から喜ぶのであった。そのとき、大悟の右肩にポンと手が置かれた。


「ディーゴ、一難去ってまた一難。急だけど、今からボクと仕事だよ」

「要……」


 あの要も、いたって普通に自分に接している。大悟はこのことに一番安心した。


「『てんやわんや』に向かうよ。仕事内容は、いっちゃんが後で説明してくれるから、早く!」

「お、おう!」

「いってらっしゃーい」

「頑張れよ、ディーゴ!」

「気を付けてくださいね」

「楽しみにしてますからね~」

「はいは~い」


 ……ん?

 楽しみって、何をだ?


 凛、晴真、譲の後に姫美子が言った一言が少し気になった、大悟であった。




「おう! 急で悪いな、おめーら!」


 二人が目的地へ到着すると、一郎が温かく迎えてくれた。


「へろー、いっちゃん」

「どーも、いっさん」

「で、今回のお願いは……」




「シャワーのお試しとは、なんて楽な仕事だ」


 大悟が頼まれた仕事は、「てんやわんや」のスタッフルームに(なぜか)あるシャワーのテストだった。このシャワーはしばらく使われていないので、きちんと使えるかどうか確かめて欲しいとのことだった。

 ちなみに、要は別の仕事を任された。一郎と共に、厨房へと移動していた。




「異常なし!」


 シャワー点検を終えた大悟は、さっぱりとして気持ち良さそうだ。上機嫌で、一郎から借りたタオルで体を拭く大悟。

 しかし、そのニコニコ顔はすぐ崩壊するのだった。


「……は!?」




 ダダダダダダダダ……!


「おい! 要!」


 タオル一丁で、大悟は走って厨房へ向かった。そこに着いて見えたのは、ニヤニヤ顔の要と、険しい顔の一郎。


「あらぁ~、シャワーはいかがだった? あ・な・たぁ~ん」

「あー、気持ち良がった! じゃなぐでぇ!」


 人妻のように話しかける要に、見事なノリツッコミを決める大悟。


「これは、何だぁぁぁぁぁぁっ!」


 叫びながら、大悟は要にバッ! とあるものを差し出した。


「エプロン」

「んなごと知ってる! オラの服は、どこさいった?!」

「今からお前、それに着替えてドーナツを揚げるんだよ」


 要が指差す先には、要が一郎に教わりながら作ったドーナツの生地と、油の入った鍋などがあった。


「っ……はあああっ!?」

「お前、きみちゃん置いて逃げただろ? そのバツ」

「えっ……」


 あんなにギャンギャン騒いでいた大悟が、急に静かになった。


「きみちゃん、かなり傷ついていたけど、ドーナツ作ったら許すってさ」

「きみちゃん……」


 大悟の心に、姫美子に対して申し訳ないという気持ちが蘇ってきた。


「後輩、しかも女の子を置いて逃げんのはなぁ~……」

「いっさん……」

「ほら、早く着替えろよ」

「うん……って、それはおがしい! いぐら何でも裸エプロンはおがしいべ!」

「嫌?」

「嫌だよ!」

「そっかぁ~。あ! じゃあ、これにする?」


 要が「これ」と言いながら出したのは、褌だった。


「被害の面積が広まる!」

「ボクがお前に服を返すのは、ドーナツ完成後。お前、それだけ……むしろこれ以上のことをしたんだよ。分かる?」

「そーだディーゴ。おめー、男ならそれくらいやれ」

「う……」




 カランコロンカラーン。


「こんばんは~、ドーナツ食べに来ました~」


 扉が開かれ、聞こえてきたのは凛の声。要から連絡をもらったC-membersが「てんやわんや」にやってきた。


「おう、できてるぞ!」

「生地はボクが作った。ディーゴは揚げ担」

「そういえば、ディーゴは?」

「あ、いるよ!」


 大悟のことが気になった晴真に、要はとびっきりの笑顔を向ける。


「ディーゴは今、厨房で泣いてます」


 満面の笑みでそう言った要を見て、他のC-membersは思った。

 

 絶対に要が大悟を泣かしたのだ、と。


 今ドーナツを食べに来た一同は、大悟が裸エプロンでドーナツを揚げていたという事実を、知っていない。

 ちなみに今回のバツは、姫美子が要に「ドーナツ食べたくない?」と聞かれて食べたくなったことで決まったものだった。



「以上、根性を叩き直す会でした!」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る