極私的に用いる怪談。

史乃かや

第1話 憑いてますよ。

 怪談等で「あなた憑いてますよ」と言われるというシチュエーションがある。

 自分が言われることはまぁ無いだろうと思っていた。が、体験してしまったのでそれについて書いてみる。



 2016年の夏、私はそれまで勤めていた会社を退職し次の勤め先を探していた。

 覚悟はしていたのだが、夏も過ぎ、秋が来てもう寒くなりつつあるというのに仕事は一向に決まらない。

 いい加減履歴書書くのも面接行くのもうんざりで、ストレスは溜まりまくっていた。

 そんな時にたまたまTVで、ご利益ばっちりという神社を紹介しているのを見た。

 某オカルトライターのお墨付きで、特に恋愛に関しての願掛けは空恐ろしいくらいのご利益だそうである。

 実はそのライターさんのファンであった私は、その神社が行けないこともない場所にあるのを知るや興味津々。

 どうせ暇だし、まあとにかく行ってみる気になった。

 送られてくるのは不採用通知ばかり、祈ったり拝んだりで何とかなってくれたらかなり嬉しい。

 得意分野は恋愛だそうだが就職だって縁有りきだと故事付け、良い仕事が決まるよう祈る気満々であった。



 前日に雨が降り、当日も天気はイマイチで、雨こそ止んでいたもののとにかくどんよりしていた。

 電車やバスを乗り継ぎ、実際に行ってみた神社は敷地自体それほど広くなく、こじんまりとしている。

 ちょっと山に入ったところにあり、周囲は木が生い茂っていた。ご本殿にお参りを済ませ、敷地内の摂社、末社を回る。

 行く前にインターネットで調べてみた所によると、本殿の後ろに遺跡があるそうで、そこも一種パワースポットになっていると書かれていた。

 元々歴史大好きだし、パワーがあるなら是非見ておこうと摂社の横から裏に伸びる細い坂を登っていく。


 登っている途中でとにかく怖くなった。説明できる理由はない。とにかくただ怖くなった。


 でもせっかく来たパワースポット。

 ネットの記事でもその遺跡はパワーに溢れているから是非いってみろ、行かないと勿体無いと力説していたし、遺跡自体にも興味があった。

 ちょっと登るともう鬱蒼とした樹木の中、細い道が伸びている。落ち葉が厚く積もり、しかも雨の後のせいかかなりじっとりしている。

 遺跡自体はもう見えていたが、濡れ落ち葉の傾斜で滑りそうになり近くに行くのは諦めた。

 ふと横を見ると、竜神様や水神様の石碑がある。しかし不思議だ。


 笹の葉が一枚だけ、ぐるんぐるん回転している。


 風は吹いていることは吹いていたが、そんなに強くない。

 地面から三十センチ程度の位置で、かなりの勢いで風車のようにぐるぐる回っている。

 笹の茂みの中、それ一枚だけが回る様は異様な迫力があった。

 あそこだけ気流の流れがあったりするのかな、とか考えながらも怖さは増すばかりである。

 というか正直言うと、そういうことを考えることで怖いのを紛らわせていたのだ。

 私をそこに踏みとどまらせたのはとにかく不思議なパワーだのご利益だのの欲しさ故である。

 とにかく石碑に一礼し、引き返した。坂を下るごとに怖さが薄らいでいく。

 後は社務所で就職守を授かり、おみくじを引いたりした。

 おみくじは細かいことは忘れたが、そんなに悪い内容ではなかったと記憶している。



 それから一週間もした頃。

 面接を済ませた私は、なんとなく通りがかりの占い屋に入ってみる気になった。

 まあ、パワースポットに興味津々な辺りから簡単に推測されると思うが、勿論占いも好きである。

 しかし失業中の身、結構値の張るものだし自重していたのだ。

 そこは初めて入る占い屋で、立て看板の新しさから最近開店したと思われた。

 タロットと霊感で占うという女性占い師に、仕事について観てもらう。

 結果待ちしてる仕事先の見込みや、これから受けようと思ってる会社、何時頃就職できそうかなどまあ普通に占って貰ってたのだが。

 いきなり占い師が机に伏せた。小刻みに震えている。



「あの貴方、何か憑いてますよ……古い土の臭いがする……裾にとりついてます」



 その瞬間、私の意思に反して左足がガタガタガタッと震えだした。左足だけひどい貧乏揺すりといった感じだ。

 占い師は続けて言う。

「山の中のような、周りに木が茂ってるような所行きませんでしたか?古い霊です。こんな――」

 と言いながら図を書き出した。

「細い小道があって、道のこっちに石碑か石垣か、なんか石が積んであって……」

 木に囲まれた小道に石碑ですか。心当たりありすぎだ――。その間も左足の震えは全然止まらない。

 面接帰りなので面接用のスーツを着ていたのだが、その左ポケットに件の神社から授かった就職守入れてたのだ……。

 占い師が言うには、就職守自体は奇麗なものだ、神様はちゃんとなさっているが、おそらく神社周りにいるモノを拾ったのだろうとのこと。

 とにかく偶々私について来たモノであることと、そんなに強くないし悪意がある訳でもないが、くっついている限り私の健康と仕事に障りが出ることなどを説明された。


 私としては仕事運向上を祈って訪れた神社で、まんまと運を下げるものをくっつけて来た訳である。

 いい面の皮とはこういうことを言うのだろうなぁ……脱力もいいところだ。

 ちゃんと厄除けのお守り持ってるんだけどな――とも思ったがしかし、考えてみれば私はあの場所でとにかく何か貰って帰る気満々だった訳である。

 本人が持ち帰る気満々ならダメだろうなそりゃ。あんなに怖いのを捩じ伏せるようにしてパワーよこせをやったのだもの。

 お守りに責任を求めるのは酷というものだ。

 占い師によると、しかるべき神社に行って鳥居をくぐれば落ちるとのことだった。

 どこがいいのか聞くとS神社を勧められた。1回鳥居をくぐれば即落ちるという。

 確かにあそこは良い。しかし遠い。も少し近場を……と聞くと、宮司さんがちゃんといらっしゃる神社に3日通えばよいということだった。

 占い屋を辞する頃には、足の震えは止まっていた。



 その日の夜、寝るのがもう怖くてこわくて。なにも知らなかった一週間あまりは本当に安らかだった。

 今ここにいるのかと思うと――。

 見えないから全然分からないが、あの神社から帰った日からずっと寝ている私の横に……いやもしかして部屋に浮いてたりしたのかと思うともう――。

 ……ろくに眠れなかった。



 次の日。

 まず、家から一番近い産土神を詣でた。就職守はそこの古札納めに納めさせてもらった。

 奇麗だと言われたが、もう理屈ではなく持っていられない。

 さらに、地元では有名な観光地にもなっている神社にも飛んでいく。

 まず、その神社の境内社のお稲荷様にお参りした。鈴を鳴らしお賽銭を入れ、正に拍手を打ったその時。


 お稲荷様の赤い提灯から、ぽとっと甲虫が落ちた。


 ひっくり返った甲虫は翅を広げて表に返ろうとしている。私はお参りを済ませてとにかくその場を離れた。

 甲虫がひっくり返っているうちに離れなくては駄目だと思った。

 その虫が私にかすりそうなくらい近くを一直線に落ちていった時、私に憑いたモノも”落ちた”と妙に確信していた。

 根拠はない。



 弱っている時は救われたいと思うものだが、弱っているからこそ注意しなきゃならない。

 怖いという感情を舐めたらいけない。

 以上、身に染みました。



 が、この体験、私自身なんだか只怖かったと言うだけだ。

 霊を見たって訳でもないし、冷静に考えれば占い師に担がれたという考え方もできる。

 まあ、全く話してなかった場所について具体的な説明をして見せた点を考えると、その可能性は薄いが。

 いまこうして書いてみたが、話自体は実話怪談系でよく見る平凡なパターンだ。恥ずかしくさえある。

 それでも書いてみたのは、私自身は本当に怖かったから。

 占いから帰った夜、布団の中でなにかいるのか分からないモノに怯え、夜が明けるまで染み入るように怖かった。



 このような埒もない話に最後までお付き合い頂き、本当にありがとうございました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る