in Gd

@sadameshi

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斑鳩槐いかるがえんじゅ* 

 「ニンゲンはユウレイよりも滅法優れてるけど、でも、どうしても出来ないことが一つだけあるんだ。」


 僕は威勢よく机を蹴飛ばして、沈着を装い言う。

 すがるような視線が首元にいくつも絡みつくが、知ったもんか。

 ――くそったれ。

 横倒しになり床をすべる机と、派手な音が止み、短い悲鳴も新たな静寂の糧となる。

 

 「……それはさ、法を破ることだよ。法を破るのに必要な道具立ては、まず、なけなしの勇気と、それから同じだけの暴力と、最後にそれを向けるべき他者と、この三つ。ニンゲンはこれらすべてを捨てた存在なんだ。君たちと違って。」


 僕は男どもに呆気なく胸倉を掴まれたが、それが何だと言うのだ。

 何にも、ならないじゃないか。


 「だからさ、さっさと有理紗ありさを離してくれよ。僕はもう我慢ならないんだ。」


 突き飛ばされ、背を教室の壁にしたたか打っても、噛みつく視線だけは離さない。

 それを人は矜持が為と言うだろうか。

 でもそんな大層な代物ではない。

 僕は、有理紗が、悲しそうな顔をするのがたまらなく嫌なのだ。

 なんて素朴で、野蛮な同情だろうか。


 「離してくれよ。彼女は健気に生きてるだけじゃないか。迷惑もかけるだろう。周りにとっては障害以外の何物でもないだろう。だからってなんだんだ。いつ、誰が、君に自由に生きて良いと言った?いつ、誰が、人に親切にせずとも生きて良いと言った。どうして平等を前提に語るんだ。自分の自由と権利を犠牲にしろよ。そうしなきゃ、どうして僕らここにいられるんだ。いられないだろう?人権なんて、自由なんて、糞くらえだ。個人なんて糞くらいだ。そんなの何にも、意味がない。意味がないんだ。」


  僕の長広舌ちょうこうぜつに、ただの小悪党どもは鼻で笑って、僕の鼻頭を殴った。殴るだけならまだましだ。蹴るし、それから唾も吐きかける。およそ暴力的なことは全て甘受して、それでも僕の口は怯む気配がない。

 悪党たちは反駁はんばくした。

 それは真っ当な意見だ。

 僕が言うようなことは、押しなべて、解決された旧時代の問題なのだから。


 「ニンゲンは、幸福なんだろう…………分かってる。分かってるんだ。これは、僕の、醜い天邪鬼だということも……。」

 

 僕は有理紗に向かって手を伸ばそうとする。

 が、彼女の冷めた瞳がそれを拒んだ。


 「…………諦めて、しまうんだね。有理紗。君も正しさに屈してしまうんだね。」


 有理紗は泣くこともせず、ただ僕の顔を見つめている。

 教室に西日が崩れて差し込む。

 生暖く、重たい日差しが、処々に影を濃くする。


 悪党に従って、有理紗は教室を後にした。

 一度も振り返らず、懸命に車輪を回して――。


 「僕らは、間違っている。知ってるんだ、そんなことは…………分かってんだよ……くそっ。」


 僕は背にした壁を拳で殴りつける。

 友人たちが僕の体を起こして何事かを口々に言う。


 しかし、怒りは余りにも持続しなかった。

 後に残ったのはただ虚無であった。僕はこれ以上、正しくないことを続ける意志がない。

 

 僕は彼女の、有理紗の後を追う事に決めた。

 ユウレイなんて、くだらない。結局、くだらないのだ。

 どうせくだらないなら、正しさに属した方が良い。

 

 僕はこの日、ニンゲンになることを決断した。

 秋の夕暮れ。

 その日のことである。

 



 

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