第二章 はじめましての大騒動!_2
うん。無理だな。無理無理。バレるのなんて時間の問題だよ。
いくら顔が似てたって、性格も存在感も真反対のド
私はコンソメスープと最後のちっちゃなケーキしか食べられなかったスキッ腹をなでながら、とぼとぼ
カツオぶしと
どうせすぐバレてタダ働きになるんだから、だったらさっさと
あのバカ
二人は今ごろ何してるかなぁと、ふと考える。賞味期限切れのカンヅメとかじゃなくて、温かいもの食べられてるかな。お
心は辞めると決めたものの、罪悪感で首がだんだん下を向いてきてしまう。
ぼうっと考え込んでたせいで、向かいから走ってくる二人の
「わっ、ごめんなさいっ」
相手の男子はずいぶん先まで行ってから、
「あ、ごめんね!」
でもすごく急いでるみたいで、そのまま走り
私、気配が
息をついて、ふと足もとに本──じゃないや、
「あの、コレ落としましたよ!」
あわてて拾い上げるも、彼らは足を止めない。
「マジかっ、音楽練習室に
「えっ、あ、はいっ」
そのまま曲がり角の向こうに遠ざかっていく二人の足音。
「マズいよ、今のもしかして天王寺春臣じゃないか」
「今のが『SS』の一人!? まさかいくらなんでも見まちがいだろっ?」
うう、彼らの残した声がさらに私のヒットポイントを
このまま楽譜を置き去りにするわけにもいかないし、私はしかたなく通りすがりの生徒に場所を聞いて、音楽練習室とやらを目指すことにした。
それにしても、『SS』ってなんだろう。ちょくちょく耳にしてる気がする。
たぶん春臣さんのことだよね? なにかの
「
地下への階段は、ぼんやりと白熱灯に照らされて、ただならぬムードだ。
歴史のある建物にありがちな話で、今にもなんか出そうな……。
──その時。ぽろん、とかすかなピアノの音。
私はひえっと縮こまる。
耳を
だれかまだ練習してるのかな。それとも……? いやまさか。
ぞぞっと首すじに
お母さん、東北の
私はゴクリとノドを鳴らし、
すぐに「音楽練習室」と表札の出てる部屋が見えてきた。
「なんだ、明かりついてるや」
生徒が居残ってるだけかと、気を抜いてドアの小窓からのぞきこんだとたん──、
たたきつけるような激しさで、鍵盤が鳴った!
そのまま、白い指が鍵盤の左から右へすさまじい速さですべる。
あっけにとられて指の動きに目を
夏さんだ!
あのきれいな長い指が、私には何がどうなってるのか分からない速さと正確さで、次々とキーをとらえていく。飛んでハネてすべる、強い指。ひとつひとつ
彼の横顔に
すごい。それに、なんてキレイ。思わず手がポケットの携帯に
ガラスごしの彼は、さっきまでの
──
たぶんコレは、彼が見られたくない
私はじりっと足を後ろに引く。
その時、胸ポケットから、場にそぐわぬ電子音!
取り落としそうになりながら保留のボタンを押しかけて、指が止まった。
お父さんだ。まだ海の上のはずなのに。
「も、もしもし?」
『テマリ、元気だったかぁ? 高校はどうだ?』
あいかわらずの、のんきな声。
私はその場にしゃがみこみ、「何かあったの!?」と早口で返す。
『いやぁ、たいしたコトじゃないんだけどな。マグロがい~っぱい
「えっ、お父さん、すごい!」
いい知らせだとは思わなかった! じゃあ私が身代わり契約破棄しちゃっても
『お父さん、ヤル気もりもり出ちゃってさ。夜中、船のトイレに行ったとき、あちこち電気つけっぱなしだったから、しょうがねぇなぁって消して回ってあげたんだよ』
「……うん?」
『そしたらビックリだよ~! 朝、マグロがぜんぶ
は。
「お父さん、もしかして
『おう!』
おうじゃないです!
『そんなわけで、マグロの
「シ、シベリア、蟹漁船……!」
『で~っかい蟹、お
双葉ぁぁとドスのきいた
私は息もたえだえに携帯を下ろす。
「わ、私が、しっかりせねば……、三ヶ月後に、お父さんが氷の海に
身代わりなんて無理とか言ってる場合じゃない。もう、やるしかない。
私は
三ヶ月間、絶対にやりとおさなくちゃ……!!
決意と共にバッと前を向いて────気がついた。
頭の上に、
真上に、くちびるをニッコリ引き上げた、夏さんの
彼は開いたドアの
「…………なんの用?」
私はすいい~~っと目をそらし、楽譜を床にお供えして立ち上がる。さぁ回れ右。
「君にノゾキ
ダメでしたお母さん、目をそらしても、なかったことになりませんでした。
「あんまりキレイな音だったから、つい
首ねっこをつかまれ、まるで伸びきった
一瞬の
あれ、と見上げる前に、上からふっと笑い声がふってきた。
夏さんが困ったような顔で、笑ってる。
はからずも心臓がきゅっとしてしまった。
「よく
「だ、だって、『いいね!』っていう気持ちは
ファンスタ界ではテッパンの常識だ。
首から手を
夏さんは
すたすたと歩き出す彼に、私もついて行く。
「ええと、その、な、夏さんって、ピアノ、ものすごく上手なんですね」
「ウチが代々、音楽家の家系なだけだよ」
音楽家! これまで交わったことのない人種だ。
「じゃあ夏さんも、将来ピアニストになるんですか?」
「……まぁ、そうかな。たぶんね」
あれ。歯切れのワルい返事。
夏さんの
「うかうかしてると
夏さんは、急ぐよ、というように、私の背中を軽くたたく。
もう
……さっきのピアノを
私はぴたっとその場に足を止め、気をつけの姿勢をとる。
「夏さん。あの、お風呂のこととか、これからいろいろと、よろしくお願いします」
この身代わり生活、絶対にやりきるって決めた私には、事情を知ってる夏さんの協力が何より必要だ。
深く頭を下げると、ふり返った夏さんは
「風呂を守ってやるのは、きっかり五分間。悪いけど俺も
ご、五分! それは服を
いや、イケそうな気がする。
「も、もしかして今の、からかったんですか?」
「さあ?」
しれっと横を向く彼。私はくやしいやら恥ずかしいやらでグヌヌとうなる。
……まぁ、でも。
さっきの夏さんの笑顔を見たら、ちょっとホッとしたんだ。
たとえそれが
お父さんの身の行く末のためにも、もうこの男装生活、やるしかない。
だったら、なるべく楽しんで、はりきって行こう!
──というヤル気は変わってないのです。変わってないけど、
「天王寺学園理事長の
私は体育館で全校生徒の熱い注目を浴びて、すでに
なのに特進クラスの表札をくぐり、おそるおそる教室に入った今も──、ちくちくざくざくどすどす、クラスメイトたちの視線が
存在感空気系の私が、こんなふうに注目を浴びるのなんて生まれて初めてだ。
しかも、なんだろな。みんな「天王寺家」が
見られるだけの、ビミョーな
願ってやまなかった「フツーの女子高生」になるのはあきらめたけど、いくらなんでもこんな、希少動物の観察会みたいな
「あれが、天王寺春臣?」
「なんか思ってたのとちがくない? 三回くらい目が
やっぱり、いきなり疑われてる。
「春臣。ほら、顔を上げて胸を張れ。存在感が空気並みに
後ろの席の夏さんが、身を乗り出して私に耳打ちする。
そのとたん、きゃああっと黄色い声が、女子軍団から上がった。
わかる、わかるよ。夏さん、ちょっとした仕草もサマになるもんね。でもできたら、私もそっち側で黄色い声を上げてるほうでいたかった。
「プリント」
ドゴッと景気のいい音と共に、私の机がバウンドした。
冬馬が背中から
「春臣、
ネクタイを引っ張られ、ぎゃっと声を上げる間もなく、三白眼が鼻の先に!
「や、やめてよ。調子になんて乗ってないよ」
春臣さん本人ならともかく、今キャアキャア言われてるのは夏さんのほうだけだし、それに私はむしろ
「覚えとけ。このクラスで一番モテんのは、オレなんだからよ」
「──へ?」
スゴみをきかせた冬馬の声。でも発言の内容が、なんかカワイイ気がする。
まじまじ見返すと、彼は「なんだよ」とますます顔をしかめてみせる。
けど、女子の視線が自分に集まってるのに気づいたとたん、アッともウッともつかない声を発し、顔をそむけてしまった。
「……冬馬ってホントは、女子、苦手?」
「なっ、んなっ、」
「苦手っていうより、興味しんしんだけど
私の
私から離れていく冬馬は、口をぱくぱく開閉するだけで声が出てこない。
「三条は中学までずっと全寮制の男子校だろ? しかもその学校が山奥にあったんだから、
「え、じゃあ、恋に恋する男の子ってヤツなの? 見かけによらずカワイイとこ、」
あるね、まで言えなかったのは、冬馬が私のほっぺたを片手でワシッとつかみ
「それ以上言ったら、おまえブッ殺す……!」
「ひひましぇん」
私はバンザイの姿勢で、カワイくても古武道
「ほら、担任が来たよ」
夏さんの声に、冬馬はしぶしぶ前を向き、私も急いでプリントを後ろに回す。
そして──。モブ
プリントに
一、いきなりの学力
一、採点待ちのあいだの、自己
一、答案
「有栖川、夏」
チョークよりも
「さすが新入生総代だな。全教科満点だ」
「どうも」
すかさず黄色い声があがったのはさておき、全教科、満点!?
ピアノだけじゃなく勉強までカンペキって、どういうことなんだ。神様ズルすぎる。
「次、伊集院秋人」
「伊集院は帰国子女なのに、なんで英語だけ九十五点なんだ。
「はぁ。日本の英語のテストは独特なんで」
どうでもよさそうに言いながら、彼は長い
さすがSSだな、そりゃSSなんだから、と聞こえてくる声に、私はハテと首をかしげた。
「夏さん、SSってなんですか?」
後ろに体をひねって聞いてみると、彼は満点の答案を机に突っこみ、
「期待の新入生四人の
スペシャル・シーズンズ。「特別な、季節たち」?
頭の中の?マークがさらに大きくなったけど、
「次、三条冬馬」
「オス!」
武道男子らしい気合いの入った冬馬の声に、私はようやく気がついた。
三条「冬」馬。伊集院「秋」人。有栖川「夏」──。
「三条は……まぁ、スポーツ特待生だからな。そっちを期待してるぞ」
「オス!」
それって、「期待の新入生」の残り一人はもしかしなくても、名前に「春」がつく、
「天王寺春臣!」
「はいいっ」
足を引きずって
「あ~~……、天王寺は、今日は調子が悪いみたいだな? 保健室行くか?」
「だっ、
教室中にざわめきが広がっていく。
答案を受け取って
答案をバッと
ぎゃっ、そっちから丸見えだった!
私もコワゴワ、答案の赤い数字に目を落とす。
十三点。……ウソじゃ、ない、みたい。
「今回の平均点は六十二点だ。おのおのよく復習しておくように」
私、中学では中の上をキープしてたのに、この学校ハイレベルすぎるよ……!
「
みんなの信じられないモノを見る視線に、私はごんっと音を立て、机に臨終した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます