白き戦慄のエクリプティカ

武論斗

プロローグ

──世界は、三度みたび戦禍せんかに震えた


 蔓延まんえんするテロリズム、くすぶり続ける犯罪、愛郷心を煽る民族紛争と売国奴にる暗躍、固定観念と寛容を履き違えた宗教カルト対立、行き過ぎた人権ファシズムとリベラル権益、行き場のない退廃的社会平和主義、閉塞感に満ちた経済停滞、危機的食糧難を示唆する人口爆発と垂れ流される支援活動と賄賂わいろ、作為的な投機と未知のパンデミック…自浄作用の機能不全と免疫不全とが交錯し、世界は怯え、震え、おののき、藻搔もがき苦しんでいた。


 最中さなかはるか巨大な海原うなばらの覇権争いは、両岸の大国の経済と金融とを競い狂わせむしばみ、前時代的な地政学的戦略論を一層加熱させ、また、堕落した自尊心と押し付けがましい正義感とをくすぐり、越えてはならない一線を、いとも容易たやすく踏み外させた。

 最終兵器と呼ぶに相応ふさわしい量子力学の花火は、傲岸ごうがんで不徳な謝肉祭カーニバルを催し、おびただしい汚物と呪詛じゅそを撒き散らし、自発的天罰をもたらし、致命的で決定的な一撃を下した。

 滅亡の序曲をもって、既存の人類社会は、瓦解、破滅、沈黙した。


 そう、人類は、持続可能性よりもディストピアと云う退廃的な美学を選択、決断したのだった。


 しかし、人類が存続する限り、其処そこに秩序は生まれる。

 不死鳥のように、毒草のように、孑孒ぼうふらのように、密やかに、いつの間にか、こっそりと。

 れが例え、巫山戯ふざけた野蛮で不道徳であっても、退屈な喜劇であっても、滑稽こっけい無様ぶざまであっても、それは紛れもなく、社会であり、法であり、秩序である。

 狂った道徳が狂詩曲ラプソディを、狂った本能が狂想曲カプリースを、それぞれつむかなで、暴力と腐敗と悪意とが目敏めざとく世界を隈無くまなく支配する。


 新世紀は実に、終末カニェーツ、であった。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 ――ロッキングチェアに腰掛けた老人の瞳は、枯れてはいない。

 ――暖炉の薪は、十分にある。紅茶も。

 ――古びた分厚い、紙でこしらえた日記帳を開き、目で追う。

 ――さて、と。


 伝説の少女は、てつく極北きょくほくの大地より訪れた。


 名は、Ноннаノンナ

 金とも銀とも白ともつかぬ、極めて色素の薄い、光輝くプラチナブロンド。

 その見掛けは、年の頃、13~5歳。

 もっとも、異国人故、我々の感覚からしたら大人びて見えているだけかも知れない。体躯たいくは小さく、しかしたら、見掛けよりずっと幼いのかも知れない。

 ルネッサンス初期の宗教壁画に見て取れる天使を想わせる、はかなげで気怠けだるげ、しかし、気品と気高さがあり、何よりも麗しく、美しく、愛らしい。ひとえに、絶世ぜっせいの美少女、か。


 今の時代には珍しく、皮膚疾患もただれも病症もなく、畸形きけいも身体改造も刺青タトゥーも見られない、まごう事なき健康体。

  他の疾患は見当たらないものの、一つだけ明確、且つ、顕著なのが──アルビノ。

 先天的にメラニンが欠乏する遺伝子疾患、眼皮膚白皮症がんひふはくひしょう(OCA:Oculocutaneous Albinism)。

 白堊はくあのような肌に、氷細工のような真っ白で長い睫毛まつげほのかな桜色の唇。

 瞳の色は、見る角度によって、と変わる。

 ごくあわい青みを帯びたような透明度の高い水色から、瞳の裏を流れる血液が透け、わずかな緋色をかもし、あたかも薄い紫丁香花ライラック色の紫水晶アメシスト彷彿ほうふつさせ、時に、陽光を浴び、まるで黄金のごとき輝きときらめきをも放つ。


 祖国で、黑死神チェルナボーク(Чернобог)と恐れられた彼女が何故、遠く離れたこの地に訪れ、どう生きたか、そして、どのようにして伝説になったのか、その彼女の物語を聴かせよう。



 ――少し長くなるかも知れないから、婆さんの焼いたブリンでも食べながら聴きなさい。

 ――では、つづけるとするかな。

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