第15話 災いとの対峙



『皇族ぅ!? マリウス……、アンタ、皇族だったの!?』


「血を引いている、というだけだ。まあ、今言った通りその国はもう存在しないから、俺が皇族の血を引いているという保証は誰にもできないがな」



 没落したなどというレベルではない。皇家、そして国そのものが存在しないのだ。

 俺が皇族の血を引いているという意味は、限りなく無いに等しい。



『それはそうかも、しれないけど……。でも私、そんな国の名前、聞いたことないわ……』


「……この情報は帝国の皇族によって厳重に隠蔽されているからな。知らないのは当然だ。そして、この名前は帝国では絶対に口に出さない方がいい。最悪、消される可能性すらある」



 実際に、ロームルス帝国について研究しようとしていた学者が3名程、原因不明の事故で死亡している。

 箝口令が敷かれているため、学者達が何を研究していたかも世間には公表されていない。



『……なんでその情報を私に話しちゃうのよ』


「お嬢はペラペラと吹聴したりはしないだろう?」


『しないけど! でも単純にリスクが増えただけじゃない! 納得いかないわ!』



 まあ、お嬢の言うことももっともである。

 急にこんな話をされても、彼女にとってはリスクが増えるだけでなんのリターンもない。

 しかし、この後予想される戦いにおいては、必ず彼女の助力が必要となる。

 だからこそ、俺の事情を彼女にも知っておいて欲しかった。



「……話を戻すぞ?」


『っの……! ……まあ、いいわ。続けなさい?』


「ありがとう。では、続きだが……、俺の母方の一族は、神話の時代、お嬢の言う御伽おとぎ話の時代に、神々と戦った者達の末裔になる。その末裔達により築かれた国家が、ロームルス帝国だ。母、マリア・アウグスティスはロームルス帝国における皇帝直系の子孫になるんだそうだ」


『アンタ……、それって皇族どころか……』



 思わず、といった感じでお嬢の突っ込みが入る。



「言っただろう? もう滅んだ国のことだ。そんな肩書に意味は無い」



 お嬢の言いたいことは大いにわかるつもりだが、本当に意味の無いことなのだ。

 たとえば俺が、歴史に秘されたとある帝国の皇族の生き残りだ! と吹聴して回ったとして何になる?

 十中八九、ただの阿呆か狂人扱いされるだけである。

 ……まあ、帝国にそれが知られれば、たとえ狂人だろうと消される可能性が高いが。



「……アウグスティス家は、神話の時代より脈々と正当な歴史、そして遺産を引き継いできた。それこそがこのデウスマキナ、【パンドラ】になる」


『【ボックスワン】ってのは偽名だったワケね……って! じゃあ、もしかして、この機体はオリジナルの……神代のデウスマキナだって言うの!?』



 怪しい話だとか言っておきながら、全く疑っている様子のないお嬢の態度に思わず苦笑する。



「疑わないのか?」


『……勘違いしないでね? もちろん、疑ってはいるわよ? ただ私、デウスマキナを見る目には少し自信があるの』



 そう言うとお嬢は、【シャトー】の外部カメラで覗き込むように【パンドラ】の機体を見回す。



『……その【パンドラ】って機体には、私にも見覚えのないパーツがいくつも使われている。それに、【シャトー】の魔導融合炉リアクターである【ヘラクレス】レプリカ以上の出力を持つ魔導融合炉リアクターについては、最初から気になっていたのよ。でもそれが神代のデウスマキナのモノだとしたら、説明がつかなくはない……。だから、暫定として信じる方向で聞いているの。……で、どうなのよ?』



 全く、本当に大したお嬢さんだ。

 頭の回転も速いし、肝も座っている。

 何より、その卓越した知識は年齢不相応と言っていいレベルだ。

 歳は14だと言っていたが、とてもではないが俺より7つも年下とは思えない。



「……お嬢の言う通り、この【パンドラ】は神代のデウスマキナということで間違っていない。ただ、ロームルス帝国が滅びてからはロクなメンテナンスを受けていなかったらしくてな……。人造の部分に関しては、旧式の素材やパーツで補っている状態であちこちガタがきている。性能で言えば、恐らく元の状態の50%未満になるだろうな……」


『な、なんて勿体ない……。というか、そもそもなんでロームルス帝国は滅びたのよ?』



 そう、それこそがこの話の核心的部分であり、この状況に結びつく回答になる。



『それには私からお答えしましょう』


『っ!? 何今の女の声!? まさか、誰かに盗聴されて……』


『いえ、その心配はございません。この会話は全て私の制御網で管理されていますので』



 特に指示もしていないのに、今までずっと黙っていた彼女。

 人、と言うのはおかしいかもしれないが、人が悪いという言葉が脳裏に浮かぶ。



『初めまして、シャルロット・ド・ブリエンヌ様。私はこの機体の制御を司る存在、【パンドラ】と申します。今風に言いますとアーティフィシャル・インテリジェンス、AIと呼ばれるものです』


『……た、確かに聞いたことが有るわ。神代のデウスマキナの中には、機体の制御を司る自立制御プログラム――意思のようなものを持っていた可能性があるって……。でも、信じられない……。だって、そんなの、研究家たちの間でも噂程度にしかなっていないようなレベルの話よ……?』


『それは当然とも言えます。厄災以降、まともに機能している自立制御機構は私だけですので』


『私だけって、なんでそんなこと言いきれるのよ?』


『それは……、私こそがその原因と言っても過言ではないからです』



 少し声色を低くして答える【パンドラ】。

 こういった情緒の表現まで行う彼女は、とてもではないがAIなどとは思えない。

 少なくとも、現在の技術で彼女ほど人間味のあるAIを作ることは不可能だろう。



『……どういうこと?』


『では、先程マリウスが話した歴史、その詳細を説明いたします』



 オホン、と咳払いする【パンドラ】。

 こうした芝居がかったところも非常に人間臭い。



『まず、先程マリウスが説明した災い、デウスマキナ暴走の原因は、我々の創造主が人類にもたらした最後のデウスマキナである、この私に原因があると言えます。いえ、正確には、私を起点に人類に災いをもたらした、と言うべきでしょうか』


『災い……、デウスマキナの暴走……、まさか、ウィルスとか……?』



 どうやらお嬢は、相当に頭が柔らかくできているようだ。


 普通の人間であれば、神々がもたらした災いなどと聞けば、まず間違いなく超常の力を想起する。

 かく言う俺もその口で、今の話を聞いてもウィルスという直接的な原因には思い至らなかった。



『その通りです。神々と呼ばれる彼らは、デウスマキナを用いて破壊と争いを繰り返す人類に、災いを与えることを決意しました。その方法は、私を通して全てのデウスマキナにウィルスを広めることで、暴走を引き起こさせるというものでした』



 コンピュータウイルス……

 昨今はよく聞くようになった単語だが、それがまさか神代の時代に存在していたとは誰も思うまい。



『デウスマキナの力は極めて強力であり、その暴威は世界にあらゆる厄災を振りまきました。嵐を呼び、大地を割り、大火を引き起こし、人々を狂乱させる等々。その一部が今なお未踏領域というカタチで、この世界に残されているのです』


『……じゃあ、今存在する未踏領域は、暴走したデウスマキナが原因てこと?』


『中には太古から存在する天然の未踏領域もありますので、全てとは言えませんが』


『でも、ほとんどはそうってことよね? ……たとえば、この【サンドストームマウンテン】とか』


『ええ。ここもその一つで間違いありません。私の存在が影響を与えたことが、何よりの証拠と言えるでしょう』



 未踏領域が広がる。それは別段珍しいことではない。

 しかし、こうも急激に広がりを見せることなど、普通はあり得ない。



『じゃあ、この嵐巣区画が広がった……いえ、移動してきたのも、アンタに反応したからってこと?』


『はい。ですが、それを説明する前に、先程の話に少し補足をさせていただきます。まず、創造主は何も災いだけをもたらした、というワケではありません。彼らは人類の行いに強い怒りと悲哀を覚えましたが、元々は愛すべき存在として共存していたのです。特に、過ぎたる愛を与えたとされる一人の創造主は、それでも希望を残すべきだと主張し、私という制御機構をウィルスの影響を受けぬように構成しました。そして同時に、災いを終息させるための機能も備えさせたのです。いつか『希望』が、災いを乗り越えると信じて……』


『……でも、人類が選んだ道は、神々への反逆だった。それゆえに、神々は大洪水を引き起こし、人類を一度滅ぼすことにした、ってとこかしら?』


『ええ。そして生き残った人類は私を危険物と見なし、分解しました。そして頭部と上半身以外のパーツを、世界各地の未踏領域に投棄――封印したのです。……しかし、神々の意図に気付いた者もいなかったわけではありません。私はその者達に守られたからこそ、こうして今も存在していられるのです』


『それがマリウスのお母様の一族ってことね。でも、その生き残った一族も滅んだ……。段々、見えてきた気がするわ』


『……マリウス、地図のデータをシャルロット様と共有してください』


「ああ」



 俺は端末を操作し、【シャトー】とデータ共有を行う。



『シャルロット様、ロームルス帝国とは、かつてココ、現帝国領南部に存在しました』


『ココって……、まさか【カプリッツィオ】? かつて未踏領域だった?』


『その通りです。ロームルス帝国は、未踏領域【カプリッツィオ】……、その「狂乱」に飲み込まれ、滅びました』


『……理由は良くわからないけど、【カプリッツィオ】を形成していた災い、それがアンタに反応して迫ってきたってことよね? 丁度今みたいに』


『ええ。理由は解明されていませんが、マリア様達、アウグストゥス家の方々は、恐らく大洪水という驚異により、防衛機構が活性化したのではないか、と予想していました』


『防衛機構の活性化?』


『はい。大洪水により、人間と同様多くの災いも洗い流されることになりましたが、現在も残る無数の未踏領域が示す通り、大洪水をしのぎ切ったデウスマキナが数多く存在します。その要因が、防衛機構の活性化なのではないかと推察したのです』


『……あり得るわね。現代のデウスマキナにも、機体損失を回避するための防衛機構くらいは備わっている。それが神代のデウスマキナともなれば、たとえ人類を滅ぼすレベルの大災害が発生しようと、防ぎきれるだけの性能があってもおかしくはない。……で、それが活性化してるからこそ、アンタのさっき言った「災いを終息させる機能」にも反応したってところかしら』



 ……やはり頭の回転が速い。

 まさか、先程少し触れただけの情報と防衛機構という言葉だけであっさり答えを導き出すとは……

 どうやら俺とは頭のデキが違うようだ。



『あくまで推測に過ぎませんが、そういうことです。いずれにしても、「狂乱」が私に引き寄せられていることは明確でした。……この事実こそが、ロームルス帝国の皇族同士が袂を分かつ切っ掛けとなったのです』


『なるほどね。それが現帝国の皇族、アントニウス家が、ロームルス帝国の情報を禁忌としている理由、と』


『その通りです。アントニウス家を代表とするほとんどの皇族は私を捨てることを主張し、その当時皇帝の直系であったアウグストゥス家は私と共に生きる道を選んだ。結果として、切り捨てられて残ったロームルス帝国のみが滅びたのです』



 そこまで話し終えた時点で沈黙が流れる。

 【パンドラ】としては語るべきことを語り終えたのだろう。

 俺も【パンドラ】も、黙してお嬢の反応を待つ。



『………………あぁーーーーーーーっ! もうっ! これが世紀の大発見を前にした学者の気分ってヤツね! 今すぐにでも研究し尽くして論文にでもまとめたい気分だっていうのに! ペンくらい持ってきておけばよかったわっ!!!』



 世紀の大発見を前にした学者の気分、というのはよくわからないが、言わんとすることはわかる気がする。



「……一応言っておくが、くれぐれも他言無用だぞ? 俺はお嬢の人柄を信じたからこそ、このことを話したんだ」



『わかってるわよ! だからこんなにやきもきしてるんじゃない!!! こんなビッグニュースを誰にも言えないなんて、あまりにショッキング過ぎるわよ!』



 お嬢はイライラしているように振舞っているが、言わないことを前提とした発言なのでむしろ微笑ましくさえ感じる。



『はぁ……、それで? わざわざ私にこんな話をしたってことは、何か事情があるんでしょ?』


「……察しが良くて助かる。だが、どうやら時間切れらしい。……やっこさんのお出ましだ」



 パンドラの警戒反応が強まる。

 この反応だと、かなりの距離まで近付いてきている。

 どの程度の速度かは不明だが、恐らく1分以内にここに辿り着くだろう。



「本当は綿密な作戦を立てて挑みたかったが、そうもいかなくなった。お嬢、行き当たりばったりで悪いが、協力してくれ」


『きょ、協力したいのは山々だけど、この風の中じゃ【シャトー】は何もできないわよ!?』


「そこは何とかする。このアーマーはそのままにしておくから、お嬢は心の準備だけしておいてくれ」


『ちょ!? アーマーはそのままって、アンタまさか外に出る気!?』



 反応が近い。最早お嬢の問いに答えている暇はない。

 端末を操作しながら、俺は【パンドラ】に命ずる。



「アーマー解除パージ、システム起動開始」



 ドームを形成したアーマーが外れ、魔導融合炉リアクターがフル稼働する。

 少しは回復したとはいえ、依然としてエーテル(エネルギー)不足であることに変わりはない。

 だからこそ、余力を残さず、ここに全てを注ぎ込む。



「ウーヌス、ドゥオ、完全解除。【パンドラ】……、全てを、出し尽くせ!」


『承知しました。我が愛しき主よ』



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