第5話 【シャトー】
『さあ! 今年もやってまいりました【ルーキーズカップ】! 今回はここ、ヴァーミリオン王国の最南端に位置しながら、未だ国の手が入っていない大山脈【サンドストームマウンテン】が戦いの舞台に選ばれました!』
公共回線を開くと、テンションの高いアナウンサーの声が響いてくる。
俺はボリュームを下げつつ、その内容に耳を傾ける。
『コンスタンスさん、私、【サンドストームマウンテン】についてあまり詳しくないんですけど、どんな場所なんですか?』
『おや! ミリーさんが知らないとは珍しい! でも、確かに【サンドストームマウンテン】は観光には不向きですからね~。無理もないでしょう! では、説明させて頂きます! まず! 【サンドストームマウンテン】は、その名の如く砂嵐吹き荒れる山脈地帯となっております! これが観光に不向きな最大の理由なのですが、もう1つの特徴として、その長大さが挙げられます! その広さはなんと約5000キロメートルに達すると言われており、これは丁度キャトルセゾン公国がすっぽり収まるサイズなのです!』
ほほう、デカイとは思っていたがそこまでとはな……
そんな広い地域が丸々未踏領域扱いなのには驚きだが、こんな劣悪な環境じゃそれも仕方ないか。
『それは凄いですねぇ! それに、見るからに高い山々ですし……。もしかして、大陸中央のドンナー山脈よりも高いのでは?』
『おや!ドンナー山脈の方は詳しいようですね!? まあ、あちらは同じ未踏領域ではありますが、観光の名所にもなっていますからねぇ……。さて、その質問の答えですが、残念ながらわかっていないのです! 理由はこの山脈の上層部、嵐巣区画と呼ばれる場所にあります! 画像を見て貰えば、その理由がわかるでしょう!』
む……、画像もあるのか……
残念ながら公共回線は画面出力を設定していない。
見てみたかったが……
『マリウス、嵐巣区画とはコレのことでしょう』
「おお、これは?」
『帝国のデータベースから引っ張ってきました』
おいおい、大丈夫かそれ……
ただでさえ揉めたらしいのに、これ以上帝国に目を付けられたくないんだが……
『心配ありません。引っ張ってきたのは軍に属していた頃ですから』
そういう問題じゃない……
世の中、守秘義務というものがあってだな?
……まあ、いいか、別にこんな画像、どのネットワークにでも転がっていそうだしな。
『これが嵐巣区画ですか……。凄いですね、まるでスズメバチの巣みたいです』
このミリーという女優も、俺と似たような画像を見ているのだろう。
確かに、スズメバチの巣というのはしっくりくる表現かもしれない。
『でしょう!? それが嵐巣区画なんて呼ばれる所以なんです! 見ての通り嵐巣区画の山々は、すっぽりと砂嵐の球体に捕らわれているのです! だから、その全貌、一体どれくらいの高さがあるのかは未だ不明とされています!』
……成程。確かに、これが本当に全て砂嵐だとすれば、竜巻が球状に固定されたようなものだ。
あんなものに巻き込まれては、生身の人間など帰ってこれるハズもない。
たとえデウスマキナであっても、あの中ではほとんど身動きが取れないだろう。
この現代においても未踏領域とされるだけのことはありそうだ。それに……
『マリウス……』
「ああ。どうやら、いきなり当たりを引いてしまったかもしれないな……」
あんな異常現象、いくらなんでも自然に発生したとは思えない。
つまり、アレは……
『ちょっとマリウス! そんな所に突っ立ってないで、早く開始位置まで行くわよ!』
その時、先程シャルロットに渡した直通コードから音声が発せられる。
いかんいかん、公共回線の放送など滅多に聞かないものだから、ついつい熱中してしまった。
「すまない。どっちに向かえばいい?」
『このコードで位置は分かるわよね? それに付いてきて頂戴!』
レーダーを見ると、無数に表示されるデウスマキナの反応の中に、青い点が映し出されている。
型落ちの軍用レーダーなので少し心配だったが、どうやらしっかりと機能しているようだ。
「確認した。今から向かう」
『ええ! 引き離されてレーダーの範囲外にならないようにね!』
む……、まさか彼女の機体は結構速度が出るのだろうか?
もしそうだとしたら、確かにこの機体では付いていけないかもしれない。
本腰を入れて追従しよう。
◇
結果的に、俺は彼女の機体に引き離されることはなく、むしろ早々に追い付くことができた。
『フフン! 中々速いじゃない!』
…………いや、俺の機体は決して速くなんかない。
見た目通りの分厚い装甲は、かなりの重量があるため、速度に関してはデウスマキナの中でもかなり遅い部類に入るだろう。
それなのに簡単に追い付くことができた。それはつまり、彼女の機体が俺の機体よりももっと遅い、ということである。
外部モニタを拡大してみる。
そこには、俺の機体に勝るとも劣らない重装甲のデウスマキナが映し出されていた。
ピンクを基調としたカラーリングは乙女チックと言えなくもないが、全体のフォルムのせいでそんなイメージは一切ない。
がっしりとしたボディは、巨獣の突進にも耐えられそうであり、低い重心には安定感を感じさせる。
さらに、肩には円錐状の突起……、アレはまさか、ドリルか何かか?
こんな機体に、どこぞの王家のお姫様みたいな少女が乗っているなど、誰が想像できるだろうか……
先程のビルとかいう開拓者達が乗っていると言われた方が、余程しっくりくる気がする。
「……これが、君の機体か?」
『そうよ! 機体名は【シャトー】! 私のために開発した、オーダーメイドのデウスマキナよ!』
オーダーメイド……
確かにこんな機体は見たことがない。
普通、開拓者が乗っているデウスマキナは、一般的に流通しているモデルをベースに改造されたものが多い。
そのため、動力周りや可動域など、一般人手が加えられない部分はほぼ共通であると言える。
しかし、この【シャトー】という機体は、そういった部分まで独自の製法で作り上げられているように見えた。
そんなことができるのは、間違いなく金持ちか企業くらいである。
彼女はその見た目通り、どこかの貴族か何かなのかもしれない。
「オーダーメイドか……。随分金のかかってそうな機体だな……」
『もちろんよ! いつもニコニコしているおじい様の笑顔にヒビが入るくらいのお金がかかっているもの! でも、マリウスの機体も半分くらいはオーダーメイドなんじゃないの? 所々、見覚えのない部品があるし……』
「……まあ、似たようなものだ。金は余りかけていないがな」
とても嬉しそうにそう返してくる少女に、俺は思わず苦笑いしてしまう。
きっと孫が可愛くて堪らなかったのだろうな、そのおじい様……
頭の中で描いた、人の良さそうな好々爺のイメージ。その笑顔が歪んでいくのを想像すると、不憫で心が痛くなる。
まあ、それについては他所の家庭の事情だ。深くはツッコむまい。
問題なのは彼女の機体の性能である。
オーダーメイドというのは、個人向けに調整されているがゆえに、融通が利きにくい面があったり、故障に弱い傾向にある。
性能面でも、非常に優れている場合もあれば、一般よりも劣っているケースもあったりと、性能差はピンからキリまである。
彼女は一応、開拓者ランクDらしいので、粗悪品ということはないと思うが……
『あん? さっきのルーキーと、ブリエンヌのお嬢様じゃねぇか。お前ら、組んだのか?』
俺が一抹の不安を感じていると、スピーカーが外部音声を拾った。
スピーカー越しなので若干印象が変わっているが、この声は先程のビルという男の声だろう。
『そうよビル! 今年は私達が優勝させてもらうから、覚悟しておきなさい!』
さらにスピーカーからはシャルロットの声も聞こえてくる。どうやら同じく外部音声で会話しているようだ。
『ハッ! うだつの上がらないDランクが笑わせるぜ! お嬢様には悪いが、今年も優勝は俺達だ!』
『うだつの上がらないって……、アンタだって同じDランクじゃない!』
『あ? 馬鹿言うなよ、俺達はとっくにCへ上がる実績を積んでるんだよ!』
『だったらなんで……、ってそういうことね……? なんて意地の汚い……』
『さあ? なんのことだぁ? さて、俺達は行くぜ。そっちのルーキーも頑張れよ。鈍重そうな機体同士、お似合いだと思うぜ? じゃあな!』
そう言って彼らは去っていく。
言動や行動から粗野なイメージが強かったが、中々に繊細な操縦をしている。
意外とできるな……、あの男……
『クッ……、好き放題言って……、覚えていなさいよ! ビル!』
「……知り合いだったのか」
『……ええ、アイツは私の同期よ。そして、去年の【ルーキーズカップ】の優勝者でもあるわ』
……成程。それならあの動きも納得できる。
どうやらこの大会、それなりにレベルが高いようだな……
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