@01391364

第1話

「そんなに警戒しなくても、レッドストーンはここにあるんですから、無事ですって」

腹の出た宝石商は警部に向かって笑いかけた。

しかし、彼は「いや、何せ相手はあのシンゴですぞ。あいつは絶対に盗めるという自信を持って予告状をよこしたのですから、我々が監視するのは当然のことです」

と、厳しく返す。

「そんなものですかねぇ。私の手元にある物を、大泥棒はどうやって奪えるとおっしゃるのかな」

皮肉っぽく言いながら、その突き出た腹をさすり、宝石商は尚も笑った。

警部はもうそれに取り合おうとせず、じっとシンゴが来るのを待ち続ける。

犯行時刻は10時から12時の間だと書いてあるから、もうその時間に片足は入っているのだ。

警部は、ゴクリと音が鳴るほど唾を飲み込んだ。

その時、ふいに、「じゃあ私はトイレにでも行きましょうかな」と宝石商が言ったので、警部はハッと意識を戻し、慌ててそれを阻んだ。

「なんですか、急に」宝石商はあからさまに嫌そうな顔をする。

「あなた、今にも奴はここに来るかもしれないんですよ?そんな時にトイレだなんて、どうかしてますよ。あと2時間は辛抱してもらわないと」

「ふむ。確かにそれはごもっとも。それでは、この宝石箱をあなたに預けておきますから、私がトイレから戻るまでの間、持っておいてくれませんか」

「ダメですっ!」

警部は叫んだ。「あなた、そんな真似をしたらシンゴだと疑われても仕方ないですよ。あいつぁ変装も上手いですからね。どれ…」

「わわ、何を」

「…………」

警部は宝石商の顔を引っ張るが、何も剥がれはしなかった。

その拍子に、レッドストーンが入っている小箱が落ちたので、逆に警部の方がたいそう慌てた。急いでそれを拾って宝石商に渡す。

頑丈で、しかも中はとても柔らかい素材でできている小箱に入っているとは言え、とても高価な物らしいので叱られても仕方がない。警部は目を伏せたが、宝石商はなんとも思わなかったようだ。それよりも、つねられたことの方が気にさわったらしい。

「痛いじゃないですか。あなたこそシンゴなのではないのですか」

「イデデデデデ」

「おや、あなたも違いましたか」

「……………」

頰をさする。

自分も宝石商に同じことをしたので、強くは言えないのだ。

代わりに、大きく咳払いをして、また向こう側を見つめた。

11時を時計の針が指した。しかし、まだ一向に彼が現れる景色はない。

警部は焦り始めた。

トントンと右足のつま先で地面を叩き、右手の人差し指で腕を打つ。

それから、外で待機していた部下に状況を聞き、なんの変化もないと知って落胆した。

「おやおや、やはり奴は今夜こそは諦めたようですな」宝石商は意地悪く警部の耳元で囁く。

「…いや、そんなことはありません!あいつは予告した通りに事を運ぶはずですから!」

断言しながら、警部は目を瞑る。もし、あと1時間で来なかったら。…… いや、あいつは俺のライバルなのだ。こんなところで嘘をついて引き下がることもないだろう。

「ふふふ。私は銃も持ってるんですよ?あいつが襲ってきたら、パンパーンと撃ってやりますよ。奴からは攻撃して来ないんでしょう?」警部が祈るように立っているのを見ながら、宝石商が聞いた。

「そりゃあそうですな。あいつは人殺しの趣味は持ってませんから」

警部は閉じた瞼に力を入れて、呟くように返す。

来い、来い、来い!

バリン!!!

突然音がした。

警部はバッと目を開け、キョロキョロと周りを見回す。

「どっ、どこだっ、どこにいるっ!!」

この時ばかりは宝石商も危険を感じたらしく、大声を出した。

しかし、それ以上のことは起こらなかった。

「………い、今のは……」

「あっ!!!!!」

警部は宝石商に顔を向け、驚愕する。

…いつの間にか、小箱が空になっていたのだ。

「こ、これは……」

警部が、信じられない、と首を左右に振っていると、宝石商はバタンとその小箱の蓋を閉じ、キッと彼を睨みつけた。

「あなたのせいですからね!!さっきから目を閉じて!そんなことだから盗まれたんです!!」

「しかし、あなたは警戒する必要はないと……」

「うるさい!あんた達が勝手に来たんでしょう?!なら、最後まで責任とって観察を続けるのが道理!それができなかったんなら、あんたのせいだ!訴えてやる!!」

「いや、そう言われましても……」

警部はエキサイトする宝石商をなだめるのに、12時になるまでの、残りの30分を費やしてしまった。


ところで、その翌日、縄で縛られた警部とその部下が発見されたそうだ。

宝石商が顔の色を失って駆けつけると、そこにいた警部の顔は、昨日の人と全くの別人であった。

こうして、シンゴに仲間が一人いるという事実が明るみに出たが、代わりに彼はレッドストーンを手に入れることができた。

(シンゴの仲間は宝石商の顔をつねって、落ちた小箱を取った際に、蓋を小さく開けて宝石を出したのである。それを、部下に変装したシンゴに渡した、と。そしてシンゴは、そのことをカモフラージュして仲間を逃がすために、遠くからガラスの窓を愛用しているピストルで破壊したのだ)

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