ロボ娘と遊ぼう
鬼童丸
前編「計画」
男と生まれたからには、誰もが一度は夢見るであろう言葉がある。
メイド型ロボット――この言葉を聞いて興奮しない男は機能不全に違いない。
少なくとも俺は、折り込みチラシの中にメイド型ロボットの広告を見つけたとき、心臓が弾けそうなほどの高揚感を感じた。
メイド服を着た可愛らしい少女が、俺のためだけに身の回りの世話をしてくれるなんて! しかもロボットならば対人関係の煩わしさも無い!
そんな夢のような状況を科学技術が叶えてくれるとは、にわかには信じがたかった。しかしそれが現実であるなら、購入を躊躇う理由など無い。
かくして、オメガテクノロジー社のメイド型ロボット『リリィ』を我が家に迎えたのが三ヶ月前。ちなみに商品名は『チャオ』だったがあまり可愛く感じなかったので設定項目から名前を変えた。
しかしこうしてメイドロボットと夢の共同生活を営んでいるというのに、俺はなんとなく物足りなさを感じていた。
確かにリリィは従順に命令をこなしてくれるし、家事のスキルにも全く不満は無い。容姿だって俺の好みに合わせて小柄な体型と金髪のロングヘアーの機体を選び、フリルの付いたモノトーンのメイド服を買って着せた。リリィの働く愛くるしい姿が俺にとって大きな癒やしになっているのは間違いない。
ただ、一つ贅沢を言うならば、彼女には決定的に足りないものがあった。
そう、それは人間味だ。
メイドロボットとして確実に仕事をこなす上では、人間味が無いというのは長所であるかもしれない。しかし一緒に生活するパートナーとして見ると、その無機質さが時に寂しくも感じられた。
結局のところ、もしも誰か別のユーザの家にいるチャオと俺のリリィを入れ替えても、彼女の振る舞いに何ら変化は無いのだろう。一緒に生活していても積み重なるものが何も無い――それはとても悲しいことだ。
やがて俺は、今の状況を変えようと考えて決心をした。何かリリィの心(そんなものがあるのかも不明だが)を動かす方法が無いかと、インターネットや図書館を探し回ったのだ。
そしてある時、俺はあるネット掲示板にたどり着いた。そこではチャオのユーザたちが毎日の出来事を自慢し合い、彼女らとの生活をより豊かにする方法を語り合っていた。
その掲示板には俺の知らない情報が溢れていた。たとえばI.S.S.(Intelligent Safety System)という機能の詳細。説明書を読む限りだと単なる安全機能のようだが、実際には機体ごとの経験に基づいた高度な機械学習によって制御されているらしい。その他にも、チャオに内蔵された様々なエラーメッセージや警告音声の報告が掲示板に上がっていた。
掲示板の住人たちの間では、そうした危機的状況にチャオを置くことで様々な反応を引き出して楽しむ、という遊びが流行っているようだ。中には虐待としか思えない残酷な行為を自慢げに語っている者もいた。
俺はそこまで酷いことをリリィにしたいとは思わないが、彼らの気持ちが分からないでもなかった。とにかく全ての原因は、チャオの反応があまりに単調すぎるということだ。だから新しい反応を得たいがために、干渉の方法をエスカレートさせてしまうユーザも出てくる。
同じ悩みを持つ者たちによる試行錯誤の体験談を読み重ねるうちに、俺も今までとは違うやり方でリリィに干渉してみたいという気持ちが湧き上がってきた。今のままの生活を続けても、リリィを俺だけのパートナーにすることはできないと気づいたのだ。
それから数日、チャオの様々な機能を調べ上げた俺は、排油機能を使ってリリィの反応を引き出す方法を思いついた。
チャオも含めてオメガテクノロジー社のロボットは、モーター駆動と油圧機構を組み合わせることで繊細かつパワフルな動作を実現している。しかし摩擦熱などの要因により内部の機械油が劣化していくため、古くなった油を排出する必要がある。この古いオイルを排出する機能が『排油』だ。
その中でも特にチャオは人間らしさを損なわないよう、人間の排泄行為に似せた排油機能を持っている。上部が湾曲したゴミ箱のような小型タンクに跨がって、股間から排油を行なうのだ。
説明書に書かれた排油の項目を見ると『安全性の観点から、排油には必ず専用のタンクを使用してください』と書いてある。しかし俺はあえてその仕様に逆らうことにした。
まずは、今まで使っていた排油用タンクを物置の奥に隠した。この排油用タンクはリリィとペアリング登録してある。
本来、使用済みオイルが溜まるとリリィは自動的にそのタンクで排油をするはずだ。しかし今のリリィはタンクを見つけることができないだろう。しかもドリンクサーバーを模した給油機はそのまま置いてあるので、リリィの機体には少しずつ使用済みオイルが溜まっていくはずだ。
それから3日が経った。何度目かの給油を済ませたリリィは、何をするでもなく家の中を歩き回り始めた。多分、排油用タンクを探し始めたのだろう。
そしてしばらくすると、今度は俺の近くへ来てメッセージを発した。
「リリィのステータスを報告します。使用済みオイルの容量が残り50%以下になりましたが、排油用タンクを検出できません。排油用タンクの設置はお済みですか?」
いつも通りの淡々とした口調だったが、俺はいつもとは違う高揚感に包まれた。このメッセージを聞いたのは初めてのことだ。その些細な初体験でさえ今の俺には嬉しかった。
そういえば俺は今まで、排油できない環境にリリィを置いたことが無かった。リリィが気持ちよく働ける環境を作るのが当然だと思っていた。
だけど、そんな遠慮がちな関係では面白くない。ここから先へ、新たな一歩を踏み出すのだ。
「いいや、今はタンクを設置できないんだ。申し訳ないけど我慢してくれ」
俺がそう答えるとリリィは淡々と了承し、機械油の消耗を節約するモードに切り替わったことを報告して仕事に戻った。
それから次の変化が起こるまでには、意外と長くの時間がかかった。リリィは少しぎこちない動作ながらも、排油のことなど気にしていないかのように平然と働き続けたのだ。
そして1週間以上が過ぎたある日の夜、やっとリリィは2度目の警告を発した。
「使用済みオイルの容量が残り10%以下になりました。このまま排油を行なわない場合、リリィは安全のため36時間以内に停止状態に入ります。速やかに排油用タンクをご用意ください。なお、外出先などで排油用タンクの用意が困難な場合、オメガテクノロジー社のデリバリーメンテナンスサービスのご利用をお勧めします。全国ほとんどの地域へ3時間以内で専門のスタッフが駆けつけ――」
リリィは何やら案内を始めたが、そんなサービスを利用するつもりは無い。しかし、このままリリィを停止状態に追い込むというのもあまり面白くないような気がした。俺はリリィの反応が見たいのであって、無反応になった彼女を見たいわけじゃない。
そこで俺は、以前から考えていた計画をいよいよ実行に移すことにした。
「リリィ、散歩に行こう。ちょっと外を歩きたいんだ」
メッセージを遮られたリリィは少しだけ黙った後「了解しました」と答えた。
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