第1話 ランチタイムにて【4】
しかし、ここが天地の社交性があると言えるところなのであろう、天地はそれ以上考える事を止め、俺達の言う通りに、空気を読む方向へと舵を切った。
「そう中学二年生の時の……けれどごめんなさい、わたし、その頃はあまり学校に通って無かったから、あんまりクラスメイトの事って憶えてないのよね」
言い切った。だが、天地の言ってる事はある種当たり前でもあった。中学の頃、天地は父親の動向を監視すべく、学校にはほぼ通っておらず、その登校頻度は一ヶ月に三日程。そんな状況の中で、クラスメイトだった人の名前を憶えていないのが薄情だと思う奴は、お門違いもいいところである。
それに所詮はクラスメイト、友達でもない以上、それは同じ教室に居ただけの間柄だと言ってしまえば、それまでだからな。
「ま……まあそうですよね……いいんです気にしないでください!むしろ、これからその……仲良くしてください!!」
神坂さんは天地に手を差し伸べる。挨拶は掴みが肝心とは言ったが、なるほどだから握手なのか。その言葉の意味をそのまま鵜呑みにするのは、神坂さんが純粋で無垢であるが故なのだろうけど、俺自身は、決してそういう意味で言ったわけでは無いという事をここで弁明させてもらう。
天地はしばらく、数秒間、神坂さんの伸ばされた手を見ると、そっと握り返した。
「ええ、こちらこそよろしく……あら?」
瞬間、神坂さんはその場にへたりと座り込んでしまった。どうやら緊張が解けて、気が抜けたようだ。
「へへへよかった……ちゃんと挨拶出来て」
神坂さんの、周りいる人間を全て幸福に満たすような笑顔が眩しい。写真に撮って神棚の上に供えておきたいくらいだ。
そんな神坂さんを見てか、天地も自然と口元を緩めていた。
「まったく……挨拶程度で一喜一憂してたらわたしの話し相手なんて務まらないわよ?」
「えっ?ど……どんな話をする気なんですか?」
「わたしの知ってる、怖い怖い闇の話」
「ひ……ひいいいいっ!!」
怖いと闇というワードを聞いただけで恐れ
しかしまあ、天地が二人を受け入れてくれて本当に良かった。正直冷や冷やしながら事の次第を見守っていた俺だったのだが、重くのしかかっていた肩の荷もようやく下ろせたって感じだ。
それに、これが天地の天涯孤独への脱出の一歩となってくれれば、俺としてはもう、それだけで満足でもある。
天地を孤独の底から救い出す事、それこそが俺の目標であり、そして俺に課された義務でもあるんだ。復讐の執念に駆られ、海外へ向かう天地の足を、追いかけて、追いかけて、這いつくばって、最後の最後で掴んで引き止めたのは、他でもない俺なのだからな。
闇の話とか、冗談で神坂さんには言っているが、天地の宿している心の闇は実際に深い。その心の闇の埋め合わせを、俺のような普通で、平凡で、無個性な凡人に出来るかどうかなんて分かりはしない。分かりはしないが、精一杯抗いたいとは思っている。
憂いに更ける顏も嫌いではないのだが、天地がこうして愉快に、楽しそうにしている姿はもっと好きだからな。
「岡崎君、なにぼーっとわたしの顔を見て突っ立ってるのよ?早く席に着きなさい、ご飯を食べる時間が無くなるわよ?」
「あっ……ああ!スマン!!」
我に返り、言われるがまま、俺は徳永の隣に着く。正面には天地、右斜めには神坂さんが居る。
「ふふっ、見蕩れるのはいいけど、それは二人きりの時の方がいいと思うよチハ?」
正面の二人には聞こえない程の小さい声で、徳永が囁く。
「……三枚におろすぞ」
「おお、怖い怖い」
そんな事を言いながら、相変わらず朗らかな笑みを浮かべていた徳永。俺はいつでも、本気だったんだけどな。
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