第1話 ランチタイムにて【3】

 食堂に入ると、すぐに天地がいる場所は分かった。というより、食堂のど真ん中を堂々と陣取っていたので、嫌でも分かるってものだ。


 天地はキッチリ三人分の椅子を空け、そのテーブルの周囲を制圧し、一人座っていた。その空間を独占し、邪魔者は一切侵入出来ぬよう見守る姿はまるで、寺院内に仏敵が入り込む事を防ぐ守護神、金剛力士さながらの風格だ。


 そんな天地の姿を見て、俺は他の二人よりも普段の天地を知っていたので別に何ともなかったのだが、徳永は苦笑いを、神坂さんに至っては怯えていた。


「お……岡崎くん……あれ……天地さん、怒ってない?」


 どうやら天地の澄まし顔が、神坂さんには待たせた事にご立腹している表情に見えたようだ。確かに、怒っているように見えなくもないのだが……。


「大丈夫ですよ神坂さん、天地は四六時中あんな顔してますから。なんなら俺が様子を見て来ましょうか?」


「うん、その方がいいかもね。堂々とみんなで行くよりかは、チハが先に行って紹介される感じで入った方が、僕達は気が楽でいいよ」


「その場合、お前と神坂さんの気の重さを、俺が背負うハメになるのだが?」


「まっ、そこは友人としてさ?ね?」


 なにが友人だ、ただダシに使ってるだけのクセしやがって。しかし、神坂さんもそうして欲しそうに俺を見ているし、それに本当に天地が不機嫌で無いとも限らない。


「その代わり天地が不機嫌になってたらこの会合は解散だからな」


「ああ、僕達も印象が悪くなるよりかはそっちの方がいいし、チハにそんなに迷惑はかけれないからね」


 俺に迷惑をかけたくないのなら、最初からお前が様子を見に行けよと返すのは野暮だろう。それにこれ以上、時間を浪費すれば本当に天地が怒って帰るかもしれん。


 俺はまるで、敵戦場へと赴く特攻兵のように勇ましい心半分、死にたくない気持ち半分で天地の元へと先陣を切る。その背後を、一定の距離を保ちながら徳永と神坂さんは着いて来た。


「よう天地、待たせたか?」


 天地に声を掛けると、天地は俺の方へ視線を合わせてきた。


「あら岡崎君、よく分かったわねこの位置が」


「まあ……そりゃあ食堂のど真ん中が空席になってたら、誰でもそっちに目が向くからさ」


「そう、出入口付近の方が位置が分かりやすくていいかもって思ったけど、人の出入りがあるから会話に集中出来ないと考えた上でこの位置にしたわ。あとテーブル一つを独占できたのは、何故か人が寄って来なかったのよね」


 人が寄って来なかったんじゃなくて、人を寄せ付けなかったの間違いじゃないのか?


 まあいい、とりあえずいつも通りの天地である事は確認出来たし、俺は徳永にこちらに来いという合図を出した。徳永はそれを理解し、神坂さんを連れて俺の元までやって来た。


「天地紹介するよ、中学の頃からの俺の友人である徳永だ」


徳永聡侍とくながそうじって言います、どうもよろしくお願いします天地さん」


 相変わらずの爽やかな表情で、徳永は天地に軽く頭を下げて見せる。


「天地魔白です。そう中学からの……じゃあ岡崎君とは親しい間柄なのね。よろしくお願いします」


 天地も徳永に合わせて頭を軽く下げる。俺に最初挨拶した時とは大違いの対応だった。


「岡崎君のは特殊案件よ、例外と言ってもいいわ」


「例外だってさチハ、それはつまり彼女にとって特別って事なのさ」


「そう特別……徳永君、なかなかわたしのギャグセンスが理解出来る人なのね」


「まあそこそこには……かな?」


 何故か知らぬ間に、徳永と天地は意気投合していた。相容れないだろうと俺が予測していた二人が、最も息がピッタリだった。


「というより、今のはギャグなのか?一体どこ辺りがギャグだったんだ!?俺にも分かるように解説しろよっ!」


「ギャグに説明を要求するなんて、岡崎君はやっぱり無粋ね」


「チハ、ギャグっていうのはユーモアなんだ。つまりその言葉に含まれる意味をとるんじゃない。雰囲気を楽しむもんなんだよ?」


 天地の悪態に徳永の援護射撃が加わり、それはただの悪態ではなく、説明のつくもの、いささか道理となっていた。こうなってしまっては俺も突っ込む手立てがない。俺が入る余地を埋めてきやがった。徳永め……俺が多少辛辣な事をお前に言っていたとはいえ、こんな形で返されるとは思わなかったぜ。と言っても、徳永自体それを意識して返してるわけでは無いと思うが。


 アイツはもし人が一歩踏み出すと、同時に一歩踏み出し、ずっとその場に立ち続けたら一緒に立ち続けるような、そんな人間だからな。周りの空気を読む、周りを把握するが故に情報を集める、それが徳永だ。


「もういい、どうせ俺にはユーモアもギャグセンスも無い。それよりも、もう一人紹介したい人がいるんだ」


 徳永よりむしろ、こっちが俺にとっては真打ちだ。


「こちらは神坂和澄こうさかかすみさん、徳永と同じ三組の子だ」


「こ……神坂です。よ……よろしくお願いします!」


 神坂さんは肩をビクつかせ、腰の位置から斜め四十五度ほどの角度で頭を下げた。


「神坂……何処かで聞いた事ある名前ね」


 ふうむと口元に手を添えて、天地は記憶を整理していた。


「ああ、神坂さんはお前と同じ中学で、お前とクラスメイトにもなった事があるそうだ」


「クラスメイト……わたしの?」


 天地の両目が、神坂さんに定まる。その目を見ただけで、まるで蛇に睨まれた蛙のように、あるいは足に釘が打たれたかのように、神坂さんはその場に固まっていた。そんな目の前にゴジラが現れたわけじゃあるまいし、と思うかもしれないが、多分神坂さんにはゴジラと張り合えるほど、天地魔白とはおっかない存在に思えたのだろう。


「は……はい……中学二年生の頃に一度同じクラスになった事があるのですが……」


 必死に腹から声帯を通じて、使い尽くされてぺったんこになったチューブに残った歯磨き粉を捻りだすかの如く、神坂さんは天地にクラスメイトであった事を伝えた。


 だが、天地本人は解答が出たというのにまだ何かを考えている。その件で神坂さんに思い当たるのではなく、もっと別件で彼女に思い当たる節があるのだと訴えんばかりに。

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