第5章 さよならなんて言わせない!【3】
俺を乗せた高速バスはしばらくすると高速道路を下り、大きな橋を渡って、臨海沿いにある、埋め立て地の上に建てられた空港へと辿り着いた。
前から二番目の座席だった為、降車するのは早かったのだが、はてさて……バスの扉の前で天地が出てくるかどうかを確認するのは、なんというか気が引ける。降りてくる他の乗客からも変な目で見られそうだし、ここで天地を見つけたとしても、シチュエーション的にも余り良くない気がする。
まあ、そういう演出についての知識など皆無ではあるのだが、なんとなくここで出会っては互いに気まずくなるのは、幾らラブコメディ的展開に疎い俺でも予測する事が出来た。
とりあえず空港のビル内部に入るフリをしながら、後方を確認して天地が降りてくるかどうかを見定める。そんな器用な事が、全日本不器用競技大会たるものが存在すれば間違いなく予選突破が出来そうな俺に出来るかどうか心配ではあるが……やるしかないだろう。
バスからは次々と同乗していたファミリーやらスチューデントらしき人物達がぞろぞろと列を成して出てくる。天地っぽい人影が見えたのは確か、最も後ろに近い座席だった様な気がするので、俺は空港のビルに向かう足の速度を通常時の五割程度にまで落とす。
後から考えたら、ビルの中に入ってからでも確認は取れたのだが、そんな融通の利いた事を思いつく余裕も無い程、俺は天地を見つけるのに必死だったわけさ。無我夢中とはこの事だ。
さて、バスの車内の乗客もそろそろ半分を下回り、そろそろお出ましになるんじゃないかと俺が一人固唾を呑んで見ていると、その姿は忽然と現れた。
凛とした表情をし、その肩までかかった黒髪を靡かせながら
ただいつもと異なるのが制服ではなく、私服であり、上はデニム調の腰丈程のジャケットを羽織っており、下は黒いヒラヒラとしたスカートを着用して黒タイツを履いている。なんというか、学校指定のセーラー服の姿の時よりも、三倍以上大人っぽく見える天地の姿がそこにはあった。
うむ、これを見れただけでも眼福なり……と満足している暇は無い。天地がいるのを確認出来た所で、次に俺がやらねばならない事は、天地の背後に着くという事だった。
俺の理想とするシチュエーションはというと、天地が空港のビルに入って来るその後ろ姿を俺が追いかけて来るという、ベタで有り勝ちなシチュエーションなのだが、そういう事への経験値が少ない俺にとっては、王道パターンを思いつくのが精一杯だった。
それに空港のビルの中で、まるで待ち伏せしていたかの様に現れるっていうのはどうもキザッぽくて俺は好きではない。女の背後を必死に追いかけて来たってくらいの惨めさがあった方が、俺らしくて丁度良いと思ったのさ。
神坂さんは天地はキャリーバッグを持参していたと言っていたが、その通り。天地はそれをバス下部にあるトランクルームから取り出そうと、バスの方へと向き直っていた。
俺はその隙に走り、空港のビルには入らず、脇道の方へと逸れていく。そして脇道の、おそらく天地の視界には入らないだろう位置にスタンバイし、天地がビルの中へと入るのを見守る。
そういえば今までは天地に仕掛けられっぱなしだった訳だが、今日は俺が仕掛ける側になっているんだな……これはこれでなかなか楽しいもんだな。そういえば
と、ノスタルジックな気持ちに浸っている暇など無い。どうやら天地は自分のキャリーバッグを見つけ、それを引きながら空港のビルへと入って行く姿が見えた。
よし、今だ!と俺は自らを鼓舞し、拳を固く握り、一歩、また一歩と踏み出す。
この時、この瞬間だけは捻くれ者の自分を忘れろ俺っ!昨日の二の舞など決して
ビルの入口の前に立つと、俺は一度深呼吸をしてから自動扉を
一階フロアには二階フロアへのエスカレーター、そして奥にはコンビニと手荷物受取所がある。
しかしこの一階フロアには天地はもういなかった。おそらく向かうとしたら、二階にある国内線のチェックロビーだと思われるが……。
俺がエスカレーターへと一歩踏み出そうとした時、丁度真後ろから、聞き慣れた声が聞こえてきた。
「生意気ね、岡崎君」
度肝を抜かれた。当たり前だ、さっきまでは俺が仕掛ける側に回っていたというのに、いつの間に逆転されていたのだからな。
「岡崎君如きの素人がわたしにドッキリを仕掛けようなんざ、輪廻転生二回分早いわ。恥を知りなさい」
輪廻転生二回分って……つまり俺は二回死なないとコイツにドッキリを仕掛ける事すら満足に出来ないのかよ。雲泥の差、月にすっぽん、提灯に釣鐘ってか。
「……お前、俺が居る事にいつから気づいてたんだ?」
「そうね……インターチェンジ前のバス停で全身から汗水垂らして、まるで綿の抜けたぬいぐるみみたいにへ垂れ込んでいた所からかしら」
ほぼ最初からじゃねえかっ!は……恥ずかしいっ!!
「恥じることは無いわ岡崎君、ドッキリを仕掛けるのが初めてなくせに、わたしの様な大物を狙ったのがそもそもの間違いだったのよ。そうね……今度近所の犬にでもやってみればそれなりに驚いてくれるんじゃないかしら?」
「人間には俺のドッキリは通用しないってかっ!」
まあでも動物なだけまだマシか。植物とか言い出したら泣けてくるところだった。
「植物は驚かないわよ岡崎君。頭の中がファンタジーなのは人の自由だからいいけど、それを人前にひけらかすと電波だって思われるから謹んでおいた方がいいわよ」
もの凄い憐みの目で俺を見てくる天地。まあ相変わらずといえば、相変わらずなのだが、この罵倒に慣れつつある俺は果たして異常なのだろうか?
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