第5章 さよならなんて言わせない!【2】

「分かりました!ありがとうございます神坂さん!!」


『は……はい、あの……わたしお役に立てましたか?』


「そりゃもう!やはり神坂さんを秘密兵器にとっておいて良かったです!!」


『そ……そうですか、岡崎君のお役に立てたならあたしも嬉しいです。じゃあ岡崎君……頑張ってね!』


 その言葉を最後に、神坂さんとの通話は切れた。何もしなくていいという立場で秘密兵器とかなんとか言っておいたが、まさか秘密兵器どころか最終兵器になるとは……。


 と、感慨に浸っている場合ではない。俺は残ったトーストを口の中に詰め込みながら、二階にある自分の部屋から財布だけを掻っさらい、ドタドタと階段を下り玄関へと達する。


「朝からうるさいぞぉ……アニキ」


 階段の上から眠い目を擦りながら顔を出していたのは、弟のはじめだった。


「すまん、だが急用なんだ」


「急用ってなんだよこんな朝っぱらから……」


 それは多分、言ったところでお前には理解出来んだろう。だから敢えて、人生の先人として我が弟に忠告しておこう。


「おい元、青春は大切にしろよ!」


 元は「はっ?」とかなんとか言っていた様な気がしたが、元の返答には耳も向けず、俺は家を飛び出し、クロスバイクに飛び乗った。確かバス停の近くには駐輪場があったはず、それだったら自転車で向かった方が早い。


 いつもの通学路とは逆方向の道にインターチェンジはある為、俺は力一杯クロスバイクのペダルを踏み込み、風の心地良さなど感じる間もなく、学校とは反対の位置にある住宅地の路地をかっ飛ばしていく。

 

 間に合え……間に合ってくれっ!


 必死にクロスバイクを漕ぐと、インターチェンジと目的のバス停が俺の視界に入ってくる。バスはまだ来ていない様に見えた。


 駐輪場へ滑り込む様に入ると、クロスバイクに鍵をかけ、バス停の前へと全力疾走。なんとか間に合ったが、全身から噴き出る様に汗が出てくる。チクショウ……中学の頃の野球部の練習より過酷なんじゃねえのかこれ?


 額の汗が出る度にそれを拭っていると、空港行きのバスがこちらに来ているのが見えた。


 財布から交通系ICカードを取り出し、俺は停車したバスへと乗り込み、バスの中に天地がいるかどうかを目視して確認する。


 一番後ろの座席から二番目の場所にそれっぽい人間がいる様な気がしたが、如何せんゴールデンウィークの初日。バスの中は家族連れや学生やらで、ほぼ満席状態となっており、近づいて確認を取るわけにもいかなかった。


 更にこのバスは高速道路を通るバスであるため、このまま立っておくわけにもいかず、前から二番目の座席が片方空いていたのでそこへ相席させて貰った。


 しかしさすがは大型連休……何処へ行くのも、そして行き先へ向かうための交通手段をも人だらけである。岡崎家の判断は正しかったのかもしれないな。


 とりあえずバスが空港へ到着するまで天地に話しかける事など到底実施不可能なため、俺は自分の中の考えをまとめながら、バスの乗客たちの話声を右から左に流す程度に聞いていた。


 某有名なテーマパーク、実家への帰省、中には外国へ向かう乗客もいるようで、それぞれの長期休暇を楽しむ様が見て、聞いてとれた。


 うむ、大いに結構な事だと思う。意中の女を口説き落とす為に、朝から自転車で爆走し、飛行機に乗る用事も無いのに空港行きのバスに乗るヤツよりかは実に健全な休みの使い方であると。


 まあでも、周りと同じ様な事をしないのが捻くれ者の流儀だからな。こういう休暇の使い方は、逆に俺らしくていいというかなんというか。


 うん……自分に対するこじつけまでもが捻くれてて、やっぱり俺は真正の捻くれ者なんだと、心の底から思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る