機巧華伝ヴェスティート

平田公義

第一章 内戦

第1話

 地球のオーロラを飛び越えて、巨大な双胴機が宇宙空間へと舞い上がる。


 全長300メートルはある二つの胴体の合間には、翼のない宇宙艦艇が固定されており、宇宙へと飛び立つ準備を進めていた。


 宇宙艦艇は双胴機の全長を超えて、舳先の衝角、後部メイン・ノズルが突き出ていた。飛行甲板が一つ、各砲座などその出で立ちは重巡洋艦クラスの巨体であった。


「すでにスペースプレーン〔オーロラ号〕は宇宙に出ているんだ。艦内の空気漏れと、反重力流体の循環切り替え、気をつけろ。荷物の固定チェック、すぐに済ませろ」


 宇宙服を身に着けた男が礼帽を正しながら、狭い艦橋で怒鳴った。


 彼は佐官につく軍人であったが、まだ若い。その一時的な勤勉さは艦長の席にふさわしかったが、大気圏離脱の緊張は拭いきれない。


 すでに双胴機〔オーロラ号〕は弾道軌道に入り、艦内の重力はほとんどなくなっていた。


「タット・モルドー艦長。少し落ち着いた方がいい。士気にかかわる」


 その隣ではゲスト待遇の鉄面皮が副艦長の席についている。


 艦長、タット・モルドーは細い目をさらに細めて、文字通り鉄仮面で隠したゲストの横顔を見た。宇宙服で着膨れしていても大柄な体格や落ち着いた声音は年かさを感じさせる。


 しかし、タットには彼の素顔や素性を知らない。


「お言葉ですが、ガッドマン代表。あなたを宇宙にお連れして、月で行われるドミニオンの決起集会に届けるこの任務。我々には重責と思います。みんな若いんですよ」

「そういう貴殿らに頼んだのも、私なりの考えだ。若者は精度を上げて、時代を作る精神鍛錬をしてほしいのだ」


 鉄仮面の男、ガッドマンは冷静沈着に言う。


 タットは辟易しながら、肘掛けにある通信機を取った。回線を宇宙戦艦を輸送する双胴機〔オーロラ号〕のブリッジに繋げた。


「こちら、メルバリー艦長、タット・モルドー。ベルベロッキ機長に繋げてくれ。ああ、輸送に感謝する。地球を後一周回って、発艦すればいいのだな?」


 タットは通信の相手が〔オーロラ号〕の機長と知って、礼を言いながら回線を切った。それから、操舵士を兼任するナビゲーターの席に目を向ける。


「レオナルド、聞いていたな? 軌道計算と――」

「センサーにノイズ! 下方、地球からです!」


 タットの声にかぶさって、索敵担当のナビゲーターが叫んだ。


 振り向いた彼の細い顔が一層青白く見えたのは、艦橋の窓から映り込む地球のせいだとタットは思いたかった。


「警報鳴らせ。警戒態勢!」


 瞬間、正面の窓ガラスに眩いビーム光が垂直に上がっていくのが見えた。


 その眩しさに対応が遅れた若いクルーたちは目を瞬かせて、順次警報を発令。艦内アナウンスにクルーたちが異変に気づいて、慌てだす。


「アン・カーヴェッジか?」

「押っ取り刀で来たんでしょう。荷電粒子の電波攪乱も気にしちゃいない」


 ガッドマンが敵対勢力の名を口にして、タットは気持ちを切り替え再び通信機を手にした。


「ベルベロッキ機長。予定変更だ。すぐにでも出すぞ。高度を上げてくれ。無理でもだ! ネーメンは機関室に主機臨界を急がせろ」


 ネーメンと呼ばれた色黒の通信士の男は慌ててタットの指示に従う。


「索敵、何をしている! 数は?」

「数は――、えっと、3機。フライングカーペット、3機!」


 索敵担当がそう告げた時、ふたたびビームの光りが撃ちあがる。今度はもっと隣接して、飛散した粒子が艦首を焼いたように見えた。


 その時、ぐんと艦首が上がり加速が掛かった。


 宇宙戦艦〔メルバリー〕のメイン・ノズルが火を噴き、〔オーロラ号〕の推力と相乗して急上昇したのだ。


 タットはシートに体を預けながら、鈍い振動する感覚に恐怖を覚える。


 そこに追い打ちをかけるようにして、今度は背中から鋭い振動が走り、艦内に被弾警報が鳴り響いた。


「損害状況!」

「左舷ノズルに被弾! 誘爆の危険性なし。航行に問題ありません!」


 操舵士からの報告を聞いて、タットは頷くと天井にぶら下がっているモニタを一瞥する。すでに艦全体に反重力流体がいきわたり、艦体の重さを軽減させてくれている。原理としては気球に近い。電圧負荷をかけることでどんな物質よりも軽くなる液体によって何千トンとある宇宙艦艇や巨大輸送機を浮かせてくれる。


 メイン・ノズルにも火が入り、推進力は地球の引力を振り切るだけの力を蓄えていた。


 タットの判断はそこから早かった。通信機を取ると声を張った。


「総員、耐ショック姿勢。本艦は、これより宇宙に出る!」


 その号令に誰も逆らわなかったのは、自分たちの置かれている状況をわかっていたからだ。


 各クルーは手近なものに自分の身を固定し、互いの点呼を忘れなかった。そして、艦橋ではカウントダウンが始まり、〔オーロラ号〕もそれに呼応してくれた。


〔メルバリー〕のメイン・ノズルがさらに輝きを増して宇宙へと飛び立つ力をため込む。武者震いのような振動が空気を震わせ、クルーたちを緊張させる。


 その動きを感じ取った襲撃者が進行方向に飛び出してきた。


 機影は3機。絨毯のように薄い全翼機構造で、その上には2機一組の人型が鎮座していた。


 それは魔法の絨毯に乗った魔人のようで、スズメバチのような攻撃的な黄色と黒のカラーリングが背にする太陽に映えた。全長15メートル人型、細い腰つき、凶悪な顔つき、その手に握るビームライフルが艦橋を狙う。


「アームド・ムーバ!? 〔ビィ・ツゥ〕、正面!」


 索敵担当のナビゲーターが正面を仰いで悲鳴を上げる。


「どうします!?」


 操舵士が舵を握りながら、艦長に叫んだ。


 緊張が一気に高まるとともに、〔オーロラ号〕と〔メルバリー〕を支えていたアームが解除されて、クルー全員が覚悟を決めた。


「構うな! 前進しろ!」

「ヨーソロー!」


 操舵士が自棄気味に返答し、臨界に達した主機に任せて〔メルバリー〕を飛ばす。


〔メルバリー〕はメイン・ノズルを最大出力で噴射し、眩い閃光と共に敵性編隊へ突っ込んでいく。その速度はすさまじく、一瞬にして巨大宇宙艦艇は〔オーロラ号〕を追い抜いた。


 対して、巨大な人型機動兵器〔ビィ・ツゥ〕を乗せた編隊はすぐさま左右に分かれて、〔メルバリー〕の衝角突きを回避する。


 彼らが振り返ってビームライフルを撃とうとしたころには、〔メルバリー〕の航跡は地球の曲線のむこうへ走り去っていた。

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