多摩川の奥地に幻のウナギを見た!

とくがわ

多摩川の奥地に幻のウナギを見た!



 ウナギが絶滅してから、20年の年月が過ぎた。ウナギが絶滅した後、お前が悪いお前が悪いという醜い争いで何人かの人間が命を落としたが、それも大した問題ではない。


 三流カストリ雑誌の俺たちのところにやってきたのは、その絶滅したはずのウナギが、何故か売られているということなのだ。


「売られているって言ったって、ウナギは絶滅してるんですよ?おかしくないですか」

「だが、売られているというのは事実だ」


 九頭龍はヒゲを弄りながら大久にスマホ写真を突きつける。過去に存在はしたが最早幻想と化した幻の食べ物、鰻重。


「イミテーションなんじゃないの?」

「ところがな、サンプルの一部をこいつで調べてみたんだよ」

「ちょっと編集長!何買ってるのよ経費で!!」

「オックスフォード・ナノポアなんて買って…」

「それは編集長の給与で弁償させるとしてだ、何が出た?」


 九頭龍の野郎、今エグいこと言わなかったか?


「結論から言おう、99.96%の確率でニホンウナギだ」

「微妙な数値ね」


 大久のヨメに言われるまでもなく、完全一致でないのが気にかかる。


「BLASTサーチかけて、かなりロングリードとっての結果だ。低過ぎるんだが、かといってヨーロッパウナギよりはニホンウナギに近い」

「つまり何?誰かがウナギを『復活』させたってこと?」

「そうなるな」

「でもなんのためです?わざわざ食べるだけならイミテーションでも今やほとんど変わりないですよ」


 大久のいうとおり、こんなことをやるのは酔狂と言うしかない。


「とにかくだ。うだうだ言っても始まらん。現場に向かうぞ!」

「向かうのはいいが始末書と請求書は書いておくぞ」


 九頭龍め……俺はそれじゃ今月はもやし生活じゃねぇか!くそったれ。


 目的の場所はかつてチョウザメを飼っていたところらしいが、今は誰も使っていないはずのところである。ところがこっそり誰かが動かしているようだ。


 果たして多摩川の上流の、問題の施設で、俺たちは恐ろしい光景を目の当たりにした。


「……なんだよ、ウナギって絶滅したんじゃないのかよ」

「したわよ!!」

「じゃあなんなんだよこのビチビチ言ってるのはよお!!」


 ウナギだ。誰がどー見てもウナギだ。


「貴様ら!どこから嗅ぎつけた!!」


 一人の白髪のいかにもマッドサイエンティストですよという感じの男が、俺たちを睨みつける。


「どこからって、ウナギを売ってるって噂が流れまくってたんでちょっと取材したら山の中にウナギ養殖場があったんだよ!もっと隠す気なら隠せよ!!」


 俺は思わずマッドサイエンティストを怒鳴りつける。


「バレてしまっては仕方ないな」

「全然隠す気ないですよね、誰がどう見ても」


 大久さん、あんた酷いな。俺も酷いけどな。


「でも、ウナギって絶滅したんじゃない?どうやって絶滅したウナギを復活させたの?」

「アナゴだ」

「アナゴ?」

「最初はアナゴの卵子に凍結保存したウナギ細胞の核を移植して復活させようとした。だが上手くいかなかった」

「それは無理がありそうだな」

「でもマグロをサバに産ませることすら出来る時代だぞ、それくらいならできそうだな」


 マッドサイエンティスト、深くためいきをついて下を見ている。


「そこで私はジーンドライブやゲノム編集で、アナゴの遺伝子をウナギのそれに変えたのだ」

「むちゃくちゃしやがる!そこまですんなよ!」

「しかしだ……私は、どうしても……どうしても、食べたかったんだ、ウナギを!」


 マッドサイエンティストは、泣きながらウナギのかば焼きを俺たちに勧めてきた。


「どうする?」

「……ウナギは絶滅した。いいな」


 俺たちは見なかったことにした。……それから数年後、洪水によってマッドサイエンティストの施設から大量のウナギが逃げ出したらしいけど、それはまた別の話である。

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多摩川の奥地に幻のウナギを見た! とくがわ @psymaris

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