第101話 新たな参戦者

 あらん限りの力を尽くし、今から生命樹へ送り込もうと短く呼気を止めて姿勢を整えた。


 まさにその時だった。



『オヤブン マッテ! マッテ オヤブン!』


 懐かしい声と共に、黒い球が飛び出したかと思うと、そのままの勢いで体にぶつかってきた。



「おまっ・・あぶ、あぶっ!」


 危うく、漏らすところだったじゃないですかっ!

 ・・・いや、集めた命力の炎ね?

 漏らしませんでしたよ?


「あ・・アンコかっ!?」


 呆然と見ながら、俺はそれでも両手を生命樹の幹から離さなかった。

 ここで生命樹を朽ちさせたら、ここまでの苦労がすべて無駄になる。


『ダイジョウブ セイメイジュ モウ ダイジョウブ』


 久しぶりに見た黒い球は、以前より二回り近くも大きくなっていた。前が占いの水晶球くらいだったのが、今は砂浜でキャッキャウフフするためのビーチボールくらいある。


「アンコ、動けるのか?だって・・時間かかるって」


 生命樹は、アンコ復活に2ヶ月かかるって言ってたぞ?


『マダ スコシダケ デモダイジョウブ』


「なにが大丈夫だ!ちゃんと・・ほら、馴染なじむってんだっけ?じっとしてなきゃ駄目だろう!」


 俺は叱りつける口調で言った。


『ダイジョウブ オヤブン』


「アンコッ!」


『オヤブン マモル コブンノヤクメ』


 アンコが言う事をきかない。反抗期かも知れない。


「・・アンコ、おまえ」


『オヤブン アトデ アソブ イッパイ アソブ』


 ・・・くっ、可愛いことを言いやがるんだぜ!


「ぉ・・いや、おまえの言うとおり、もう大丈夫そうだな」


 俺は、両手をつけている生命樹を見つめた。


『セイメイジュ ダイジョウブ』

 

「・・ようし、やったぞ!」


 プラスとマイナスを行き来していた生命樹の命力が一気にプラスへ転換を始めていた。意識を凝らして探査してみると、あの厄介な機械仕掛けのバイ菌共がきれいに全滅していた。


「さすがジルだ。愛してるっ!」


 喝采をあげた俺の前に、


「終わりましたわ、お兄様ぁっ!」


 ジスティリアが、ふわりと姿を現して抱きついてきた。さすがのジスティリアも、衣服が酷く傷み、常に綺麗にしている髪が乱れ、顔も抉られ灼けた痕が生々しい。もちろん、吸血姫の再生力で回復しつつあったのだが・・。


「広域治療の陣っ!」


 俺は辺り一面を覆うほどの治癒の術陣を展開した。その上で、指でそっと傷口に触れながら綺麗に治していく。


「あらっ!アンコさん、良かった!ご無事だったのですね!」


『アンコ ダイジョウブ セイメイジュモ ダイジョウブ デモ モウチョットネムル』


 アンコがくるくる回りながら言う。


「・・待ってるぞ、アンコ!ちゃんと治してから来い!」


 俺は右手を伸ばして、黒い球を軽く叩いた。


『マッテテ オヤブン アンコ マッテテ』


「ああ、待ってるぞ!」


「みんな、アンコさんのお戻りを楽しみに待っていますわ!」


『アリガトウ オヤブン ジスティリア ウレシイ アンコ ウレシイ』


 黒い球がくるくると回りながら光を放つ。


「俺が何処にいても分かるな?ちゃんと追いかけてこいよ?」


『ダイジョウブ サー』


 アンコが全身を明滅させながら、俺とジスティリアの周囲を飛び回る。


『デハ アトハ ワカイモノニマカセマス』


 いつものアンコ節を残して、アンコが俺の影へと沈んでいった。


「ちくしょう・・・元気だったじゃねぇか。あいつ・・」


「本当に良かったですわ」


「・・ちくしょう・・あいつ・・あいつのままだった」


 俺は俯いて唇を噛みしめた。


「お兄様・・」


 ジスティリアが綺麗に畳まれた絹布をそっと差し出した。


「ん・・すまん、ありがとう」


 な、泣いてなんか無いんだからねっ! 汗だからねっ!


『メカラ アセデナイ』


 アンコが居れば、からかわれそうだが、


「良かったですわ」


 ジスティリアが俺の腰に手を回して、そっと抱き締めてきた。

 しかし、すぐに身を離した。


「・・・無粋な輩がおりますわ、お兄様」


「まったくだ。レナンと代わってヨミとウルの護りをお願いね」


 俺はなるべく上の方を見るようにしながら、絹布でさりげなく目元を拭った。ジスティリアにはしばらくの休養が必要だ。


「お任せ下さい」


 ジスティリアが水の中に居るレナンの元へ駆けて行った。


「エイジャノタテ」


 俺は鼻水を少しだけ拭いつつ、別の黒い球に声をかけた。


『ゴメイレイヲ』


「生命樹を護れ、敵襲だ」


『セイメイジュヲマモリマス』


 エイジャノタテが浮遊して生命樹の傍らへと浮かぶ。


 俺は周囲へ探査の網を拡げるように意識しながら視線を巡らせた。

 生命樹が衰弱すると同時に、この地を隠蔽していた結界が脆弱になったのだ。それを狙ったかのように侵入してきた者達が居る。


 このタイミングを狙っていたのか。偶然か。


(俺の方は・・)


 最期の命力を使わずに済んだおかげで、自分の身を守るくらいなら問題無いが・・。


(いや、ここは回復に努めた方がいいな)


 万一、レナンの手に負えず、再び長期戦となってしまえば、満足に回復治癒ができなくなる。


(こちらは、レナンが万全・・あとはラージャか)


 レナンを休ませていたのだ。ジスティリアが回復するまで持ちこたえれば、あとはこちらが一方的に蹂躙じゅうりんすることができる。問題は、エイジャノタテがきちんと防衛の動きができるかどうか。どの程度やれるのかが未知数だ。監理者クラスが相手だと想定するなら、戦力に数えない方が良いだろう。


「ラージャ、すまないがしばらくは弾よけだ」


本懐ほんかいに御座います!我が身は陛下の楯に御座います!」


 ラージャがほぼ全裸といった姿で片膝を着いて低頭した。


「レナン」


「はっ!」


「ラージャにおまえの楯をやってくれ」


「承知」


 即座に頷いて、手にしていた分厚い楯をラージャへと譲る。


「・・・かたじけない!」


 大ぶりな方形楯を抱えるようにしてラージャが礼を言った。見るからに重そうな金属楯だったが、ラージャは軽々と持ち上げていた。


「法円展開・・・霊探陣っ!」


 俺は、探査の術を使用した。相手がウル並の術者なら、こちらの居場所を教えてしまう事になるが・・。


(こいつら・・・?)


 探査陣に触れる者達の情報を読み取っていた。


「腹が立つことに・・知ってる顔がいくつかある」


 俺は遠目に見えてきた武装集団に向かって顎をしゃくって見せた。


「カーリー・・シーリンも?」


 ぽつりとレナンが呟いた。そう、北の獣人キャンプで一緒だった女兵士達だ。


「・・右へ散開してるのは、懐かしの軍曹さんだな」


 ラストン軍曹だったかな?いや、もしかしたら出世して階級が違うだろうか?


 全員漏れなく魔瘴堕ちで魔獣人化していたが、かつての面影は残っている。


「奥に霊鎧もいるな。あれは・・監理者が空から降らせた奴にそっくりだ」


 極北で、監理者の空飛ぶ島から降りて来た霊鎧っぽいやつだ。あの時はヨミが射的の的にしたが・・。


「レナン、カーリーとシーリンは殺さず捕縛だ。他は総て狩り尽くせっ!」


「承知っ!」


 兜を脱いで軽く頭を振り、燃えるような赤髪を背へ拡げると、レナンが一度、二度・・と大剣を軽く振って歩き出した。護りを捨てて攻撃に特化するという宣言みたいなものだ。こうなった時のレナンはヤバイですよ?


 相手も気が付いたのか、カーリーとシーリン、さらには名前を知らない魔獣人達を差し向けてくる。

 魔瘴堕ちした者を使役する技があるのだろう。魔瘴でいびつに巨躯となった獣人、平人達が、統率のとれた動きを見せてレナンを押し包んでいった。

 たちまち、レナンを中心に鈍い打撃音、さらに重々しい金属音が鳴り響く。


「陛下・・」


 ラージャが大きな方形楯を構えたまま、そっと声をかけてきた。


「なんだ?」


「なんだか、嫌な感じがします」


「敵か?」


「こう・・身の内を触られるような・・い、いえ、妙なことを申しました。お忘れ下さい!」


「・・・いや、なるほどな」


 俺は投げ出していた足で地面を軽く蹴った。


「法円展開・・・召喚、白の妖精蜂フェアリーテイル


 喚び出された妖精蜂はわずか数十匹・・。今の俺では、こんなところか。


「治療しろ」


 俺の号令で、白いスズメバチが羽音も勇ましく散開して拡がると、ヨミやウル、ジスティリア、ラージャやレナン、生命樹、さらにはエイジャノタテにまで群がるようにして針を刺す。


「レナン、少し蜂を手伝ってやってくれ」


 俺はレナンの背中に声をかけた。


「お任せを!」


 獅子種の美人さんが力強い笑顔と共に頷いて見せる。その足元には魔瘴堕ちした獣人が数人転がっていた。


「ユート様」


 呼ばれて見ると、ヨミとウルがジスティリアに背を支えられて水の中に身を起こしていた。

 生命樹の回復に合わせて少し体に力が戻ったらしい。

 ついに、眠れる美女達がお目覚めだ!


「誰か知らんけど、遠隔でここをいじってくるらしい」


 俺は頭を指さしてみせた。白の妖精蜂フェアリーテイルに与えたのは抗体の術式だ。


「・・なるほど、変わった呪法ですね。隷属・・いえ、これは洗脳に近いでしょう」


 ウルが三角の狐耳を左右へ向けながら音を拾うようにして周辺を調べている。


「信仰心を呪術で強制的に植え付ける・・・噂に聞いたことがあります。これはセインカース教団の秘匿魔術ですね」


「はは・・すぐに正体がバレてちゃ、秘匿も何もあったもんじゃないね」


 いやぁ、ウルさんが起きてくれて助かったよ。もう、俺があれこれ考えなくて良いし・・。

 正直、ちょっとお疲れだったんだ、ボク・・。


「術者を狙いますか?」


 訊ねるヨミに、


「うん、撃って」


 俺は即座に許可を出した。


 どこからともなく、狙撃銃が出現してヨミの手に収まると、ほぼ速射で九発。閃光が瞬いた。すぐさま、光る粒子となって狙撃銃が消えていく。

 当たったかどうかとか訊くだけ野暮だろう。


(2人が蘇生したなら・・・もう良いや!)


 俺は生命樹の幹に両手を当てると、少しずつ戻りつつあった命力を大盤振る舞いで送り込んだ。ギリギリまで絞り出すけども・・・いや、さっきとは違うからね。命を削るほどじゃないくらいのギリギリね?

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