第96話 暗躍者

 広大な空間を黒い方錐キューブが無数に飛翔している。

 一つ一つが小型の船ほどもある大きな方錐は、黒曜石のような色合い、質感をしていて表面には紅い筋が幾何学的な模様を描いて脈動するように点滅を繰り返していた。


「数は・・7万以上です。奥にも居るならば、10万を超えるかと」


 ヨミが眼を凝らすようにして呟いた。

 まだ距離にして3キロほど離れている。やたらと広い空間だった。


「・・・あれの、どれかがアンコだって?」


 俺は腕組みをしながら唸った。


 裁定者のやつ、陰気な土産みやげのこしていきやがる・・。


「・・複数に分割して閉じ込められている可能性もあります」


 ヨミが硬い表情で言った。

 俺の激発を覚悟の上で、あえて嫌な可能性を口にした・・といった様子だ。

 

「あの時、どんな様子だった?」


 ヨミが黒頭を狙撃した時、捕らえたアンコを楯代わりにしてきたのだ。あの時、ヨミはアンコの姿を視認していたはず。


「杭を・・打ち込まれておりました」


 ヨミが強張った表情のまま教えてくれた。


「・・・そうか」


 俺は何となく自分の手に視線を落とした。


「ふうん・・そうなんだ」


 そういう事をやるのか。監理者だの裁定者だの、偉そうにしておきながら、やることはドブ街のゴロツキと変わらないじゃないか。


(アンコに・・あいつに、杭を打ち込んだ?・・おいおい、ふざけんじゃねぇぞ?)


 その上、浮遊する方錐キューブに閉じ込めているわけだ。

 なるほど、こちらからは攻撃し難い状況だ。


「もう少し、私が視ることができれば・・申し訳ありません」


 ヨミが俯きながら謝った。


「生命樹が活動止めちゃったんだ。法術で活性化したくらいじゃ、どうしても無理は効かないね」


 それは、ウルも同じだ。

 攻防を担う2人が大きく力をがれてしまっている。

 

「・・仕方無いな」


 俺は、魔界産の娘剣士へ眼を向けた。


「へ、陛下?」


 ラージャが俺の意図するところを察して顔を引きらせた。


「ちょっと行ってみてくれ」


「・・あ、あの、陛下・・とても嫌な予感がするのですが・・あの妙な方錐状の浮遊物体は危険かと」


 ええ、知ってますよ?

 だから、おまえイモータルの出番でしょ?


「繰り返しになるが、ちょっと行ってみてくれないか?」


 俺はにっこりと微笑んだ。

 否は言わせませんよ?俺、皇帝だからね?


「・・はっ、不肖、ラージャ・キル・ズール、突撃致しますっ!」


 ラージャが直立不動で宣言すると、兜の面頬を閉ざし、背負っていた楯を左手に、右手に長剣を構えて、慎重な足取りで進み始めた。


「さっさと行け!おまえの突撃とやらは歩いてやるのか?」


「ら、ラージャ・・行きまぁーーーーーす!」


 どこか悲鳴のような絶叫をあげて、甲冑姿のラージャが走り始めた。

 

「方錐、反応しました」


 ヨミが告げた。


「あ・・」


 俺が思わず声を漏らした時、方々から放たれた熱線が甲冑娘をズタズタに貫き切断して抜けて行った。様々な破片が床面に飛び散って嫌な音を響かせる。


「距離にして、1キロです」


「・・アンコの熱線だったな」


 やはり、アンコは強い。色々と駄目っぽいラージャだが、その実、かなりの実力者だ。我が家のお嫁さんを除けば、並ぶ者がいないほどの・・。


「ユート様、今の私ではあれは減衰処理が精一杯で完全には防ぎきれません」


 ウルが申し訳なさそうに言った。


「数も多いよね・・まさか、全部にアンコが入ってんのか?」


 あまり想像したくないが、俺はバラバラに飛び散ったラージャだったものを眺めた。

 まさか、アンコまでバラバラに・・?


「複製野郎は見当たらない?」


 どこかの空間に、裁定者が自身の複製クローンを隠しているはずなんだけど・・。


「・・残念ながら」


「俺がぶん殴ってやりたかったんだけどな」


 俺は嘆息した。


「ジル・・」


「はい、お兄様」


 そっと見上げて来る吸血姫の前に、俺は片膝をついた。


「複製野郎の抹殺はおまえに任せる。俺に代わって、あいつを始末することに集中してくれ」


「お任せ下さい」


 唇を噛み切って鮮血を溢れさせると、ジスティリアを抱き寄せて口づけを交わした。

 血を口にした吸血姫が小さな肢体を震わせ、俺にしがみついてくる。


「レナン・・」


「はっ!」


「ジスティリアに協力し、黒頭の複製を狩り出して始末してくれ。加減無用だ!」


「承知っ!」


 レナンが遅滞なく低頭し、勝ち気な美貌に引き締まった笑みを浮かべる。


「あのような下郎、細胞の一片まで塵に変えてやりますわ」


 陶然ととろけるような微笑を浮かべつつ、ジスティリアが俺から身を離した。


「ヨミ、ウルっ!」


「はい」


「ユート様」


「3人で・・ああ、あそこで、また飛び散った奴をいれて4人だな、あの偽アンコ達と遊ぶことにしよう」


 再生して起き上がろうとしたラージャを、方錐キューブが熱線を放って寸断し続けていた。


「法円展開、広域治療の陣!」


 俺は術の重ねがけをしながら歩き始めた。

 右側にヨミが、左側にウルが並ぶ。


「すまないが、痛い痒いは無しだぞ」


「元より」


「承知の上です」


 2人が微笑んだ。


「展開っ、清らかなる泉・・・召喚、聖水の乙女」


 裁定者は、極北の生命樹のことは口にしなかった。だが、アンコのような存在については識っていた。ここにあった生命樹は枯死寸前だったが、まだ生きていた。裁定者は魔瘴の爆発に生命樹を巻き込もうとした。アンコが生命樹の死を願うはずがない。だが、生命樹を凍結するためにアンコは利用された。


 バラバラに散乱した情報・・・まとまった結論は出せないでモヤモヤしたまま、俺はどうにも腑に落ちない思いでいた。

 

防護壁シェルを展開します」


 ウルの声を聴きながら、俺は何度目かのバラバラ死体となってしまったラージャを背に庇って立った。


 最初にウルが言ったとおり、方錐キューブから放たれた熱線は防護壁を貫いて俺達を貫き灼いてくる。ただ、大幅に威力を減衰しているおかげで、慌てるほどでは無かった。傷の方はたちどころに治癒できている。ただ、ひたすらに痛いだけだ。

 

「・・こちらからの攻撃は無し」


 左右を固めるお嫁さん達に声をかけて、ラージャの復活を待つ。


「このまま行く」


 俺は紅蓮の光線が降り注ぐ中へと踏み出した。


「ふん・・愛の唱歌っ!」


 俺の号令で、聖水の乙女達が聖光壁を生み出した。

 遠方より吹き付けてきた炎の奔流が聖光壁に遮られて周辺へと散じて消えていった。

 代わって、ヨミの放った閃光が潜んでいた術者を撃ち抜く。


「陛下・・」


 再生したラージャが不安げに見上げて来る。


「よくやったぞ、ラージャ。お前の勇気、見せてもらった」


「あ・・ありが・・・恐悦至極にございますっ!」


 甲冑も衣服もボロボロになり、ほぼ裸の状態でラージャが喜色満面、床に片膝をついて低頭した。さっきまで、新鮮なバラバラ死体だったくせに、実に元気な奴である。


「ふむ・・」


 俺は視界を埋め尽くさんばかりの方錐キューブを見回した。


「そうだな・・」


 こんな所で時間を掛けていると取り返しがつかない事になりそうだ。


「・・英者の楯エイジャノタテに用がある!道をあけろ!」


 俺は熱線を放ち続ける方錐キューブに向かって声を張り上げた。


 あいつの他に、ここまで仕込みが出来る存在が居ないんだ。

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